良くも悪くも型破りな言動でおなじみの、ドナルド・トランプ米大統領。メディアの批判は「フェイクニュース」と切って捨て、自分流を貫き続けるそのタフさは、どこで培われたのか。経済ジャーナリストの桑原晃弥氏がその半生を解説する――。

※本稿は、桑原晃弥『乗り越えた人の言葉』(KADOKAWA)を加筆再編集したものです。

写真=EPA/時事通信フォト
10月25日、ホワイトハウスのハロウィン・イベントに姿を見せたドナルド・トランプ米大統領(左)とメラニア婦人 - 写真=EPA/時事通信フォト

■「若き不動産王」時代の働きぶり

「私に個人破産の圧力が押し寄せていた。(中略)私にとって、また、アメリカの他のすべてにとって、経済が完全に崩壊してしまうことが明らかになってきたのだ。この現実を直視し、できるだけ早くこの苦痛を正面から受け止め、全力を尽くしてこの事態を乗り切ろうと決心した」――ドナルド・J・トランプ、ケイト・ボナー著、小林龍司訳『敗者復活』日経BP社

多くの日本人がドナルド・トランプの名前を聞いたのは、2016年に彼がアメリカ大統領選挙に出馬してからですが、アメリカ人にとってのトランプは、若くしてニューヨークのマンハッタンを舞台に「トランプ・タワー」(1983年完成)などの有名な建物をつくり上げた「若き不動産王」で、早くから知られていました。

マスコミにも頻繁に登場する自己顕示欲の強いトランプへの評価は様々でしたが、トランプ自身は「記事になるのはヒーローと悪役、成功と失敗だ」と意に介することはありませんでした。「宣伝に値することをした時には遠慮せずに自己宣伝しよう」がトランプの考え方です。と同時に、若き日のトランプは仕事の細部までこだわり抜き、ハードワークを好むビジネスパーソンでした。こんなことを言っています。

「ビジネスにおいては、半日で終わりの日も、のんびりできる1日もない。もしあるとすれば、何か足りないものがあるのだ」
「自分の仕事に関することはペーパークリップにまで目を配れ」

仕事に見過ごしていい小さなことなど何もないという信念のもと、でっかく考える一方で、細部へのこだわりを欠かすことなく、しかもよく学びよく働くというのがトランプのやり方でした。成功にはいつだって「たくさんの汗(パースピレーション)とインスピレーション、そしてハードワーク」が欠かせないのです。

■山あり谷ありの「カオスな半生」

それだけにトランプの人生は「若き不動産王」から、「テレビの人気者」、そして「アメリカ大統領」と非常に華々しいものですが、一方で大きな失敗も経験した山あり谷ありの「カオスな半生」とも言われています。特に不動産ビジネスは好況と不況が周期的にやってくるだけに、そのカオス度はどうしても大きなものになります。

写真=iStock.com/bluebeat76
ニューヨーク、マンハッタン島の一等地にそびえ立つトランプタワー - 写真=iStock.com/bluebeat76

トランプのマンハッタンでの成功は、「ニューヨークに明日はない」と言われたほど市の財政が厳しく、不動産が値下がりしていた不況期に、大胆に「買い」に出たことで始まっています。トランプも、自分が不況を利用して土地を仕入れ、好況を利用して巨利を手にしたことは意識していました。

にもかかわらず、そんな強気のトランプが1990年代前半の不動産不況で大変な苦境に陥ったのは、長く続く好況がトランプから集中力や仕事への熱意を薄れさせたことが原因でした。こう言っています。

「マンハッタンの不動産は16年間の好況を続けた。私は右肩上がりの状況しか見てこなかった。だから、右肩上がりがずっと続くと思い込んでいた」

■不動産暴落の兆しを見落とした

慢心は油断につながります。1980年代に大成功したことで、雑誌に「彼が触れたものはすべて金に変わる」などと書き立てられていい気になり、「金を稼ぐのは簡単だ」と思い込んだトランプは、服装になど興味がないにもかかわらず、ヨーロッパのファッションショーに出かけるといった行動を繰り返したのです。

