コンビニでつり銭をトレーで渡されて激怒した高齢男性がいたという。男性は一体何に怒っているのか。大手住宅設備メーカーの顧客対応部門に約20年勤務してきた酒井由香氏は「クレームをぶつける人のなかには、個人的なストレス解消として店員に怒りを爆発させるタイプがいる。理屈を説くよりも、相手が怒りを抑えられない人だと認識することが大切だ」という--。
■「客を客だと思っていない態度だ!」
新型コロナウイルス対策で浸透しつつある「ニューノーマル(新しい生活様式)」。さまざまな場面で今までと違う対応や応対に遭遇しても、多くの人は素直に受け入れているが、中には新しい様式に馴染めず、不満を募らせ、企業に対して苦情としてぶつける生活者も存在する。先日聞いた、ソーシャルディスタンスに関するクレーム例を紹介しよう。
平日の昼下がり、コンビニエンスストアのレジ前で会計をしていた高齢の男性が突然、店員に対して怒り出した。
「つり銭をトレーに入れて返すなんて失礼だ!」
「つり銭を自分でトレーから拾えってことなのか?」
「客を客だと思っていない態度だ!」
と、店員に詰め寄る。
店員は、なぜ急に怒られたのか分からないという顔で、レジ横のポスターを指しながら、「ここに貼ってるように、トレーに返すことになってるんで……」と掲示内容を繰り返すばかり。「だからそんなことを言ってるんじゃない。こんな教育をしているなんておかしい、店長を出せ! 責任者を出せ!!」と、店内にいる全員が振り向くほどの大声を上げはじめる。結局、スタッフルームで店長が長時間の対応をおこなうこととなった。
にわかには信じられない話かもしれないが、顧客対応の前線に30年近く身を置いている私から見ると、このような理不尽なクレームはコロナ禍以前から決して珍しいものではない。
暴力的、反社会的という意味での「ブラック」とまでは言えないが、常識的で善良な「ホワイト」でもない、このような「グレー」なクレームが近年増加しているのだ。
■グレークレームを発する5つの“タイプ”
ここでは、そのようなグレークレームを店員にぶつける側の心理的な背景を分析していきたい。
先に挙げた例の男性の場合、「釣り銭をトレーに入れるという店側の対応に不満を感じ、それを爆発させた」というのが表面上、見えている行動だ。一方で顧客心理の視点から見ると、その背景には、
・個人的なストレスを、他者を攻撃することで発散したい
・相手(企業)より、自分のほうが優位であると主張したい(自分を認められたい)
というような欲求が潜んでいる。
私も所属している日本対応進化研究会では、グレークレームを発する顧客タイプを以下のような5つに分類している。
天野泰守監修、日本対応進化研究会編集『グレークレームを”ありがとう!”に変える応対術』(日本経済新聞出版社)この男性は攻撃性が高く、その場の感情や勢いによるところが大きい(非戦略的な)ストレス発散型と見ることができる。
このタイプは、自分の個人的な問題によるストレスを解消するため、応対者をターゲットとして相手が萎縮するような言葉遣いや行動を行いやすい。そういう意味では、この例の男性はまさに典型的であろう。怒りを爆発させるトリガーがあれば、いとも簡単に攻撃モードに入ってしまうことが多いタイプでもある。
コロナ禍での長引く自粛生活によって、日本全体にストレスが溜まっている。必然的に、ストレス発散型傾向のある顧客からのクレームも発生しやすくなっているのだ。これは、顧客対応だけでなく、自社内や家庭内など人間関係全般でも起こりうることなのではないだろうか。
■「感染予防対策のルールなので」は最悪手の対処
では、「ストレス発散型」の人から行き場のないストレスを理不尽にもぶつけられた側はどのように対応すべきなのだろうか。
先の事例だと、お客さまに対して、店員が「掲示を見ればわかるし、感染予防対策のためのルールなんだから理解しない方がおかしい」というような接客をおこなうのは、申し出対応としては最悪だ。店長対応でも収まらず、本社へクレームの電話が入るような事態が発生しかねない。
主張の正しさを認められたい「ストレス発散型」のお客さまは、不満を抱える自分の気持ちに寄り添うことより感染予防策のほうが優先されていると感じ、火に油を注いでしまうからだ。
■気持ちに寄り添い、意見を尊重する姿勢を示す
この事例への応対としては、まず「本当は私どもも今まで通りの接客を行いたい」または「今までの接客と気持ちは同じです」と伝えることが非常に重要だ。お客さまと同じ思いに立ちながら、感染予防対策をしていることが伝わる。飛行機の機内案内でも「(感染予防対策により)サービスが行き届かず、ご迷惑をおかけすることをお詫びいたします」などとアナウンスされているが、これも背景には同様の意図がある。
さらに、意見をクレームではなく提案として尊重する姿勢も大事にしたい。「説明が足りず申し訳ありません。良いご提案をいただいたので、掲示物の内容変更も検討するように伝えます」と加えたり、「貴重なお話をありがとうございました。とても勉強になりました」などと伝えることができれば、改善に向けた前向きな姿勢を示すことにもつながる。
「ストレス発散型」の相手への対処の姿勢として基本的にポイントとなるのは、
・相手が感情をコントロールできない人だと認識する(こちらは相手の感情に振り回されない)
・気持ちに寄り添う言葉や態度を示す(勝とうとしない)
・一方的にならないように丁寧に説明する
の3つだ。
感情的に攻撃しているだけで、便宜を図らせようといった裏側の意図は少ないので、気持ちに寄り添った応対をすることで、怒りを鎮め、信頼を得ることができるはずだ。
■クレームを「ありがとう」に変えるために
増加するグレークレームは、個々のケースで状況が違うために応対の原則やルールが作りづらく、多くの企業が悩みを抱えている。
個店や店員の感覚のみを頼りにした対応を行うと、かえってクレームの拡大につながりかねないからだ。一方で、誠実かつ適切な対応をすることで、クレームを抱えていたお客さまから感謝されることも多い。結局のところ、応対する側の対処によって、「グレー」は「ブラック」にも「ホワイト」にもなりうるのだ。
少しでも多くのグレークレームを「ありがとう」に変えるためにも、ベストな対応事例をいかに全社で共有するか? は多くの企業にとって課題だ。
その一環として以前から接客コンテストや社内報での事例共有などが多くの企業で行われていたが、多様化するグレークレームへの対応の共有には「迅速さ」と「シンプルさ」が必要だ。特に現在の新しい生活様式は、今後も変化を続けていくだろう。それに伴って企業が新しい施策を導入すると、必ず新しい苦情やクレームが起こるはずだ。すべての顧客接点が垣根なく苦情やクレームに対応できるような情報共有の土壌をシステムとして構築しておくことの必要性が高まっている。
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酒井 由香(さかい・ゆか)
顧客対応コンサルタント
大手住宅設備メーカーにて修理受付をスタートにお客さま対応部門に30年近く従事。お客さまとの通話数は6万件、現場訪問回数は200回以上にのぼる。BPOセンターの立ち上げに携わった後、お客さま相談室長として組織マネジメントを行う。2013年、顧客対応のDX化を進める株式会社ジーネクストに参画。クライアント企業の顧客対応窓口に対して応対実務に関する支援や、システム構築における運用面のサポートを担当。生活者の声を経営やマーケティングに活かす仕組みづくりの支援を行なっている。
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(顧客対応コンサルタント 酒井 由香)