アメリカでは、日本企業にはほとんど見られない「シニオリティ・ルール」という驚きのルールがあった(写真:YakobchukOlena/iStock)

緊急事態宣言の解除、都道府県をまたぐ移動の緩和と、新型コロナウイルスの予防のための自粛が段階的に解かれ、ウィズコロナの生活も新しいフェーズに移った。これまで身動きの取れなかった観光業界やライブハウス、飲食店に関しても3密を避けるなど工夫をこらしながら営業を本格化させている。

皮肉にもコロナで浮き彫りになった企業の“無駄”

こうした中、業績の回復が難しい企業の中には、この秋にも予想される感染第2波に備え、水面下で“コロナ・リストラ”の準備を始めた企業もあるという。

テレワークを実施した結果、不要な人材があぶり出されたケースも。

「今回の自粛期間で、いかに会社に無駄があったのかと気づかされました。テレワークにしたら、正直言って、間接部門の人数なんかはもっと少なくてもいいんじゃないかって思いました」(某大手エンタメ企業経営者)

「上からの指示を待って仕事をしていた人は、生産性が下がりました。上司の顔色をうかがってばかりいた中間管理職は、代替えが可能ともわかってしまいました。そうなると会社は『ピラミッド型』から、個々人が自律的に動くことが求められる『文鎮型』に変わらざるをえないでしょう」(50代、元外資系企業人事担当)

皮肉なことに、テレワークはオフィス内の無駄を浮き彫りにするための新たなシステムでもあったのだ。

日本でコロナを理由に解雇、雇い止めされた社員は約2万6000人を超えた(厚労省発表:6月19日現在)。実際の数字はこれよりもっと多いだろう。登録派遣型の社員の場合、企業に余裕がなければ雇用の捻出はない。3カ月ごとに更新するケースが多い派遣社員は、雇い止めに納得できず、会社とトラブルになるケースは今後さらに多くなっていくだろう。

一方、コロナで世界で最も多い死者が出ているアメリカはどうか。経済面への影響も深刻で、5月下旬の失業保険の申請件数は、非常事態宣言以降、4000万件を超えている。給付金がもらえるインフラ支出法は9月末で終わりだが、先日、10月以降もトランプ大統領は追加対策として1兆ドル(約109兆円)の措置を検討中であることが明らかになるなど、民間におけるダメージの大きさがうかがえる。

こうした中、さまざまな業種で「レイオフ」が現実味を帯びている。

日本では人員整理のことを一般的に「リストラ」と呼び、業績悪化などによる解雇を意味する。だが、アメリカでは「レイオフ」(一時解雇)という言葉が使われる。業績が回復するまでの間の一時的な解雇という意味で使われ、業績が回復したら再雇用することを視野に入れている。

「レイオフ」は復帰も想定した一時的な解雇なのだから、日本の「リストラ」よりマシなのではないか、というと、そうでもない。

この「レイオフ」に関しては、日本企業にはほとんど見られない驚きのルールが埋め込まれていることがある。それが「シニオリティ・ルール」(Seniority rule)だ。

古株であるほど得をする「シニオリティ・ルール」

これは、従業員の昇進・異動・休職・解雇などを決定する際、勤続年数が長く、古くから在籍している従業員が、後から就職した者よりも有利な扱いを受けられる権利のことだ。

従業員の経験やスキル、ノウハウを他社に流出することを防ぐのが狙いとされるが、実際の運用はというと、なかなかハードだ。入社順に「0001、0002、0003……」と1人ずつ番号が割り振られ、後から入社した者、つまり番号が大きい社員から有無を言わずにレイオフされてしまうこともある。

「得なことは社歴の長い人から優先的に、損なことは新参社員から真っ先に」というこの仕組み。アメリカやカナダなどでは、労働組合が強い業種で多く採用されているが、目下、悲鳴が上がっているのは、航空業界だ。

アメリカの航空会社に勤務するAさんが語る。

「航空業界で長く働くCAとパイロットは、このルールで大きな得をしています。例えば新人CAが夏休みを取るため、2カ月前にリゾート地までのフライトの最後の1席を予約してあっても、当日の朝、番号の小さいベテランCAが、『バカンスを取るからこの便に乗りたいの」と言えば、そちらが優先、新人CAは泣く泣く諦めなければならないのです」

驚くほかないルールだが、今回の新型コロナによる緊急事態においても、その威力を発揮。古株の従業員であれば、よほど悪いことをしない限りレイオフされることはなく、安全でいられるというのだ。

「中には50年以上飛んでいるという75歳の元気なCAもいます。アメリカのCAは、乗客から荷物をあげてくださいとヘルプを頼まれても、“私はそういうことができません”とか、“私は手が届かないからダメです”とか、はっきり断る人もいるのですが、それもシニオリティ・ルールの恩恵かもしれません」 (Aさん)

ベテランが守られる、はた目にはシニアに温かい業界には、新しいメンバーが冷遇されるという裏事情があったのだ。

海外では「Nenko System」という名でよく知られる日本「年功序列」は、勤続年数、年齢などに応じて役職や給与を上げる制度のこと。シニアが厚遇されるといっても、社員同士がより有利な条件を取り合う、シニオリティ・ルールとはまったく性質が異なっている。

シニオリティ・ルールで動く会社では、仕事ができる、できないに関係なく、長く勤めているからという理由だけで優遇されるため、職場のモラルが下がったり、ほかの従業員の意欲が削がれるケースも多いという。

ポストコロナ時代で生き残るには

実際にはアメリカ社会でも、最近では「レイオフ」も「リストラ」と同じ意味に変わりつつあり、再雇用はほとんどないという声も聞かれる。

破産申請を行った世界的なエンターテインメント企業、シルク・ドゥ・ソレイユは約3500人のレイオフを発表したが、長引くコロナ禍の下では再雇用される保証はどこにもない。IT関連などのテクノロジー企業では、結果を重視する実力優先主義の企業がほとんどだが、はたしてポストコロナ時代、会社の中で生き残っていくにはどうしたらいいのか。

「年功序列が崩れてから、従業員は出世イコール実力主義だとハッパをかけられ、成果主義という言葉をエサにあおられてきたように思います。成果を出しても、次の年にはまたゼロからのスタートになってしまい、権利を意識する間もない。今さら日本ではシニオリティ・ルールは根付かないでしょうが、ポストコロナの時代は、最低限の権利を獲得できる環境で仕事をすることが大事なのだと思います」(50代、元外資系企業人事担当)

自分の会社は、最低限の権利を守ることができる会社なのか。世界的に雇用不安がささやかれる中だからこそ、今一度、自分の会社の制度と自分が望む雇用がマッチしているか、再点検する機会にしてみてもいいかもしれない。