前時代的な価値観がいまだに優勢な日本で、どうしたら自分たちの「フェアネス」を守れるか、尾原和啓氏(左)と山口周氏が語り合いました(撮影:尾形文繁)

およそ2年ぶりに著書『アルゴリズム フェアネス もっと自由に生きるために、ぼくたちが知るべきこと』を刊行した尾原和啓氏と、『武器になる哲学』など多数のベストセラー著書を持つ山口周氏。この特別対談では、テクノロジーがいかに人間を自由にするか、その阻害要因は何か、僕たちは何を「武器」に戦えばいいのか、縦横無尽に語り尽くす。

前回記事に続く第2回は、デジタルの恩恵を享受しきれていない日本について。その現状と打開策を探る。

日本で「ウーバー」が使えない理由

山口周(以下、山口):僕の弟は尾原さんのように世界中を飛び回っているんですが、彼に言わせれば日本に帰るたびにびっくりするらしい。なぜ、いまだにウーバーが使えないんだと。海外では、空港に着いて最初にやるのが配車アプリを開くことですよね。

尾原和啓(以下、尾原):そう。ウーバーは単に安くて便利なだけではありません。僕たちが海外でタクシーに乗るとき、つねに二大不安がつきまといます。本当に目的地に行ってくれるのか、あるいはぼったくりに遭うんじゃないかと。しかしウーバーなら、アプリで行く先を入力してアプリで決済までできる。つまり二大不安をテクノロジーの力で解決してくれたわけです。

しかもユーザーレビューがあるので、評判の悪いドライバーは退場するしかありません。逆に言えば、レビューのいいドライバーなら言葉がカトコトでも、肌の色も性別も関係なく働ける。あらゆるジェンダーバイアスから解放された労働環境を作ったんですよね。

山口:ところが日本では認められていない。「フェアネス」という観点で考えると、今ならある程度は民間のテクノロジーに委ねることもできるのに、日本はすべて国家が決めようとする。方向性がまったく逆なんですよね。しかも「疑わしきはフェアネスとして認めない」という方針のようで、これは相当やばいなという感じがします。

尾原:日本のフェアネスというのは、国家としての権益を守ることが最優先される。そこは選挙制度と結びついているので、どうしても高齢者や既得権益者を守る傾向が強くなります。彼らにとっては、コントロールできない新規参入者によって、自分たちが丁寧に築き上げてきた商売が壊れてしまうことが最も怖いわけですから。

実際、日本でウーバーの参入を認めない理由の1つとして「犯罪の発生率が高いから」などと言われたりします。しかしアメリカなどの統計を見ると、決してそんなことはありません。「日本国家のフェアネス」というメガネをかけると、つい危なく見えてしまうのでしょう。

山口:だから前近代的・封建主義的なヒエラルキーが強いんですよね。行政側にしてみれば、ヒエラルキーのトップさえ抑えておけばいいので、コントロールが楽。たしかに昔は情報流通のシステムが非常にプアだったので、そこに頼らざるをえなかった面もあります。

しかし、今は情報流通のコストが圧倒的に安くなっているので、もうヒエラルキーに頼る必要はないはず。相互評価のようなシステムがあれば、行政が全体を監視すること自体がナンセンスです。

幻の「日本版エアビー」

尾原:海外で当たり前のように利用するといえば、エアビーアンドビー(以下、エアビー)もそう。こちらは日本にも進出していますが、もともとシリコンバレーのIT企業が生み出したわけではない。アメリカのある場所でカンファレンスが開かれてホテルが足りなくなったとき、民間の空き部屋に泊まれるようにしたのが最初です。


尾原和啓(おばら かずひろ)/1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、サイバード、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業などに従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に、『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、共著に、『アフターデジタル』『ディープテック』(ともに日経BP)などがある(撮影:尾形文繁)

もともとイギリスで簡易的な宿泊施設を「B&B(ベッド&ブレックファースト)」と言いますが、ベッドの代わりにエアーベッドを提供したので「エアビーアンドビー」と。

彼らは当初、ウェブサイトすら作っていませんでした。すべて手作業で処理していたんです。それが今や、世界中で500万室以上を稼働させている。この数は、世界最大のホテルチェーンであるマリオネット・インターナショナルの約3.5倍に相当します。

