働き方改革をいち早く進めてきた大和証券グループ本社の中田誠司社長を直撃しました(右は筆者、撮影:鈴木 靖紀)

コロナ騒動の中、いち早く全社員へのテレワークに移行できた大和証券。働き方改革に着手したのは、まだほとんどの企業が長時間労働に明け暮れていた2005年のことでした。

それまで不夜城だった支店を含め全社的に19時前退社を2007年に励行、就職人気ランキングでは常に上位に位置し、6年連続で「なでしこ銘柄」と「健康経営銘柄」のダブル受賞を果たします。大和証券はなぜここまで働き方改革で群を抜いて成功したのか、株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長を前に、中田誠司・大和証券グループ本社社長が余すところなく語る。

(※対面取材は2月27日に実施しました)

オリンピックを見据えて通勤不要体制を作っていた

小室 淑恵(以下、小室):新型コロナウイルスの問題で、多くの企業が「急にテレワークと言われても」とPC確保も間に合わず、社員のリテラシーも追いつかない中、3月1日より大和証券の全部門社員を対象にテレワーク体制に入ることができるそうですね。なぜですか。

中田 誠司(以下、中田):オリンピックを見据えると、通勤せずに業務が遂行できなければ、と準備してきた体制を前倒しに踏み切った形でした。もともとは4月から制度を拡充するというスケジュールでしたが、全員に2in1端末を配備できていたことが大きかった。約1万人分の2in1端末は3月から動いたのでは入手できなかったでしょう。

以前から介護、がん治療および不妊治療を事由とした在宅勤務制度を導入していました。だから今回もスムーズに本格的なテレワーク制度を導入することができ、現在はどの部署でも誰でもテレワークができる体制が整っています。


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小室:働き方を例外なく見直すことを徹底していたことが、危機管理につながりましたね。営業員などもテレワークは可能ですか?

中田:営業員はタブレット上で口座開設ができるようになっています。お客様を訪問できるのはコロナが収束してからになりますが、訪問先のお客様と営業員の上司がZoomで会話することも可能です。昨年から既に、支店の会議も外出先の営業員をつなげてWeb上で実施しています。

こうした「出勤しなくていい仕組み」を徹底的に整備しつつ、営業所や支店内で前例のない発想が出てくるためにコミュニケーションスペースづくりも力を入れてきました。いわゆる「シリコンバレースタイル」で、スタンディングデスクを導入したり、一枚板のデスクで会議をして活発にコミュニケーションできるようにするなど、できるところからどんどん変えているところです。

小室:多くの企業が在宅勤務やテレワークを導入した結果、すっかりオフィスに人が来なくなる状況が生まれました。そこで今、1周回って「皆が来たくなるくらいストレスがない、生産性が上がるオフィス」を追求する時代になりつつありますね。

今、免疫力をあげるためにも睡眠がとても注目されていますね。生産性向上という意味でも2020年は睡眠が注目されると思うのですが、中田社長の睡眠時間はどれくらいですか?

中田:実は夜22時半には寝て、朝6時半ぐらいまではしっかり寝るので毎日8時間です。

小室:え! 本当ですか。経営者のかたは睡眠不足自慢をするかたが多いのに、驚きました。


中田誠司(なかた・せいじ)/株式会社大和証券グループ本社執行役社長 CEO。1960年東京都出身。1983年早大を卒業し、大和証券入社。2006年、大和証券エスエムビーシー執行役員 企画担当。2009年、大和証券グループ本社取締役。2016年副社長を経て、2017年4月から現職(撮影:鈴木 靖紀)

中田:私が唯一ずっと続けている健康法が睡眠なんです。仕事柄、宴席は毎日のようにありますが、21時には失礼して、基本的には22時半までに寝てしまう。

寝床に入ってから寝付くまでにリラックスした環境で1日を振り返って思考するのも大切な時間になっていますね。

小室:マインドフルネスのようですね。

中田:この時間に名案を思い付くことも多いですね。

小室:働き盛りの子育て男性も、中田社長のように睡眠を大切にしたほうが、かえって成果があがることに早く気付くべきですね。今、日本の子どもたちの睡眠時間が短くなってしまっています。家事育児を妻1人で背負って子どもを寝かしつけようとすると遅くなってしまうからです。男性の帰宅時間が早まると、夫婦で家事を分担して早く終えて、子どもの脳の成長に適切な時間に寝かせることができるんですが。

8時半からの役員会、スタッフは6時台に家を出る

中田:本当にそうですね。さらに私は、朝も早すぎる出社をしないようにして、8時20分ごろに出社しています。私が社長に就任する前は朝の役員会議がなぜか8時半開始だったんです。私が社長になったとき、人事の担当者に「うちの始業時間って何時だっけ?」って聞いたら、「8時40分です」と答えるから、「じゃあ、どうしてこれは8時半開始なの? 9時にしよう」と。主要な会議体はすべて9時スタートに変えました。

