今週は映画「アナと雪の女王2」のステマ騒動で世間が盛り上がった。

僕は長年、美容医療の健全化に取り組んできたこともあり、医療分野の広告に関してはステマに限らず敏感だ。アメリカでの8年間の武者修行を終えた僕が日本で形成外科医として働き始めたのは1960年代の中頃。ちょうど「美容整形」の広告が女性誌などの紙面を賑わすようになった時期だ。

あれから半世紀。広告業界や広告手法はインターネットのお陰で大いに進化した。だが、広告・メディアを見る側の目や判断力は果たして進化したのだろうか。

広告・メディアを見る目や判断力が鈍るのは...

こんなことを言うのも何だが、ステマであれ無邪気な感想や体験談であれ、映画の口コミに乗せられ仮に失敗したとしても、失うのはせいぜい数時間の時間と数千円の金。これが飲食店の口コミだったとしても金額が多少増えるだけの話だ。何か悪いものを出されて食中毒になるのでもなければ後に尾を引くこともなく、比較的短時間で低コストのダメージだけで済む。

だが、美容医療となると話はかなり違う。「すべてが順調に」進んだとしても数万円から数十万円の金と、回復までの時間を含めば数日間から数ヶ月間の時間を要する。そして残念ながら、すべてが順調には進まないことも多い。

そもそも美容医療の場合、施術を受けるかどうか、仮に受けるとした場合に医師や医療機関をどうやって選ぶか、そして医療機関では効果や費用との兼ね合いも念頭にどのような施術を選ぶかなど、情報収集、検討、判断というプロセスを慎重にすることが重要だ。病気や怪我のような「医学的な」緊急性はないため、本来は慎重に進めることが容易なはずだが、そこに「不満の解消」や「理想の追求」という欲求や願望が絡む。患者の側は時には病気や怪我以上の緊急意識にとらわれてしまうことも多い。そうなると広告やメディアの情報に対する目や判断力は鈍りがちだ。

そんな中でもできるだけ冷静に検討や判断を進めて期待通りの結果を得るためには、相手方、つまり医師の側では医療リスクをどのように見ているのかを知ることも役に立つだろう。

医療に伴うリスクとは...

医療に伴うリスクは幾つかに分類できる。

まず、一般的な医療リスク。特にどの種類ということではなく、錠剤1個、注射1本であっても副作用や健康被害が発生するリスクは常にある。程度の差こそあれ、薬に副作用はつきものだ。それは体質やその時の体調によって左右されることもあり、予測や予防はむずかしい。

次に、想定内のリスク。あくまでも「医師の側では認識している」リスクだ。外科手術やその他の施術には、細心の注意を払っていてもある確率で好ましくない事態が発生するリスクがつきまとう。いわゆる「合併症」の半数はこれに該当するだろう。

さらには、想定外のリスク。これは医師の知識不足、技術不足、判断ミスなどにより治療で失敗するリスクだ。美容医療の場合、最近は解剖学に関する十分な知識のない医師が参入するケースが増えたこともあり、いわゆるプチ整形であっても、たとえば間違って神経を損傷してしまうようなミスは残念ながら度々発生している。また,外科手術を伴わない手軽な注入施術が急増しているが、日本では国が承認していない充填剤などを医師が自己責任で個人輸入して使用することが認められているため、それに伴う合併症のリスクもある。そのようなリスクは、少なくともその医師にとっては想定外のリスクのはず。逆に、仮にある未承認品を使用するリスクが承認品を使用するリスクよりも高いことを認識した上で敢えて未承認品を使用していたら、それは医師の知識不足や判断ミスというレベルを超える基本的な資質や倫理観の問題だ。

そして最後は健康被害という意味でのリスクではないが、美容医療でもっとも多いトラブルのリスクが、患者にとっての「期待外れの仕上がり」だ。

敢えて口コミを参考にするとしたら...

この「期待外れの仕上がり」というのものは一般的に患者と医師の事前のコミュニケーション不足に起因することが多いが、美容医療の場合は主観が深く関わるため避けられない面もある。当然のことながら、最初に外来で診察する医師とは別の医師が施術を担当する場合はそのリスクは高くなり、その場合の責任は医療機関側にある。

最近は日本でも治療に関する合意形成のプロセスであるインフォームド・コンセントが定着し、これらのリスクを軽減できるようになった。だが、大切なのは「合意した」という法的な事実だけでなく、合意に至るまでコミュニケーションだ。特に美容医療の場合、病気や怪我に比べると治療の必要性や緊急性が低いため、患者の側の「十分な理解」と「自発的な意思決定」は他の医療行為以上に重要となる。

このような特殊性を踏まえると、こと美容医療に関しては、見ず知らずの他人の口コミをいくら集めたところで、情報としては「質より量」に終わる可能性が高い。そこにステマは必ずしも多くないかもしれないが、その他の口コミも情報の質としてはステマと同レベルだと割り切ってしまう方が賢明だ。

それでも敢えて口コミを参考にするとしたら、失敗例のような体験談や注意点・批判など、ネガティブなものだけに留めるのが良いだろう。それとて、それが特定の医療機関や医師に対して向けられたものであれば、同業者や不満を持つ患者による営業妨害的な口コミの可能性は残るが、少なくとも患者・消費者として「何を判断材料にすべきか」「どんなことに注意すべきか」という感覚を養う材料にはなるはずだ。

「ステマ」といえば「サクラ」、といえば...

ところでこの「ステマ」、江戸時代から歌舞伎等などの芝居小屋にいたと言われる「サクラ」による盛り立て行為とほぼ同義らしい。その「サクラ」の由来について調べてみたところ、ウィキペディアには「桜の花見はそもそもタダ見であること、そしてその場限りの盛り上がりを『桜がパッと咲いてサッと散ること』にかけたものだという」とある。

今週も政界で騒がれている「桜を見る会」でも、芸能人を含む参加者がSNSなどで盛り立てるような情報発信をしていたと聞く。さすがにステマのような金銭の授受は無いとしても、内閣総理大臣が主催する会に招待されるということには金銭に代え難い価値があるともいえる。

来年の「桜を見る会」は中止になったが、追及逃れのような短絡的な中止を決めるよりも、いっそのこと開き直り、来年は「サクラを見る会」と銘打って開催するのでも良かったのではないだろうか。少なくとも「桜がパッと咲いてサッと散る」ように招待者名簿を処分したという言い訳をするよりは粋だろう。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」