レバノンに逃亡したことが明らかになったゴーン氏を待つ新たな人生とは(写真:REUTERS/Issei Kato)

「しっかりと戦う準備はできている」。これは、自身の近しい友人でレバノン人デザイナーのメイ・ダウック氏がレバノンの首都ベイルートに持つ自宅で開かれた新年祝賀パーティーに現れた元日産会長カルロス・ゴーン氏の発言だ。

パーティーの出席者の1人は、ゴーン氏は元気そうだったと話す。大晦日のこの日、ゴーン氏は友人の執筆による自身の状況に関する本と、これをベースにした映画の制作に出資する計画を明らかにした。ゴーン氏は今後、生涯にわたって日本の司法制度を批判していくだろう。約20年間日本に愛されてきた同氏は、今後日本の最大の敵になるに違いない。

世界的セレブへの対応に不慣れだった

「ゴーンはどんな手を使ったのか?」

ゴーン氏の逃亡がわかってから、日本、レバノン、フランス始め、世界中でこんな疑問が浮かんだ。24時間体制の監視下にあり、自宅ドアには監視カメラがとり付けられていたゴーン氏は、日本で最もその動向に注目が集まる人物だった。それにも関わらずゴーン氏は3つの国境を越え、9000キロ離れた安息の地・レバノンへ難なくたどり着いた。

日本の入国管理局がどれほどの屈辱を受けているかは計り知れない。この大失態をどう説明するのだろうか。日本は、海外に行く人が少ない国でもある。パスポートを持っているのは人口のわずか23%に過ぎない。

日本の捜査当局は、日本人の対処には慣れていたが、ゴーン氏のようなグローバルなセレブへの対応は不慣れだった。フランスやほかの多くの国では、容疑者の海外への逃亡のリスクが高いため、より洗練された手段が使用されている。

実際、ゴーン氏は日本さえ出れば「自由の身」になれた。世界は(そしてゴーン氏自身も)、日本の裁判所が電子ブレスレットやアンクレットのような被告人の位置を特定できるツールを使っていなかったことに驚いている。これは、フランスやアメリカなどの先進国で使用されている基本的なツールである。実際、ゴーン氏側は保釈請求にあたって、このツールの受入れも明示していたが、このようなツールは日本では採用されていないことから、裁判所はこれを保釈の条件とはしていなかった。

電子ブレスレットを使用すれば、100%確実につけている人を監視することができ、逃亡リスクを排除できるので、不必要な身柄拘束を回避することができる。それにもかかわらず、日本の裁判所や検察は、あえて人手のかかる監視方法に頼っていた。こうした技術が使われていれば、ゴーン氏の人権は尊重されていただろうし、ゴーン氏の逃亡を防ぐこともできただろう。

「ゴーン逃亡」のニュースが世界中で放映されてから、日本国外において彼は再び世論を二分するトピックスとなっている。フランスのツイッターでは、彼のようにお金持ちで有名な人物が逮捕され、普通の容疑者と同じような扱いを受けることを喜んでいる国民が多く見受けられる。こうした人々は、ゴーンが司法の裁きを逃れたことに憤りを感じている。

ここ何年もの間、フランスはイエローベスト運動や現在の年金ストなどといった社会運動によって混乱の状態にある。これらの運動はより平等な社会を目指しているので、不平等の権化ともいえるゴーン氏のような人物に対しては反感を覚えるのだ。

彼らにとって、ゴーン氏は今日の世界における、ありとあらゆる過ちを体現している存在だ。フランス最大の労働組合のトップであるフィリップ・マルティネス氏は、ゴーンの逃亡に関して簡潔にこう言っている。「これが金持ちの世界なのだ」。

ゴーン氏逃亡を擁護する人たちの声

一方、フランス人の中には日本の司法制度に反感を覚え、ゴーン氏の驚くべき逃亡を賞賛している人たちもいる。彼らは、ゴーン氏の逃亡をまるでアレクサンドル・デュマのモンテクリスト伯の大脱走のような有名な逃亡劇の現代版であるかのように見ているのだ。

フランスのル・ポワン誌が昨年12月31日ネットで行った統計によると、読者のうち75%がゴーンの日本からの脱走に賛成している。 フィガロ誌のオンラインでの統計でも回答者の82%が、ゴーン氏の逃亡は正しいことだと考えている。アメリカのウォールストリートジャーナルも、1月1日に掲載した社説にて、日本の司法制度に鑑みればゴーンが日本から逃亡したことは理解できることだと書いている。

仮にゴーン氏がフランス国境に現れていたとしても、同国は受け入れただろう。フランスという国は自国民を他国へは引き渡さない。フランス入りしていれば少なくとも日本の司法とは縁を切れたはずだ。