その結果、僕たちは知らない人のクルマに乗り、知らない人の家に泊まるという経験を簡単にできるようになった。もう前代未聞の時代じゃないでしょうか。

山口:エアビーが生まれたのは2008年ですが、ちょっと面白い話があるんです。はるか以前の1980年代、千葉県の舞浜に東京ディズニーランドができたとき、周辺の宿泊施設は明らかに不足していました。すでに全国から年間2000万人が訪れていて、そのうち6割は地方から。それだけの人数をとても収容しきれなかったんです。

そこでディズニーランドを運営するオリエンタルランドと地域の方が考えたのは、周辺に数多くあった空き部屋を利用すること。地域のコンビニがカギを管理するとか、借り主も貸し主もそれぞれ相手に点数をつけて評価するとか、かなり具体的なところまで話は進んでいたそうです。これ、今日のエアビーとほとんど同じですよね。

山口:ところが、少し動き始めた段階で旅館業法に抵触するんじゃないかと横槍が入り、ただちに潰されました。本家エアビーに先行する日本版エアビーの芽は、あっさり摘まれたわけです。

「イノベーションが企業の推進力になる」とか「個人の発想が大事」とか「ビジネスには勇気も必要」とか、美しい言葉はいろいろありますが、これだけ規制されれば“学習”しますよね(笑)。

「オピニオン」と「イグジット」が世の中を変える

尾原:残念ながら日本は遅れていて、前時代的な価値観がいまだに優勢だと。では、そこからのパラダイムシフトは可能なのか。僕たちはどうすればいいのか。

現実世界で既得権を持つ人のフェアネスが優先されるなら、ネット上でつながっている者同士て新しいフェアネスを構築するというのが1つ。これは前回話した物理レイヤーと架空レイヤーという2層構造の話ですね。


山口周(やまぐち しゅう)/1970年生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など著書多数(撮影:尾形文繁)

それから『アルゴリズム フェアネス』でも触れていますが、北欧のエストニアのように、政府自体を徹底的にガラス張りにするという手もあります。権力者がいちばん監視される対象になることによって、国民の健全性を担保しようと。これも1つの解ですよね。

山口:そう思います。オールドタイプの考え方としては、権力の中に優れた人を送り込むのが1番でしょう。だったら尾原さんが政界に進出するのが最適解ということになる(笑)。

しかし今なら、まったく逆の考え方をしたほうが合理的です。それが監視で、僕なりに表現するなら「オピニオン(主張)」と「イグジット(退出)」です。

先日、ダボス会議から戻ったばかりの竹中平蔵先生から、面白いお話を伺ったんです。ダボスではいくつものカンファレンスがありますが、パネリストが全員男性だと、参加者はものすごいブーイングを起こして退場してしまうそうです。あるいはスターバックスの店員さんから伺ったのですが、ヨーロッパの店でストローを置いていると、すぐにお客さんからクレームがくるらしい。

こういう姿勢はすごく大事だと思う。自分なりのフェアネスの考え方を大事にして、そこから外れているものがあれば「おかしい」と声を上げなければいけないし、対話が成立しないと思えばその場を出なければいけない。


尾原:そうですね。だから何かを適切に監視するにはオピニオンを持たないといけないし、そのオピニオンを行動で示すにはイグジットという権利を使う手もあると。

山口:今は個人が力を持っている時代ですからね。例えば顧客や従業員や株主という立場なら、対象の組織のなんらかの活動について「おかしい」とツイートすることは容易でしょう。最初はたった1人の声でも、共感を得て拡散されれば大きな声になりえます。

それでも組織が変わらないなら、顧客や従業員や株主という立場から抜けてしまえばいい。そういう人が続出すれば、組織としては大変困るはずです。

尾原:場合によっては、国を脱出することもできますからね。それこそウーバーのドライバーとして高い評価を得られれば、どこの国に行っても働き口には困らないと思います。それくらい自由に生きられるということを、もっと自覚してもいいんじゃないでしょうか。

(構成:島田栄昭)

(第3回に続く)