東京五輪のマラソンと競歩が札幌で開催されることになりそうな件。

 それに否定的な人たちだと思うが「最近は北海道の夏もけっこう暑い」と述べる人がいる。それはそうかもしれない。かつてより両者の気温は接近してきているかもしれない。だが同じではない。平均で5度は違わないかもしれないが3度は違うだろう。耐えられる範囲内だ。
 
 一方、東京の暑さは許容範囲を超えている。世界には気温だけならもっと高いところもあるが、湿度を加えた相対的な暑さとなると東京は世界でも屈指の地域になる。東京か札幌かの二択なら断然、札幌になる。
 
 東京の異常さ特異性にもっと敏感になるべきだろう。選手だけではない。絶対的な人数が多い沿道の観衆はそれ以上に心配になる。東京で行われれば、熱射病で倒れる人は続出するのではないか。だが、コースは交通規制が敷かれているので、救急車が駆けつけることは難しい。五輪はプレイヤーズファーストであると同時に観客ファーストでなければならない。

 この札幌への変更案。IOCのバッハ会長の提案とされているが、なぜそれ以前に日本側から声は挙がらなかったのか。メディアはいま、あの人はこう言っているとか、この人はこう言っているとか、例によって有名人の見解を報じているが、メディア自身はどう思っているのか。

 東京より札幌の方がましじゃないかと思っている人は、半分以上いるはずだ。少なく見積もっても半々。拮抗した状態にある。以前から東京以外のどこかでやった方がいいと考えていた人は少なくないはずなのだ。しかしこれまで一切、議論にならなかった。大手メディアは何も言わなかった。

 遮熱のアスファルトで舗装するとか、ミストシャワーが発生するテントを設けるとか、東京都や組織委員会の努力はその都度、しきりに宣伝してきたが、世の中の人の半分はそれを懐疑的に見ていた。報道の姿勢としてバランスに欠けていた。

 カタールのドーハで行われた世界陸上。酷暑の中で行われたマラソン、競歩ではリタイヤする選手が続出した。多くの視聴者は思ったはずだ。東京五輪は大丈夫なのか、と。しかし、テレビの実況と解説は現地の気象条件の厳しさをしきりに伝えたものの、それ止まり。こちらが見た限りでは、東京五輪に話を向けようとしなかった。不自然とはこのことだ。

 ドーハでは競技は真夜中に行われた。それでも暑かったわけだが、東京五輪のマラソンは6時スタートの予定だ。ゴールするのは8時過ぎ。女子だともう少し遅くなる。当初、スタートは7時か8時だった。それをいくらか前倒しにしたわけだが、もっと早い時間にすることはできなかったのか。3時とか4時とか、暗いうちにスタートさせることは考えなかったのか。「夜中だとスタッフを手配することが難しい」との声を耳にしたことがあるが、ドーハの世界陸上は、それをしっかり実践していた。

 なぜ中継したテレビは、目の前で起きている光景と東京五輪と関連付けようとしなかったのか。ドーハで批判が噴出したことで、バッハ会長が動くことになったとされているが、それは意外な行動でも何でもない。誰もが普通に抱く不安であり、ごくごく普通の感覚に基づいている。

 不思議なのは、世の中の多くの人が懐疑的になっていることに、メディアが同じ歩調を取れないことだ。一方で、知名度の高い芸能人などがSNSで呟くと、あの人はこう言っていたと拡散する。自分の意見は語らずに「張本サンはこう言っていた」とか、「セルジオ越後さんはこう語った」とか、そうした話題性のある人の声を拾ってニュースにする。誰かが発言するのを待っているという感じだ。

 インターネットの時代になってとりわけ目立つ傾向だ。当たり前のことが普通に言えなくなっている。自分でリスクを負わずに誰かの声に頼ろうとする。今回の一件などは、世の中の反応はいい感じで割れているので、どちらの意見を述べたところで大きなリスクはないはずだ。それでも自らの意見を述べようとしない。経過説明に終始している。

 新国立競技場は間もなく完成する。すったもんだの末に完成を迎えようとしているスタジアムだ。本当にちゃんとしたものが出来上がったのか。その点に目を光らせる必要がある。新聞テレビなど大手メディア関係者は9割方完成した段階で内覧しているが、いいとか悪いとか出来映えについての感想は聞こえてこない。ぱっと見の印象ぐらい語ることができるはずだが、それさえも聞こえてこない。

 その善し悪しは、いわば個人的な見解だ。いいと言う人もいれば、よくないという人もいるだろう。善し悪しに明確な定義はない。少々大袈裟に言えば、究極の評論になる。今日のメディアにとって苦手な分野だと思われる。言い出しっぺだけは避けたい。沈黙している理由だと思う。自らは口を開かず、誰かが何かを言うのを待っているつもりなのだろうか。

 ちなみに世界陸上が行われたドーハのスタジアムは、冷房が完備されていて快適だったとは、現地まで取材に行ったカメラマン氏の話だ。新国立競技場にはそれがない。安倍首相の一声で見送られることになった。しかし世界陸上を経ても、この一件が取り沙汰されることはない。いろんな意味で心配は募る。