正論おじさんに悩まされた、あるホテルの営業マンの嘆きとは(写真:8x10/PIXTA)

どんな小さなルールも厳守、強要し、まわりにいる人を辟易させる「正論おじさん」とは一体? 老人問題に詳しい林美保子氏による新書『ルポ 不機嫌な老人たち』より一部抜粋・再構成してお届けする。

2019年6月、朝のワイドショー番組で、「正論おじさん」なる人物が取り上げられ、話題になった。

関西の商店街で、自称・元官僚の高齢男性が毎日のように現れては、「歩道に私物を置く行為は法律違反で許されない」として、歩道にはみ出した看板や幟、自転車などを無断で店の中に押し込めていた。さすが法務省出身と言うべきか、1センチでもはみ出ていると許さないという徹底ぶりだった。

看板や幟も押し込まれてしまったおかげで遠目からは店が開いているようには見えず、売上が激減する事態にまで発展して、商店街の人たちを悩ませていたそうだ。

そもそもの発端は、歩道の点字ブロック上に物が置かれていたことだった。確かに、それは商店側が悪い。彼は警察に対応を求めたが動かなかったため、自分が法律に基づいて行っているのだそうだ。「歩道に物を置いてあると、年寄りには危ない」という正論おじさんの言い分もわかる。しかし、看板を蹴ったり壊したりするまでの権利は男性にはないはずだ。

実に面倒くさい「正論おじさん」の恐怖

私のボランティア仲間にも、職務上法律に精通した人物がいた。彼は、「それは会則に書かれていない。その話を進めるならば新たな会則を設けるべきだ」などと、何かと言えば会則を持ち出しては、周囲をうんざりさせた。

確かに骨組み的なものには会則が必要ではあるが、彼は、「そこまではいらないでしょう」ということまで、会則を持ち出してくる。会則のがんじがらめになりそうで、実に面倒くさい。「私は、法律に詳しい」というプライドが言葉の端々に見え隠れする。しかし、彼の素晴らしい知識と経験を活かすには、残念ながらボランティアの場は役不足だ。

正論おじさんは自分なりの信念でやっている。ボランティア仲間の男性も大真面目だ。しかし、「1センチでも許さない」とか、「何でも会則に基づいて」と理論武装されると、周囲は辟易するだけだ。傍目から見れば、空回りしているようにも見える。

ホテルで営業を担当している坂本潔さん(57歳・仮名)は、数年前、強烈な個性の顧客を持ったことがある。宴会や会議用に宴会場を定期的に利用してくれている会社の窓口となっていたのが、総務部長の梶光彦さん(59歳・仮名)だった。

誰も抵抗できないゴリ押しおじさん

180センチの長身、がっちり体型のコワモテで、課長以下、部下たちから恐れられていた。「はい、わかりました!」と、直立不動で答えている社員の姿を、坂本さんは何度も見ている。

「特にお酒を飲まれると豹変する方で、強い部長がより強くなってしまうんです。部下にも、招待客に対しても口うるさいので、ちょっと近寄りがたいような感じでした」

その会社では毎年、企業や協会などの協力団体を招いてパーティーを開いていたのだが、ホテル側では、そこで頭を悩ませていることがあった。パーティーに出した料理が残るようなことがあっても衛生面の問題があり、持ち帰りは遠慮してもらうというホテル側のルールがあるため、毎回断るのだが、「もったいないじゃないか。女子社員が持って帰りたいと言っているんだからいいじゃないか」と、梶部長がいつもゴリ押ししてくるのだ。

「あんまりうるさいので、前任者も黙認せざるを得なかったのですが、私が担当するようになったとき、上司から、『悪しき慣習はなるべくやめるようにしておきたいので、君からうまく言ってもらえないか』という話があったのです」

そこで坂本さんは話を持って行ったが、そう簡単にOKする部長ではない。結局、「じゃあ、今回だけ」ということで話は落ち着いた。梶部長の定年が近づいているため、今回が最後になるはずだったからだ。

梶部長の定年退職後は、課長が部長に昇格し、新部長の新たな仕切りでパーティーが行われることになった。事前の打ち合わせの際には、「食べ物の持ち帰りはもうやりません。部下たちにもしっかり言っておきましたから、これからはホテル側にもご迷惑をかけません」と約束してくれていた。

梶さんは定年後、協力団体の中にある某協会に再就職した。そのため、パーティーにも出席するのだが、招待客という立場に変わった。

ところが、パーティー当日、思いもかけないことが起きた。事前の準備のために事務局のスタッフが集合する時間に、梶さんもやってくるではないか。皆、目を丸くしていると、梶さんは去年と変わらず部長気分で指示を出し始めたのだ。

「梶さん、すみませんが、今年はやり方を少し変えています」と新部長が言っても、いちいち口を出して、自分が部長だった頃のやり方に戻そうとする。もともと迫力あるキャラクターのため、新部長はもう上司でも何でもないはずの梶さんを邪険にはできない様子だ。

坂本さんはこのままではいけないと、梶さんをたしなめるように言った。

梶さん激怒させた「坂本さんの一言」

「今回は新しい部長さんと事前に打ち合わせをして、その取り決めの中でやっていますから」

その一言で、火がついてしまった。

「なんで、いままでのとおりにやらないんだ!」と激昂して、坂本さんと新部長に詰め寄ってきたのだ。

「おまえたちではダメだ。総支配人を呼べ!」

総支配人は急に呼ばれて困惑したが、現場の収拾がつかなくなっているという説明を受けて、顔を出した。

「こんなやり方ではダメだ。前回のやり方に戻すべきなんだ!」


梶さんは、総支配人に訴える。

しかし、総支配人はパーティーがあると必ず主催者や主賓に挨拶するために顔を出すようにはしているものの、細かい内容まで把握しているわけではない。

後から聞けば、「『言っている内容がわからないからどう返事すればいいかわからなかった』というのが本音だったそうなんですが」、総支配人は何らかの答えを出さなければならないため、梶さんの勢いについつい押されて、「まあまあ、今回は例年どおりでいいんじゃないですか」と答えてしまった。

「これで、お墨付きをもらえたということで、『ほら見ろ、オレの言うことを聞け』ということになってしまったのです」

もちろん、最後の食べ残しを持ち帰ることも例年どおりになってしまったのである。

結局、坂本さんが転勤になった後も是正できないまま、梶さんが協会を辞めるまでの数年間、パーティーは梶さんに牛耳られていたそうだ。

「その後は、会社とは関係のない団体に移ったという噂を聞きました。そこではウチのホテルでは規模が合わなかったため、別のホテルを利用されているらしいのですが、たぶんいまでも、あんな調子なのではないでしょうか。あの性格は治らないと思います」

完全に仕事を辞めたあかつきには、ますます迷惑老人になりそうだ。