その結果、かつてのトランプなら気づいたはずの「不動産暴落への備え」ができなかったのです。こう振り返っています。

「失敗するわけがないと思い始めると、人間は会社から早く帰宅するようになる」

■銀行との強気な交渉で窮地を脱する

日本のバブル崩壊もそうでしたが、不動産取引があまりに加熱すると、政治家たちはその熱を冷まさなければならないと考えるものです。結果、トランプが所有する資産も破滅的なほどの価格下落に見舞われ、90年にオープンしたばかりの巨大カジノが91年に破たんし、84年に開設したカジノ併設のホテルも破産しました。

当時、数十億ドルとも100億ドル近いとも言われる負債を抱え、街中の物乞いを指差して、「彼は私より金持ちだ」とさえ言ったほどです。実際、91年3月26日の『ニューヨーク・タイムズ』と『ウォールストリート・ジャーナル』が一面記事で「トランプの破滅」を予告するほどトランプは追い詰められていました。

しかし、そんなことではギブアップしないのがトランプです。多くの不動産業者が破産に追い込まれる中、トランプは「他の誰もが動きだす前に銀行との交渉を始めよう」と決意します。

多額の借金は「お金を貸した銀行の問題」であり、「自分の問題ではない」と割り切ったトランプは「長期の法的な小競り合いを続けるよりは、私にお金を融資すれば良好なビジネスを続けることができる」と金融機関を言いくるめると、あとの細かな交渉は弁護士に任せて、自身は大好きな不動産開発の仕事に没頭したのです。

■ついに大統領選挙に出馬

「ものごとを軌道に乗せるまでは一生懸命にがんばり、あとは成り行きに任せる」やり方が功を奏し、流れは少しずつ上向き始め、多額の借金は背負っていても、プロジェクトは進むようになり、やがて会社は以前より繁栄、トランプ自身は以前から「出るとにおわせては撤退」していた大統領選挙に出馬、見事に当選を果たしたのです。

当初、トランプの大統領選挙への立候補をまともに信じる人はほとんどいませんでした。トランプは過去に何度も立候補を表明しては撤回することを繰り返していただけに、最初は「どうせどこかでやめたと言うに決まっている」と見られていましたが、今回は本気でした。

■成功は自分の手柄、失敗は誰かのせい

桑原晃弥『乗り越えた人の言葉』(KADOKAWA)

共和党候補としても、大統領候補としても常に世論調査では不利な状況でしたが、トランプはこうした世論調査を「フェイク呼ばわり」することで逆境を乗り切り、見事に当選したのです。若いころからマスコミの注目を浴びてきたトランプにとって「自分に対する他人の評価、とりわけマスコミの評価を決して信じてはいけない」は決して変わることのない真実なのです。

都合の良い情報は信じても、都合の悪い情報は「フェイク」と切り捨てる。成功は自分の手柄であり、失敗は誰かのせいにすればいい。逆境を乗り越えるためにはこれくらいのタフな精神が不可欠なのかもしれないと、トランプを見ていると思わされます。

そんなトランプから見れば、自らとアメリカ経済を苦境に追い込んだ新型コロナさえ「これは消えてなくなる。物事が消え去るように新型コロナもなくなる」はずのものなのです。

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桑原 晃弥(くわばら・てるや)
経済・経営ジャーナリスト
1956年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒。業界紙記者を経てフリージャーナリストとして独立。トヨタからアップル、グーグルまで、業界を問わず幅広い取材経験を持ち、企業風土や働き方、人材育成から投資まで、鋭い論旨を展開する。主な著書に『ウォーレン・バフェット 巨富を生み出す7つの法則』(朝日新聞出版)、『「ものづくりの現場」の名語録』(PHP文庫)などがある。
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(経済・経営ジャーナリスト 桑原 晃弥)