田瀬 和夫(たせかずお)/1967年生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒業、同経済学部中退、米ニューヨーク大学法学院客員研究員。1992年外務省入省。2001年から緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。2005年外務省退職、国際連合事務局・人間の安全保障ユニット課長、パキスタンにて国連広報センター長等を経て、2014年国連退職。2017年独立。(撮影:尾形文繁)

SDGs、持続可能な開発目標。地球上のすべての人が、よりよく生き、次の世代に引き継ぐ世界。2015年国連で全会一致で採択された理念が、企業活動の世界的な本流になりつつある。『SDGs思考 2030年のその先へ 17の目標を超えて目指す世界』を書いたSDGパートナーズの田瀬和夫CEOに聞いた。

サステイナビリティの波が広がっている

──GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の調査では、東証1部上場企業の44%がSDGsの取り組みを始めていると。

去年くらいから一気に認知度が上がりましたね。SDGsと対で語られ、急拡大中のESG(環境・社会・企業統治)を重視する企業への投資市場を意識せざるをえなくなり、やらなきゃいけない度がグンと上がった。例えば、日清食品がカップヌードルの紙容器をさらに環境負荷の低い素材へ切り替え、それにサプライヤーが対応するように、去年から今年にかけてサステイナビリティ(持続可能性)の波がグンと広がっています。

ただ、SDGsを事業そのものの中に練り込んで稼ぐ戦略にはまだ至ってない場合が多い。環境に配慮してます、女性登用やってます、ガバナンス強化やってます……、これって屋台骨の組織の話。肝心の事業の中ではどうか。カップヌードルだって、食べるほどに健康になる、地球環境に貢献する、社会の格差を縮める、にはなってないですよね。

──え、そこまで広くですか?

企業は、利益創出と社会に対する「善」を同時に実現すべき、と僕は思っています。それが企業がSDGsに取り組む意義でもある。

SDGsを経営に練り込むことは、要はどんな商売がしたいのかに直結します。サステイナビリティに配慮すれば多くの場合コスト高になる。そこで、安かろう悪かろうで大量に売れるものを出したいのか、サプライチェーンや環境に配慮したうえで高品質なものを高く売るのか。

例えばアウトドア用品のパタゴニア。サステイナビリティを全製品で追求して値段も高い。そういう市場を取りに行っている。さらにその上には高級ブランドのエルメスがあります。エルメスって使う皮1枚1枚、環境や人権配慮を徹底的に追求しています。そしてエルメスの値段で買える人しか相手にしていない。

「子供の権利」に配慮しているイケア

──それぞれの戦略でSDGsが利益構造に組み込まれている。

一方、サステイナビリティを核に据えつつ、安く提供しているのがイケア。イケアの根本思想は子供の権利を守ること。商品デザインから製造、物流、販売と一気通貫で子供の権利に配慮しているんです。でもそれをあえてブランディングしない。成長の理由を問われれば、子供の権利を守ってきたから、と答えるだけ。

イケアは1つひとつの製品について二酸化炭素排出量とか徹底的に量り、それでいて安いから成功している。ユニクロもここへ来て、世界中の委託工場で不当に安い賃金や長時間労働がないか、消防設備は整備されているかなど監査を徹底するようになった。でも安いままだから売れているし、国際的に信頼を得てきているのかなと思います。

──思考法の1つに、「アウトサイド・イン」が出てきます。

現在の自社事業を起点に考える「インサイド・アウト」に対し、社会の要請を起点とするのが「アウトサイド・イン」。明日はここまで、とコツコツ積み上げる発想ではなく、30年後、あの山頂に到達するために明日はどんな1歩を繰り出すか。日本人はあまり慣れていない考え方かもしれません。

──そこの部分で、ヤマト運輸の高齢者見守りサービスの例を引かれてました。社会の要請をくんでいる、でも「新しい経営理論が生まれない」と書かれていますが?

いいサービスには違いない。けど、ではヤマト運輸がどういう地域社会をつくりたいかビジョンは見えてきません。実現したい未来像を起点に、自社のノウハウで何ができるか、そこに到達するための商品開発をしているか。SDGsの視点から言えば、見守りサービスがなくていい社会とは? お年寄りが自立して人生の終盤を充実して暮らせる社会にするためどう貢献するか? それを考えるのがアウトサイド・インです。そこにこそ新たな市場が生まれます。

今までのやり方では市場は受け入れない

──田瀬さんは公的機関ご出身ですが、数字命の企業人にもちゃんと理念は届いてると感じますか?

僕は基本、経営者と話をすることにしています。SDGsはトップが自分の言葉で自分のものとして語れるレベルまで腹落ちしていないと、社員には浸透しません。


先日、「そうは言ってもね、地球とか人権とかって遠いんだよ」とおっしゃる役員がいた。でも一見無関係そうな、例えば資産運用でさえ、現実には環境に直接影響を及ぼすような決定が日々なされている現実がある。「考えを巡らすことなく“遠い”と言うのは、単なる想像力の欠如です」と僕は言いました。社長はニヤニヤしてましたよ。そうやって社内の意識を変えていこうということでしょう。

日々数字に追われる執行役員や事業部長と1対1で話すと、「会社が本当にやりたいことって、ちょっと違うと思うんですよね」とつぶやかれたりする。皆さん、自分がやってる商売は社会とつながってるという感覚があります。それを引き出すのが僕の仕事。今までのやり方では市場は受け入れないよ、間違いなく負けますよと。

──米国の「We Are Still In」のエピソードが象徴的ですね。

2017年、トランプ大統領が気候変動への国際的枠組みである「パリ協定」離脱を表明すると、4日後に1200以上の企業や自治体が結集し「われわれは(パリ協定に)残る」と反旗を翻しました。現在4000近い組織が署名しています。引っ張ったのはウォールストリートであり投資家。気候変動に対する道義的責任を超えて、すでに自社の競争戦略の一環として取り組んでいるから。背景には市民社会の要請、取り組みを評価する投資家がいる。

SDGsを浸透させ人々の消費行動を変えていくには、一定の時間をかけた戦略が必要です。そこで重要なのが教育で、それがメディアの役割なはず。会社の施策を単発記事で流すのではなく、長期的視野に立って、「生きていくうえで世界はつながっている」と生活者の目線を導いていくような役割を、もっと戦略的に考えてほしいです。