ただし、フランスの検察当局は自らゴーン氏の予備捜査に着手している。これが同氏の起訴に結びつきかねないこともあり、ゴーン氏はフランス司法も警戒している。さらに言えば、彼はフランス人が敬服するようなタイプの人間ではない。そのあからさまな守銭奴ぶりは嫌われている。ゴーン氏は何年も前から、フランスでの納税を避けるため、オランダで納税している。

レバノン富裕層にとっては「英雄」

こうした中、ゴーン氏は「祖国」と呼べる国を選択した。それがレバノンで、彼の人格の最重要部分を占める国だ。レバノンの人口は600万人ほどだが(公式の人口集計といったものは事実上存在していない)、そのうち100万人以上が難民である。


ベイルートにあるゴーン氏の自宅と見られる家(写真:REUTERS/Mohamed Azakir)

が、この国を出た人の数はざっと1500万人に上る。国内での成功は望めないため、有能なレバノン人はほとんど国外へ出て行くのだ。中にはとてつもない成功を収める人もいる。ゴーン氏はこうしたレバノン国外移住者の“王”とも言える人物で、レバノンの富裕層にとっては英雄だ。

実際、首都ベイルートでは、ゴーン氏は国外放浪から舞い戻った英雄として扱われている。「ゴーン氏が日本を脱出したことに不満を持つレバノン人には1人として出会っていない。彼が日本の司法にいかに恥辱を与えられたか、大半のレバノン人は怒りを覚えているのだ」と、ベイルートで活動するレバノン人弁護士は話す。

とはいえ、ゴーン氏がレバノン国外へ出ることは難しいだろう。「日本はおそらく国際逮捕状を要求するだろう。そうすれば彼は逮捕され、ブラジルかフランス以外に向けてレバノンを離れる際には、日本へと移送されかねない。一方、フランスはルノー関連の告発とは別にゴーン氏を告訴する可能性があり、ゴーン氏がフランスを目指すことも考え難い」と、フランス人弁護士アレクシス・ワール氏は言う。

つまり、「世界人」だったゴーン氏は残りの人生を1つの国、レバノンで過ごすことになるわけだ。果たして同氏はこの国で生涯幸せに暮らせるのだろうか。

一方、レバノンはゴーン氏を受け入れることで、その評判を一層下げることになるのは避けられない。「レバノンはすでに悪人であふれかえっている。これ以上いらないのに」と、あるレバノン人ジャーナリストは話す。

しかし、ゴーン氏のレバノンでの現況が新たなキャリアの機会をもたらす可能性がある。今日のレバノンは金融破綻の崖っぷちにあり、権力争いをする多くの派閥に引き裂かれていた1999年の日産に類似していると言えるだろう。希望を失ったレバノン人にとってゴーン氏は、国の財政再建を果たすために神が送り込んだ男のように見ているのかもしれない。

ここ数年、2番目の妻でレバノンと関係の深いキャロル氏との結婚のおかげで、ゴーン氏はレバノンで生活する時間が増えていた。2022年の定年退職後はここで人生の最期を迎えたい、と友人たちにも語っていた。

「ゴーン氏は、この地域で最も有名な新聞社、ロリアン・ル・ジュールを買収しようとし、レバノンの国を救うようなシンクタンクを設立しようと考えていた」と、ゴーン氏の友人の1人は話す。

ゴーン逃亡が日本に与える影響

今後、ゴーン氏はレバノンで大きな役割を担うことになるかもしれない。この国や企業の成長は、ゴーン氏の利益にもつながる。同氏はIksirという名の小さなワイナリーと、小さいながら活動的な銀行、Saradar、そしてCedrarと呼ばれる不動産プロジェクトの株を保有しているのだ。

一方、日本の検察は、ゴーン氏の国外逃亡を利用するかもしれない。同氏は逮捕後130日身柄拘束された末、検察による監視下に置かれた生活を続けており、これは典型的な「人質司法」だとして世界のメディアからも批判を浴びていた。

が、ゴーン氏がいとも簡単に国外逃亡したことによって、検察はやはり簡単に保釈するべきではないとして、この歪んだ司法制度をより強固なものにしようとするかもしれない。批判をおそれる裁判所もこれに追随してしまう可能性がある。

しかし、今回、ゴーン氏の国外逃亡を許したのは、保釈したという判断ではない。日本の裁判所や検察は、少しでも逃亡のおそれのある被告人は身柄を拘束しておけばいいという考えに拘泥し、身柄拘束をできるだけ避けながら逃亡を防止するためにどうしたらいいのか考える努力を怠ってきた。ゴーン氏の逃亡はその結果であることを直視するべきだろう。