■歴史的な業績悪化が金融システムに与える危険性

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界経済は大きく混乱している。その影響が、投資会社としてのソフトバンクグループに莫大な影響を与えている。同グループの出資先のいくつかの企業の業績は大きく悪化し、それらの株価は急落に見舞われた。それに伴い、ソフトバンクグループは大赤字に転落することになった。

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オンライン決算記者会見に出席したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2020年5月18日 - 写真=時事通信フォト

今年1月以降、本格化したコロナウイルスの感染拡大によって、世界的に個人消費、自動車などの生産活動、観光など実体経済が悪化した。それにより、3月中旬には世界の株式市場は急落し債券市場も混乱した。そうした状況下、主に借り入れによって投資を行ってきたソフトバンクグループの信用力が低下し、クレジットリスクが大きく上昇した。

その後、世界の中央銀行が積極的に資金を供給したこともあり、とりあえず株価は持ち直した。しかし、実体経済はかつて経験したことがないほど冷え込んだままだ。ソフトバンクグループが投資する企業の業績が悪化し、企業価値が毀損されている。その結果、同社は創業以来最大の損失に陥ったのである。

ソフトバンクグループは、国内外の大手金融機関から多額の資金を借り入れ、その資金で投資を行ってきた。今後、同社の投資ファンドなどから損失が続く場合、大手金融機関の財務内容などに影響が及ぶ可能性がある。状況次第では、わが国の金融システムに重大なストレスがかかるリスクは排除できない。

■ソフトバンクの投資ファンド「15社が倒産する可能性あり」

近年、ソフトバンクグループはIT先端分野を中心に、成長期待が高いスタートアップ企業などに投資を行ってきた。それを象徴するのが、サウジアラビア政府などの出資によって組成された10兆円規模の“ビジョンファンド”だ。

2020年3月期決算において、このファンドを中心に損失が発生し、ソフトバンクグループの連結純損益(国際会計基準)は9616億円の赤字に陥った。純損益の赤字は15年ぶりで、赤字幅は過去最大だ。営業損益は1兆3646兆円の赤字で、IT関連を中心に88社に投資しているビジョンファンドの巨額の投資投資損失を計上した。

ビジョンファンドは88社の投資先の約6割、50社の企業価値が下がり、年間で1.8兆円の投資損失が出た。ソフトバンクグループの創業者である孫正義氏は投資先の経営悪化について、「ユニコーン(企業価値が10億ドルを超える未上場企業)がコロナの谷に落ちた」と表現した。

その背景にはコロナショックがある。ワクチンなどが開発段階にある中、世界各国は感染の拡大を防ぐために国境や都市を封鎖し、人の移動を制限せざるを得なくなった。それが、需要と供給を寸断し、収益の減少や資金繰りの悪化などから同社の投資先企業の価値が下落してしまった。

新型コロナウイルスの感染拡大によってライドシェア需要が落ち込み、ライドシェアアプリ大手の米ウーバーテクノロジーズの業績が悪化した。3月には、コロナショックによる資金繰りの悪化から、出資先である英国の衛星通信企業ワンウェブが経営破綻に陥った。

また、シェアオフィス大手の米ウィーカンパニーも、グループの業績を悪化させた要因だ。コーポレートガバナンスやビジネスモデルへの懸念から、ウィーカンパニーの上場は延期され企業価値が下落した。

その上に、コロナショックが発生し、ウィーカンパニーの損失は拡大している。ビジョンファンドの投資状況に関して、孫氏は15社程度が倒産する可能性があると厳しい見方を示している。

■揺らぐビジネスモデル、成長を急いだ代償か

現在、ソフトバンクグループのビジネスモデルは、大きく揺らいでいるとみるべきだ。同社のビジネスモデルは、孫氏の人を見抜く力(眼力)をもとに、「これは」と思える企業家を発掘して出資し、その成長を取り込むことにある。

代表的な成功例が、中国のアリババ・グループだ。孫氏はアリババ・グループの創業者であったジャック・マー氏に会って5分程度で出資を決めたといわれる。その後、アリババ・グループは世界有数のITプラットフォーマーに成長し、ソフトバンクグループの業績、資金調達、財務力などを支えている。

