使い勝手よりも基本性能! スバルのこだわりが自らを苦しめた

 スバルが軽自動車の自社開発からの撤退を発表したのは、忘れもしない2008年4月10日。多くのスバリストを絶望のどん底に追いやった日である。同年12月16日のWRC撤退発表と並んで、スバリスト暗黒の1日として歴史に刻まれた。

 あれから早11年が経ち、スバルブランドの軽自動車がダイハツ製OEM車となってすでに久しい。ホンダのS660やスズキのアルトワークスが新しく出たときは、かつてのヴィヴィオRX-Rのようなスポーツモデルの復活が望めないことを嘆いたなど、スバルに自社開発の軽自動車が存在しない現状が寂しく思えることは多々ある。「農道のポルシェ」の異名をもつRRレイアウトのサンバーの復活を待望する声もいまだ根強い。

 しかし、筆者個人はとっくに諦めの境地にあり、むしろ「あのとき軽自動車をやめて本当によかった」と思うひとりだ。その理由は、スバルがスバルらしい軽自動車を作っても、いまの軽自動車市場には受け入れられないからである。

 2003年に初代のダイハツ・タントが超ハイトワゴンという軽自動車のジャンルを開拓して以来、日本の軽自動車は「超ハイトワゴンにあらずんばクルマにあらず」という状況が続いている。昔ながらのハッチバックスタイル車ではダイハツ・ミライースが健闘しており、スズキのハスラーやジムニーなどの個性派も頑張ってはいるが、どの軽自動車メーカーも主力は超ハイトワゴン。軽自動車ユーザーの大多数は超ハイトワゴンで得られる広さや便利さを求めており、重心の高さや重い重量に起因する走行性能面のデメリットはほとんど気にしていない。

 翻ってスバルは、1958年に発売した最初の軽自動車スバル360の時代から、当時の国内では前例のないフルモノコック構造や四輪独立懸架サスを採用。この時代からすでに前面衝突や後突、転覆試験を繰り返してきたなど、軽自動車にも安全性や走行性能に妥協しない姿勢を貫いてきた。

 スバルは軽自動車にオーバースペックを与えたがるメーカーなので、まずコスト面で競合車に太刀打ちできないという辛さがある。筆者の知る限り、過去に軽自動車の設計を担当したスバルのエンジニアのなかには「軽だからこんなもんでいい」的な発想をする人は誰もおらず、「軽でも乗用車と同レベルの性能にする!」と意気込む人ばかりだった。軽ほどコストにシビアなクルマもほかにないというのに、スバルオリジナルの軽を振り返ってみれば、それがよくわかる。

軽自動車撤退で胸をなで下ろした関係者もいた

 たとえば、いまも多くのスバルファンから深く愛され続けている名車R1も、見れば見るほど「よくこんな贅沢な内容の商品企画が実現したものだ」と驚愕させられるポイントだらけ。超ハイトワゴンがブレイクした時代に、それとは真逆に居住空間よりもデザイン性やボディ剛性を優先。ルーフにFRPを採用して軽量化と低重心化をはかったスバル360の設計思想を習って、テールゲートは軽い樹脂製を採用した。

 上質感向上のために、インシュレーターや遮音材、制振材を当時のインプレッサ並みかそれ以上に惜しみなく増量。内装にはアルカンターラを張り巡らせ、ドアシールを二重化。さらに液封エンジンマウントを採用したり、15インチのハイグリップタイヤ・ポテンザを履かせる前提の高剛性シャシーにしたりと、軽自動車としてはおよそありえないモノばかりで構成された奇跡のクルマだ。

 R1は、軽自動車市場の動向よりも、志の高いエンジニアたちが「自分たちが作りたいモノ」を最優先としたクルマ作りの思想から生まれた最後の軽自動車といえるだろう。しかし、そういったクルマづくりは生産効率や利益率は悪くなり、メーカーとしては自らを苦しめる要因にもなってしまう。しかも、残念ながら軽自動車のマーケットはR1のような素晴らしいクルマを作ってもほとんど受け入れられないので、大赤字を垂れ流すことになってしまうのだ。

 さらに思い出せば、90年代に一斉を風靡したビストロも、ベースとなるヴィヴィオは「WRCで戦える」ほどの基本設計が与えられたなど生産コストの高いクルマだったので、社内の一部では「こんな儲からないのによく売れるクルマはやめてくれ!」との悲痛な叫びが聞こえてくることが多かったと言われる。ファンの心情としては、いまだに自社開発からの撤退を惜しんでしまうものだが、「ようやく軽を辞めることができた!」とホッと胸をなでおろした関係者も少なくなかったというのも頷けてしまう。

 そんな残念な軽自動車市場に力を注ぐより、お金と人材をグローバルモデルやアイサイトなど新世代技術の開発に回すほうが、スバルがスバルらしく生き残るための近道だったのだ。結果として、当時の判断がスバルに空前の好業績をもたらす大きな要因のひとつとなった事実を見ても、軽自動車自社生産撤退の判断が正しかったことを証明している。

 といいながらも、ファン心理としては「いつかスバルらしいマイクロカーが生まれて欲しい!」との願望は捨てきれないし、その可能性が完全に絶たれたわけではないはずなので、筆者は密かにそんな日が来るのを待っている。夢が叶うまで、中古のR1やサンバー、ヴィヴィオなどを買って大事にレストアし続けるのも楽しいものだ。スバルオリジナルの軽自動車は大事に守っていきたい。