コロナ禍でクルマの価値観が大きく変わろとしている(写真:YNS/PIXTA)

新型コロナウイルスは、クルマの世界にも大きな影響を与えた。日本国内の販売台数(登録/届け出台数)を見ると、2020年4月は前年に比べて29%、5月は45%も落ち込んだ。

それでも百貨店売上額のマイナス60〜80%ほど減らなかったのは、ディーラーがさほど混雑しておらず、営業を続けていたからだ。ディーラーが長期間にわたり休業すると、点検や修理も滞り、安全運転を妨げる事情もあった。


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また2020年4/5月の販売ランキングで上位に入ったトヨタ「ヤリス」やホンダ「フィット」は、新型車だから納期が3〜4カ月と長い。従って4/5月に登録されたヤリスやフィットは、緊急事態宣言が発令される以前の1〜3月に受注されていた。このような経緯もあり、4/5月も大幅な下落に至っていないのだ。

その代わり、今後の需要回復に時間を要することが考えられる。今でもヤリスやフィットの納期は約2カ月を要しており、緊急事態宣言時の契約滞りは、6〜7月の登録台数に響いてくる。

需要増のレンタカーは「通勤プラン」も登場

このように新車需要が下がった半面、増えた需要もある。レンタカー会社からは次のようなコメントが聞かれた。「クルマは公共交通機関と比べて、3密(密閉・密集・密接)を避けられる。そのため、コロナ禍でレンタカーを日常的な移動に利用するお客様が増えた」。

ニッポンレンタカーでは「通勤サポートプラン」を開始した。これは、職場近くの営業所で16時以降に借り出し、自宅に乗って帰り、翌日10時までに出勤途中で返却するプランだ。プラン料金は、コンパクトカーなら2970円と安い。

営業所に尋ねると「自宅で働くリモートワークが奨励されているが、業務内容によっては出社の必要もある。このときに会社が費用を負担して、レンタカーで通勤するケースが多い。社員が自分のクルマで出勤すると、昼間は会社周辺の駐車場を利用するから、駐車料金だけで3000円を軽く超えてしまう。そこで帰宅時にレンタカーを借りて、同じ地域に住んでいる同僚同士が相乗りで帰宅。翌日も相乗りで出勤する使われ方をしているようだ」。

このほかにリモートワーク空間として、自宅のクルマも活用されている。もともと仕事は会社で行うから、自宅に仕事場所を持っていない人も多い。幼い子どもがいると、パソコンを使ったウェブ会議などに、支障が生じることもある。

そこで車内を仕事場にする。ステアリングホイールに引っ掛けるテーブルなどが市販され、パソコンの利用も可能だ。クルマの中はスッキリしているから、ウェブ会議に使っても違和感はない。

夏は涼しい場所に移動して、仕事ができる。長時間の仕事ではエコノミークラス症候群(肺血栓塞栓症)を避ける適度な運動も必要だが、車内はオフィス代わりになるのだ。

コロナ後にクルマを買いたい人が増えている

クルマは気分転換の外出にも役立つ。徒歩や公共交通機関を使う外出では、他人との接触も生じるが、自分のクルマなら自宅の延長だから感染リスクは低い。1人で車内にいるときは、マスクを着用しなくてもいい。

今は外出時のマスク着用がエチケットになっているが、それはコロナ対策だから、マスクを着けただけで何となく緊張感が生じるものだ。これを外してクルマを走らせると、リラックスした開放感が味わえる。


クルマの中はマスクなしで過ごせる数少ない空間でもある(写真:metamorworks/PIXTA)

広告代理店のデルフィスが行った意識調査によると、約80%の人が、「クルマなら感染リスクを下げて安全に移動できる」と回答した。クルマを買う予定はなかったが、「コロナ終息後に買いたくなった人」も18%に達している。コロナ禍を経て、クルマの必要性が高まっているのだ。

今後変化する住宅事情も、クルマの所有に影響を与える。

今までは郊外に住み、毎日満員電車に乗って通勤するのが普通だった。働き方改革により、リモートワークも推奨されていたが、実現には踏み切れない企業も多く、勤務先に近い都市部に住みたいと考える人が多かった。実際に総務省のデータによると、少子高齢化によって大半の地域で人口が減っているが、東京都/神奈川県/愛知県などの大都市では、ほかの地域からの流入もあって人口が増えていた。

「都市部に住みたい」という意識は、今後は変わる。無理だと諦められていた働き方改革とリモートワークが、コロナ禍により、半強制的に実現したからだ。1週間に5日間も満員電車に揺られたのに比べて、リモートワークが大幅に快適なことにも気がついた。

仮に1週間の内、3日間はリモートワーク、2日間は出勤するとしても、疲労は大幅に軽減される。世の中全体がリモートワークだから、2日間の出勤も、以前のような満員電車ではない。


リモートワークが根付けば電車の混雑も解消されるだろう(写真:IK/PIXTA)

そして、コロナ禍で3密を避ける習慣が身に付いたから、公共交通機関を使うときは、コロナ禍の終息後もマスクを着用する。以前の顔と顔が接触するような満員電車は、もはや生理的に耐えられないだろう。

インフルエンザに対する認識も変わる。2018年には、インフルエンザによって日本国内で3000人以上が亡くなったが、外出時に誰でもマスクを着用する事態にはならなかった。