小室:私も前職の資生堂で、経営企画室に5年いたのでわかりますが、役員が朝8時半から会議を始めようとすると、準備するスタッフは皆、6時台には家を出なければならず、負担が大きいんですよね。

中田:そうなんです。私が営業本部長をしていたとき、7時45分から役員と部長が集まって毎朝会議をしていました。私が社長になってから、こうした社内で行われている朝の会議を「全部」やめるように言いました。強い抵抗にあいましたが(笑)、最終的には月曜日だけ行うことで着地しました。

小室:週1に激減ですね。それは、みなさんありがたかったと思います。人間の脳は朝起きてから13時間しか集中力がもたないことがわかっています。朝、やたらと早朝から出社させる会社は、業務時間中に次々と社員の集中が切れていくことになります。

中田:ムダを削減しようとするとき、以前の7〜8割くらいにすればみんな減ったほうだと思ってしまう。それでは駄目。まずは全ていったんゼロにすることを考える必要があります。会議をいったん全部やめてゼロにしてみることが大事。その上で何か困ったことがあったら集まって相談をするはず。それが本当の会議なんです。毎月2〜3時間行っていた執行役員会議も、今では2カ月に一度になり、所要時間も1時間です。

社員が健康で集中力高く仕事の出来る環境こそ、経営戦略だと思いますね。わが社の社員の睡眠時間を取ったデータが無くて残念なのですが、きっと飛躍的に伸びていると思いますよ。

小室:最近の研究では、睡眠が始まってから6時間経過した時点から「精神の疲れ」が解消する時間帯に入るということがわかってきました。前日に受けたストレスがコップに毎日たまっていってしまうと、メンタル疾患や過労死につながってしまう。ストレスの蓄積がコップの容量からあふれることで「いなくなりたい」「死にたい」となってしまうのです。睡眠を1日6時間以上取ることで「精神の疲れ」がリセットされてストレスの蓄積を予防できるわけです。

勤務と勤務の間のインターバルが重要

中田:だからやはり、勤務と勤務の間にインターバルを入れるということが重要ですよね。わが社では9時間の勤務間インターバル制度を導入していますが、通勤時間往復2時間に睡眠7時間、食事などの時間を加味すると、インターバルはヨーロッパのように11時間がいいのかもしれないですね。


小室淑恵(こむろ よしえ)/株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長。1000社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げる「働き方見直しコンサルティング」の手法に定評がある。私生活では二児の母(撮影:鈴木靖紀)

小室:インターバル規制は、EUではすべての国で批准されていますが、日本だけが昨年の春の法改正で「努力義務」になったにすぎません。義務化が急がれますね。

睡眠が不足している方は、本人は自覚していませんが非常に「不機嫌」になります。当然パワハラなども増えていきます。睡眠不足の人がオフィスに1人いると、その人がいろんな人に怒るので、周りの方たち全員の心理的安全性が損なわれることがわかっています。

9時間のインターバル制度も導入していて、19時前退社にも取り組まれているので、睡眠不足に起因するパワハラなどの問題が減って、それが業績向上にもつながっているのではないでしょうか。

中田:私が営業本部長だった時代から、パワハラ・セクハラを撲滅すると宣言して取り組んできました。目標は完全な撲滅なので、そこを目指しています。

小室:ところで、SDGsにもいち早く取り組まれましたね。

中田:弊社は2008年に日本で初めて「ワクチン債」を販売しました。開発途上国の子どもたちにワクチンを提供する資金を調達するための債券であり、当時、医療関係者から大きな反響がありました。また、私自身が日本の子どもの貧困問題について強い関心を持っていたこともあり、社長になった直後の2017年9月に「大和証券グループ 夢に向かって! こどもスマイルプロジェクト」を開始しました。

その後、SDGsという言葉が浸透しはじめて、17の目標の1番目に「貧困をなくそう」とあるのを目にして、自分たちの事業はまさにSDGsに紐づけできると思ったんです。

2020年度で中期経営計画が終わるため、次期中計では、SDGsについて詳細なKPIを設定する予定です。そこで、2020年度から新たにSDGs担当役員を任命しました。

評価は後から付いてくる

小室:若手社員の奨学金返済を無利子でサポートする制度を導入したことでも話題になっていますね。

中田:2カ月に1回程度は支店に訪問し、新入社員と話す機会があります。そこで「私、こんなに奨学金の返済があるんです」という話を耳にして驚いたので、同世代である我が家の子どもにも聞いてみたんです。

小室:なるほど。「周りの人はどうなの?」と聞いたわけですね。

中田:そうしたら「結構いるよ」という答えだったので、実際に調べたら2.7人に1人がそうだ、と。衝撃的な数字でしたね。

小室:そこですぐに若手社員の奨学金返済負担を軽減する制度を作られたんですね。今では100人以上が毎年利用されているということで、本当に今、必要な制度だと思います。

こうした制度も含めて、例外なく働き方を見直してきたことが、今採用の面で大きな強みになっているのではないですか?

