メルセデスとBMW、小型車を充実

text:Yoichiro Watanabe(渡辺陽一郎)

かつてのメルセデス・ベンツ、BMW、アウディといった欧州のプレミアムブランドは、商品開発と販売が軌道に乗ってからは、コンパクトな車種をあまり手掛けなかった。

1990年代の中盤まで、メルセデス・ベンツではCクラス、BMWは3シリーズ、アウディではA4が最小サイズだった。

欧州のプレミアムブランドは、他ラインナップに比べて比較的小型なモデルを積極投入している。    メルセデス・ベンツ/BMW

メルセデス・ベンツの場合、もう少し時代を遡って1980年代初頭にCクラスの前身となる190シリーズを発売する前は、今のEクラスが「コンパクト・メルセデス」と呼ばれた。

そのほかは上級のSクラス、スポーツカーのSL(往年の高性能な300SLではなく190SLから成長したタイプ)程度で、車種構成はシンプルであった。

そのために数字とアルファベットの表記も成り立った。今も同様の表記だが、車種の数が増えると、日本車のようなペットネーム(例:「マツダ2」に対する「デミオ」)でないとわかりにくい。

この流れが1990年代の後半から変わり始めた。

1998年には日本にもコンパクトな初代Aクラスが導入され、個性的な造りではあったが、200万円台の価格設定などによってメルセデス・ベンツでは新しいユーザーを獲得した。

2000年に入ると、メルセデス・ベンツCクラスが3ドアハッチバックのスポーツクーペを用意して、カジュアルな雰囲気を演出する。

BMWも3シリーズに3ドアハッチバックのtiを加えた。316 tiは1.8Lエンジンを搭載したが、最も安いグレードの価格は299万8000円に抑えた。

この後、両ブランドともSUVを加えて、さらにバリエーションを増やした。

プレミアムブランド、小さい方に人気移行

プレミアムブランドは、各車種の個性よりもブランドの持ち味を重視する。

例えば「Cクラスが欲しい」のではなく「メルセデス・ベンツが欲しい」と思わせるクルマ造りをする。まずはブランドを決めて、その次にCクラスという車種を選ぶわけだ。

メルセデス・ベンツAクラスセダン(上)とEクラス(下)。フロントマスクや内装は、ボディサイズやエンジン排気量の大小に係わらず同じ価値観。    メルセデス・ベンツ

ブランドで選択するクルマ造りを突き詰めると、フロントマスクや内装は、ボディサイズやエンジン排気量の大小に係わらず同じ価値観を備える。

日本車のクラウンとカローラでは、デザインと雰囲気がかなり違うが、メルセデス・ベンツのEクラスとAクラスには相似性がある。

その一方でEクラスとAクラスの価格には約2倍の開きがあり、価値観が似ているのであれば、安い後者が買い得と受け取られる。

Aクラスは避けたとしても、多くのユーザーは後輪駆動で最も小さなCクラスに落ち着く。

その結果、2019年度(2019年4月から2020年3月)の輸入プレミアムブランドで最も多く登録された車種は、メルセデス・ベンツCクラスであった。

次はAクラス、続いてBMW 3シリーズと続く。ボディの大きなメルセデス・ベンツEクラスはCクラスの半分以下で、BMW 5シリーズは大幅に少ない。

コンパクトあるいはミドルサイズが売れ行きを伸ばす。

この点について販売店に尋ねると、メルセデス・ベンツとBMWでは見方が分かれた。

やや違う メルセデス/BMWの販売姿勢

今の日本国内の売り方について、メルセデス・ベンツの販売店は次のようにコメントした。

「かつてのメルセデス・ベンツには、高価格車のイメージが強かったです」(メルセデス・ベンツ販売店)