しかし、今後はマスクの着用が続き感染が抑えられるだろうし、インフルエンザの感染状況も大きく報道されるはずだ。個人でも世の中の認識としても、感染に対して敏感になっている。これも満員電車には戻れない要因だ。

在宅時間が増えれば家に求めるものも変わる

通勤の苦労が解消されるなら、もはや会社に近い都市部に引っ越す必要はない。その代わり、リモートワークを快適に行える生活環境を整えたい。

今までは「所得が増えたら都市部に引っ越す」と考える人が多かったが、今後は自宅を広く充実させることに関心が移る。バーチャル背景を使う手はあるものの、やっぱりウェブ会議のときに背後に見える仕事部屋はカッコよくしたい。

そして、通勤していたときは、午後6時に仕事を終えて8時ごろに帰宅したり、同僚と飲んで遅い時間に帰ったりしていたが、リモートワークでは過ごし方が変わる。6時に仕事を終えた後の長い時間を、自宅で過ごすことになるからだ。

リモート飲み会をするなら、リモートワークスペースの脇に、小さなバーカウンターを置いたら気分も盛り上がるだろう。郊外の広い家に住んだら、憧れのホームバーも持てそうだ。これならリモート飲み会もリアルに近づく。

ビジネスに与える影響も大きい。リフォームを含めた住宅、家具などの販売が活性化し、ニーズが減る都市部の住宅は、価格を下げるかも知れない。東京都/神奈川県/千葉県/埼玉県の2020年1〜3月における地価変動率を見ると、住宅地はプラスだったが商業地はマイナスであった。今後は東京都を中心に、住宅のニーズも減って地価が下がる可能性も、十分に考えられる。

クルマに対する考え方も変わる。勤務先に近い都市部に住むと、公共交通機関を使いやすい半面、駐車場の料金は高く、東京23区内では月極め駐車場が1カ月3万円を超えることも珍しくない。それだけで年間36万円以上の出費になる。


東京23区内では月3万円を超える駐車場も珍しくない(写真:YNS/PIXTA(ピクスタ)

クルマを維持するための各種の税金、自賠責保険料、メンテナンス費用などは、1.3〜1.5リッターエンジンを積んだ小型車の場合でも、1年当たりの平均で約15万円になる。駐車場料金と合計すれば、50万円以上だ。この金額を節約するためにクルマを手放す人も多い。

郊外に住むなら、月極め駐車場は1カ月に1万ほど。安いところでは5000円などというところもある。駅から離れていればクルマが必要で、リモートワークを終えた6時以降の買い物にも重宝する。

この変化によって、生活のツールとして使いやすい軽自動車、コンパクトカー、比較的ボディの小さなSUVが売れ行きを伸ばすと考えられる。とくにコンパクトSUVは、まだまだ新鮮味のあるカテゴリーで、リモートワークを軸にした新しい生活感覚にも合う。

最初の価値観の変化は「バブル崩壊」にあった

この流れは「通勤電車型の価値観からマイカー型への変化」とも言い換えられる。

戦後から1980年代までは、大勢の人たちが1つの方向に同じ考え方で進む通勤電車型の価値観を持っていた。年功序列で終身雇用、保険なども国が監督してサービスや保険料は統一された護送船団方式だ。住居は団地が増えて、皆が同じ場所で同じような生活を送る。それですべてが幸福に成り立った。

この価値観を変えたのが、1990年代初頭に訪れたバブル経済の崩壊だ。

海外を含めて競争が激しくなり、年功序列と終身雇用を守っていたら企業が倒産してしまう。役職や給与は成果主義に変わり、保険のサービスも自由化されて郵政は民営化した。職場で周囲の人たちと同じことをしていたら評価されず、個人にも経営者感覚が求められるようになった。

その一方で、ビジネスとプライベートはしっかり分ける。仕事に役立つ勉強をする目的は、会社のためではなく、自分の成長のため。自分の能力が高まれば、それが会社にも利益をもたらす発想だ。身勝手だという意味ではなく、自分と家族を大切にして、そのうえで会社に貢献する自由と自己責任を伴った、マイカー型の価値観に移ってきた。

今回のコロナ禍と、それに基づくリモートワーク、出勤日数の減少と自宅滞在時間の増加は、近年の働き方改革と相まって、マイカー型の価値観を加速させる。これによってクルマの需要が急増することはないが、かねて進んでいたクルマ需要の低下を食い止める役割は果たすだろう。

価値観は今「100年に1度の大変革」へ

これからは、衰退していく都市部のあり方も問われる。リモートワークが進むと、企業は都市部の高層ビルに広いオフィスを構える必要はない。例えば、4フロアを2フロアに削減するといった企業も増えるだろう。

この流れの中で、東京都などの空洞化を抑えるのに必要なことは、日本の経済を牽引してきた実績をブランドに高めることだ。極端に言えば、京都や奈良のように、かつて果たした役割の大切さを、誰もが認識できる価値として発信することが求められる。


日本橋の上に架かる首都高速(写真:千和/PIXTA)

東京都中央区にある日本橋の上空には、現在首都高速道路が架かっている。これを地下に移して景観を取り戻す工事は、以前は不要なことのように思えたが、東京のブランドが問われる今後は、必要な作業かも知れない。都市と住宅の事情が変わり、その中でクルマも新しい時代を迎える。「100年に1度の大変革」が、いよいよ現実味を帯びてきた。