しかし、コロナショックの発生により、これまでの投資先の選定方法がベストではないことが明らかになった。ウィーカンパニーはその一例だ。孫氏はウィーカンパニーの共同創業者であるアダム・ニューマン氏がイノベーションを発揮できる人材であるとほれ込み、出資を決めた。

一方、ウィーカンパニーのビジネスモデルは、単なる“オフィスのサブリース”と指摘する専門家もいた。ウィーカンパニーは、シェアオフィスのアイデアや人材のマッチングを目指すアプリ開発なども進めていたが、今のところ収益は黒字になっていない。中には、「ウィーカンパニーのビジネスモデルに真新しさはない」と指摘する見方もある。

ある意味、ソフトバンクグループは成長を急ぐあまり、リスクを冷静に評価することが難しかったのかもしれない。昨年末までの過去5年間、世界的な低金利環境から株式市場に資金が流入した。企業は低金利を活用して社債を発行し、その資金を使って資本コストが上昇した自社株を買い、一株当たりの価値還元の増加に取り組んだ。

その結果、“買うから上がる、上がるから買う”という強気心理が過度に連鎖し、世界的に株価が大きく上昇した。特に、米GAFAや中国のBATH、さらにはIT関連のスタートアップ企業には、今後の経済をけん引するとの期待が集まった。その中でソフトバンクグループは、ライバルの投資会社に先を越されまいと、前のめりに投資をしたといえるかもしれない。

■アリババ株の売却だけでは対応できない

ソフトバンクグループは、基本的に国内外の大手銀行などから資金を調達しその資金で事業を運営している。そうした手法は、いわゆる“高レバレッジ経営”と呼ばれる。“高レバレッジ経営”は、経済がうまく回っている間は効率の良い経営が可能になる一方、今回のように経済活動に問題が出ると、資金の確保などに困難が生じる可能性が高い。

そのため、投資家の中には、同社の財務レバレッジのリスクに懸念を表明する声が増えている。今後、世界経済がさらに混乱し投資先企業の経営が悪化する場合、同社の財務レバレッジは上昇しリスクが高まる可能性がある。その場合、わが国の金融機関の信用力に置く影響を与えることが懸念される。そのリスクは小さくはないはずだ。

これからソフトバンクグループは、自社株買いや社債の償還などのために約6兆円の資金需要が発生する見込みだ。資金を確保するために、同社はアリババ・グループの株式など資産の売却(総額4.5兆円)などで対応しようとしている。

ただ、資産の売却には限りがある。資金調達手段の1つとして借り入れの重要性は増すだろう。今後、同社がどのようにリスク管理を行ってビジョンファンドの運用を安定させ、キャッシュのアウトフローを抑えられるかは重要なポイントだ。

■世界経済の下振れで金融システム不安が発生

将来は不確実であり先行きは断言できないが、もしコロナショックの影響が長引くと、世界的に経済活動の停滞は長期化するはずだ。そうなると、企業業績への不安も高まる。その場合、ソフトバンクグループが投資してきた企業に関して、想定を超える業績や財務内容の悪化、さらには経営破綻が発生するリスクは軽視できない。

そうした展開への懸念が高まり始めると、金融機関は貸倒引当金の積み増しなどを余儀なくされる。それは、銀行の融資能力を低下させる一因となり、わが国で金融システム不安の発生にもつながりかねない。

5月18日時点で、ソフトバンクグループが保有する株式の価値は28.5兆円とみられる。時価ベースでの保有資産規模を見ると、同社には追加の資産売却を行う余力があるといえる。ただ、株式の価格(価値)は世界経済全体の動向に大きく影響される。

同社の投資先には米国や中国、インドなどの企業が多い。米国を中心に世界経済の下振れ懸念が高まるようだと、ソフトバンクグループの財務内容などへの不安も高まらざるを得ないだろう。その場合、同グループから金融部門への悪影響の波及が懸念される。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)