中田:そうですね。2005年に女性活躍推進チームを作り、その後ワーク・ライフ・バランス推進室を設置。2007年から19時前退社の取り組みを始めました。スタートから15年になりますが、働き方改革に取り組む前は、就職人気ランキングは圏外でした(笑)。しかしそれがついに2018年には総合4位になり、金融業界において1位になりました。弊社にとって人材は生命線ですから、非常に嬉しく誇らしいですね。

ただ、就職人気ランキングやアワードを目的化してはならない。就職人気ランキングやアワードのために取り組んだわけではなく、「女性も活躍できるような環境を整えよう」「会社全体を良くしよう」といったところから取り組んだ施策が、結果として評価に反映されたということです。やはり本質を追求することが重要です。

小室:これは絶対聞きたいと思っていることがあるのですが、男性育休の取得率は全国平均で6%といった状況の中で、大和証券は100%ですよね!? これはいったいどうやって実現したんですか?

中田:19時前退社の導入と一緒で、最初はある程度強制的にやらないと駄目ですね。男性は同調圧力に弱いですから、取っても取らなくてもいい休業を取ることで、周囲からどう思われるかと躊躇します。弊社のワーク・ライフ・バランス委員会では、退社時間はもとより、育休取得率などすべてのデータを可視化しており、職場の上司に声掛けを続けてきました。

おかげさまで、もう強制力を発動しなくても男性育休100%を実現できるようになったので、現在は育休期間を追求する段階に移行しつつあります。今は取得期間の平均が8日なのですが、平均で8日ということは1日や2日という社員も多いはずなのです。なので全員原則1週間以上にしようと決めました。

小室:妻が産後うつになるピークは産後2週間のところです。産後5日間は入院していますから、退院してから1週間以上必ず夫が休業を取って自宅にいてくれるということは、本当に心強いですね。

中田:そうすると、当然平均値も上がりますし、自然発生的に「もうちょっと取ってみよう」という動きも出てくるはずです。最終ゴールを2週間以上とするための第一ステップに踏み出したという感じですね。

小室:仕事の繁忙期と重なっているからと、いつまでも育休に入れない男性も多いですね。

中田:そこは思い切って川を渡らなければいけないポイントだと思っています。極論を言えば、社長の私が明日からいなくなっても、絶対に会社は回るはず。つまり、2週間や1カ月連絡が取れないことで、何かとてつもない事態が起きるかといえば、実際は起きないんです。起きるんじゃないかと心配してる自分がいるだけ。

小室:むしろ「起きてほしい」とすら思っているんですよね(笑)。自分の存在意義を、そういったところで確認してしまう。普段から属人化した仕事の仕方をしている人も多いと思います。

自動的に休んでも全然仕事は困らない

中田:お子さんが生まれたら自動的に2週間なり1カ月なり休むようにしても、全然仕事は困らないし、そのためにチームがあるわけです。テレワークも活用できるわけですから、今後育休は取りやすい時代になっていくと思います。

小室:仕事が属人化していて、チーム制になってない企業は、仕事を見える化・共有化・チーム化して、自分がいなくても回る状態をつくる。もう一方で、政府の側は、休んでいる期間にもテレワークなどを活用してスポット的に働きやすい状態へと法律の縛りを緩くする。こういった動きが両側から進めば、クリアできる問題だと思います。

中田:仕事の見える化・共有化は、リスク管理上も必要です。特にリテール部門は、お客様と1対1の信頼関係が重要ですが、仕事を見える化・チーム化することで、コンプライアンス上のリスク管理も強化されていくと思いますね。

小室:同感です。頻繁な転勤でリスク管理をする企業が多かったと思いますが、わざわざ転勤までさせなくても、普段から見える化すればいいんですよね。

コロナも一つのきっかけとなって、本来見直されるべきなのに、残ってしまっていた商習慣は一気に見直されていくと思います。転勤・残業・出張・ハンコ・多すぎる対面会議・過剰品質な社内外資料・毎日の通勤(と煩雑な交通費精算)・紙資料など。経営に余裕が無くなったら、真っ先に見直すべきものばかりですので、大変動するでしょう。

(構成:アスラン編集スタジオ 渡辺稔大)