バブル経済期、「六本木のカローラ」と呼ばれていたE30型BMW 3シリーズ。    BMW

「景気の良い時代は、プレミアムブランドの性格が際立ち、中古車価格も高まりました。そうなるとお客様も、愛車を好条件で売却できます」

「ところが1990年代の中盤になると、次第に景気が悪化してきました」

「その中で大量な販売をねらうと、高級感が裏目に出てしまいます。『ベンツは600万円を超えるクルマばかりでしょ』などと言われ、最初から敬遠されました」

「要は敷居が高すぎるので、近年はAクラス/GLA/CLA/さらにAクラスセダンという具合に、コンパクトな車種に力を入れるようになったのです」

2019年の国内販売台数は520万台で、バブル絶頂期だった1990年の778万台に比べると67%にとどまる。

ところがメルセデス・ベンツの国内登録台数は、1990年の170%に増えた。

メルセデス・ベンツは、バブル経済期の方がたくさん売れていたように思えるが、実際には今の売れ行きは当時の2倍近くに達する。

BMWも1990年の130%になる。

BMWの販売店からは別の意見が

プレミアムブランドが景気の悪化に逆行して売れ行きを伸ばすには、コンパクトな車種を充実させて価格帯を下側へ広げなければならない。

メルセデス・ベンツは、AクラスやGLAを軸にして、それをおこなった。

メルセデス・ベンツGLA    メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツの国内販売推移を見ると、2010年は3万台少々だったが、2013年初頭に現行Aクラスを加えると5万台を上まわった。

2014年にはGLAも投入して6万台を超えている。このほかSUVのラインナップも充実させて、急成長を遂げた。

一方、BMWの販売店からは別の意見が聞かれる。

「BMWは2シリーズのアクティブツアラーとグランツアラー、SUVのX1など、日本で販売しやすいコンパクトな前輪駆動車を投入して売れ行きも伸びています」(BMW販売店)

「ただし、これらは慎重に扱いたいですね。BMWのブランドイメージはあくまでも運転の楽しさにあります。それを訴求できるのは、以前と同じく後輪駆動の3シリーズや5シリーズになるからです」

国内の売れ行きも、BMWで登録台数の最も多い車種は3シリーズで、2シリーズやX1はそれ以下になる。

メルセデス・ベンツとBMWでは考え方が異なる。

小型投入 ブランド力の維持が課題

メルセデス・ベンツとBMWは、この数年間で販売台数が急増した。

2019年の世界販売台数は、メルセデス・ベンツブランドが234万台、BMWブランドは217万台だ。メルセデス・ベンツは2020年に200万台を目標にしていたが、4年前倒しで達成した。

大きなエンブレムがフロントグリルの中心にあるスタイルを気にするユーザーもいる。    メルセデス・ベンツ

現時点でメルセデス・ベンツAクラスなどは、トクした気分にさせる。憧れの「ベンツ」が、以前に比べると大幅に求めやすい価格で手に入るからだ。

しかし今の状態が続くと、次第に普通のブランドに落ち着いてくる可能性もある。

メルセデス・ベンツが割安な車種をそろえる一方、フォルクスワーゲンは内外装や乗り心地の質を高め、ベーシックとプレミアムの境目がわかりにくくなってきたからだ。

特に今のメルセデス・ベンツは、大きなエンブレムをフロントグリルに装着して、グッチとかフェンディと大書きされたTシャツを思わせる。

プレミアムブランドの伝統を考えれば、エンブレムをフロントグリルに収めるのは空力を突き詰めたSL系で、そのほかは今のSクラスやE 450 4マティック・エクスクルーシブのようにボンネット上にマスコットを立てるのが正しい。

販売店によるとは以下のようにコメントしてくれた。

「今でも大きなエンブレムを嫌うお客様は少なくないですね。『ブランドをひけらかしたくない』と言われます」

「そこで交換を希望されることもあるが、今はグリルに衝突被害軽減ブレーキのセンサーが内蔵され、交換できても高額になってしまいます」という。

たかがエンブレムの話だが、伝統を受け継ぐブランドの象徴でもある。

本来のメルセデス・ベンツはマスコットを立てたSクラスで、それ以外は大量な販売をねらっているとも受け取られる。

いつまでも「メルセデス・ベンツが欲しい」と思わせるブランドであってもらいたい。