中国・武漢の劇場を消毒するボランティアら(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの脅威は、アジアから欧米へと急拡大している。

その最中の3月12日、中国外交部(外務省)の趙立堅・副報道局長 が「新型コロナウイルスを武漢に持ち込んだのはアメリカ軍かもしれない」とツイッターで発言し、物議を醸した。

趙氏の発言にはもちろん根拠がなく、支離滅裂に見える。しかし、この行動は中国政府が進めている情報戦略と符合する。中国は「国内への宣伝」と「国外への宣伝」という2本柱の戦略を用いて、「コロナに打ち勝った強国」というイメージ作りに向けて動き始めた。

習近平主席が武漢を訪問

2020年2月、中国国内で新型コロナウイルスが猛威をふるい、各都市がロックダウンされていた頃のことだ。中国では政府の初動の不手際や隠蔽疑惑がささやかれていた。さらに、新型コロナウイルスを武漢で真っ先に告発した医師・李文亮氏の死が重なり、中国国民の間に強烈な不満がたまっていた。

だが、そのわずか1カ月後、国営・新華社系列のメディアをみると、記事には「私の治癒日記」「感染症との戦いから学んだこと」「コロナから世界を守るために、今こそ中国が手を差し伸べよう」など、ポジティブな論調が目立つ。

このような情報をメディアで発信することは、中国における新型コロナウイルスの流行が落ち着いていることが背景にあり、同時に感染症との戦いの経験が「外国に求められているのだ」というイメージを広げようとする狙いもある。

データをみると、中国の確定患者数は減少している。3月9日には李克強首相が「中国国内のコロナの流行は改善している」と述べた。3月10日には習近平国家主席が武漢を訪問。国営メディアは「主席が最前線を視察した」と報じたが、トップの武漢訪問で新型コロナウイルスへの完全勝利に向けての基礎固めを始めた。

中国国内で「勝利宣言」の宣伝が行われることは、中国政府に不信感を持った民心を取り戻す狙いがあったようだ。

中国の初動の遅れや情報の隠蔽工作疑惑を非難する声は、国外からも数多く出ていた。それを変えたかった中国にとって、プラスに働いたのが新型肺炎の正式名称だ。WHO(世界保健機関)は新型コロナウイルスを「2019-nCoV」と命名し、「武漢ウイルス」や「武漢肺炎」という俗名がなくなった。新しい名称は、ウイルスの発生源と中国との関係性を表面的には薄めることになった。

続いて中国は、新型コロナウイルスに関連して主導権と発言権の獲得に動き出した。注目すべきは、感染が拡大するイタリアへの支援を決めたことだ。両外相の電話会談の後、中国はすぐにイタリアへの医師団派遣と医療物資を提供している。これは「中国には新型コロナウイルス対策のノウハウがあり、世界を助けることができる」とアピールする狙いがあったとみられている。

「発生源は中国ではない」と強調

そのほかにも、中国はWHOに2000万ドル(約21億円)を寄付し、日本や韓国にマスクや防護服などを提供。このように行動することで、当初ウイルスの蔓延を制御できず、面子を失った中国から、「世界の友好国」としての中国に変身しようとしているのだ。

感染拡大の責任回避も狙っている。その最たる例が、前述の趙副報道局長の投稿だ。ツイッターに投稿したのは、習主席の武漢視察から2日後の3月12日。視察によって勝利ムードを醸し出した直後に、まるで事前に計画されていたかのようなタイミングで「ウイルスの発生源は中国ではない」と主張したのだ。

だが、そんな根拠のない発言にアメリカが黙っているはずがない。アメリカ国務省は13日までに崔天凱中国大使を呼び出し、厳重抗議を申し入れている。しかし、趙氏は依然として「ウイルスのアメリカ起源説」を主張し続けた。

その後、ポンペオ国務長官は中国の外交担当トップである楊潔篪氏と電話で会談し、趙氏の一連の発言について「中国は新型コロナウイルス感染症の感染拡大の責任をアメリカに転嫁している」として厳重に抗議したことを明かしている。同時に「今やるべきことは、根拠のない情報の拡散ではなく、すべての国がウイルスの脅威に対し共同戦線を張ることだ」と訴えた。

ウイルス発生源をめぐる米中の舌戦にトランプ大統領も参戦し、新型コロナウイルスのことを「チャイナウイルス」と表現、波紋を広げる結果になった。

中国の新型コロナウイルスに関する情報戦略は、ある政策に基づいたものだ。それは「大外宣(大対外宣伝計画)」という、国外に向けての大プロパガンダ戦略である。

中国は経済大国となって以降、「国際社会において国力に見合った発信力を得ていない」という認識を持ち、「大外宣」の計画のもと、各国に中国系のメディアや事務所を作り、優秀な人材を取り込むことで国外での影響力を強め、発信力を得ようとしているのだ。コロナ禍のさなかである2月3日、習主席は中国共産党中央政治局常務委員会で「中国が主導権を握り、国際世論に影響を与えなければならない」と発言している。

中国の情報戦略について、アメリカ在住の社会学者・何清漣氏はその著書の中で「中国は2009年から450億人民元(約6852億円)を投じ、世界への大プロパガンダ戦略を進めている」と指摘している。特に世界中に駐留している新華社の記者の数は6000人を超え、その規模はアメリカのAP通信やフランスのAFP通信、イギリスのロイター通信の世界3大通信社を上回っている。

中国系メディアの報道はニュースではない

同様の指摘は他にもある。『報道の自由度ランキング』で知られる国際人権団体「フリーダム・ハウス」は、1月14日に発表した報告書「Beijing's Global Megaphone」の中で、中国共産党のプロパガンダ手法の1つが国営メディアの国外における多言語展開であると指摘している。

フリーダム・ハウスによると、中国国外で展開される中国系メディア『新華社通信』『CRI』『CGTN 』『China Daily』は、ニュースではなく中国共産党のプロパガンダを広めているにすぎず、また4メディアのなかには中国国営であることさえも明かさずに運営されているものもあるという。

アメリカ国務省は2月、フリーダム・ハウスが指摘した4メディアに人民日報海外版のアメリカ支局を加えた5つの在米中国メディアを、外国の主張を代弁し、政治活動を行う「外国代理人」に指定した。アメリカはこの5つのメディアを独立した報道機関ではなく、「国家の代弁者」だとみなしたのだ。

なお、外国代理人に指定されたことに対して中国は、中国国内の『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『ウォール・ストリート・ジャーナル 』のアメリカ国籍記者に対し、10日以内に記者証を返却するように求めた。事実上の国外退去を命じたわけで、中国メディアの外国代理人指定への報復措置だと見られている。

かつて中国の指導者・毛沢東は、鉄鋼の生産量で「超英褰美(イギリスを超え、アメリカに追いつけ)」というスローガンを掲げたが、「大外宣」はその情報戦略版だ。アメリカはようやく中国の戦略に気づき、国内における影響力を制限しようとし始めた。

しかし、新型コロナウイルスが猛威をふるう中、アメリカは中国主導で進む世論の風向きを変えることができるのだろうか。(台湾『今周刊』2020年3月17日)