毎月のように日本を訪れ、観光地やミシュランの星付きレストランを巡る若い中国人観光客は、一体何者なのか。中国で日本の観光をPRする「行楽ジャパン」の袁静社長は「彼らは不動産バブルで莫大な利益を得た親をもち、『お金は使わないと損』という考えで育っている」と指摘する--。

※本稿は、袁 静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。

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春節(旧正月)が始まり、中国人観光客でにぎわう百貨店の化粧品売り場=2019年2月6日、東京・銀座の松屋銀座 - 写真=時事通信フォト

■「景気が悪いから」レクサスで辛抱する

最近、日本企業の方々からよく出るのは、こういう質問です。

「ニュースを見ると、中国経済はかつてほど順風満帆に思えない。それなのに、どうして日本に来る中国人は減らないのですか?」

たしかに工場閉鎖やリストラのニュースを中国でも見かけるようになりました。不動産価格もかつてほど天井知らずに上昇していく勢いは見られない。不良債権の話も耳にするようになった。でも、海外旅行に関しては、その影響がダイレクトに出てくるとは限りません。

袁 静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)

だから、私はこう答えることにしています。

「中国の自動車販売台数は2019年7月まで13カ月連続で減少しているのに、日本車は絶好調なことをご存じですか? トヨタの販売台数なんて2019年7月まで17カ月連続で、前年同月の数字を上まわっているんですよ」

中国の富裕層たちも景気の減速を感じていないわけではない。でも、まだまだ余裕があるのです。だから、彼らはこう発想する。

「景気が悪いからポルシェはあきらめて、レクサスで辛抱しておくか」

■むしろ「中流の国」日本が旅行しやすい

日本では最高級車であるレクサスも、彼らにとっては次善でしかない。彼らにとって高級車の代名詞はポルシェでありフェラーリでありマセラティなのです。逆にいえば、「中流の国」日本にとって、中国の景気減退は追い風になっている。

これは海外旅行に関してもいえるはずです。これまで夏休みになればヨーロッパの高級リゾート地でバカンスをすごしていた富裕層が、これからは「近場の」日本へ家族連れでやってくる可能性がある。中国の景気減速は、日本のインバウンドビジネスにとって大きなチャンスと考えたほうがいいのです。

日本に1000万人が来たといっても、14億人の人口と比べたら、わずか0.7パーセントにすぎません。逆に、まだまだ伸びる余地があると考えるほうが自然です。

もちろん、パスポートをもっている中国人は1.2億人しかいません。海外旅行を楽しんでいるのは、経済的に恵まれた上位8.5パーセントの人だけなのです。とはいえ、その8.5パーセントの10分の1すら、まだ日本に来ていないわけです。

そう考えると、景気減速だから訪日中国人が減るという展開は、ちょっと想定しづらいことだと思います。

■日本の総人口より多い中国の“中流階級”

中国は日本人には想像もつかないほどの格差社会で、資産が1兆円を超える超富裕層までいます。でも、彼らは数が少ないうえに、欧米志向が強い(だから、「レクサスでいいか」という発想になるわけです)。

一方、ミドルクラスの人たちは数が多い。多いと聞いて、日本の感覚で考えてはいけません。彼らの数は、日本の総人口より多いのです。何をもってミドルクラスと考えるかは諸説ありますが、最近よく目にするのは3.5億人という数字です。

彼らは消費能力が高く、日本製品の大ファンでもある。日本を個人旅行するのも、この層です。超富裕層は欧米のブランド一辺倒ですが、ミドルクラスは「中流の国」日本の商品に反応する。

私がプチ富裕層という言葉でイメージしているのは、その3.5億人のうち、上位1億人ぐらいの人たちです。14億人の全員を相手にするのではなく、1億人だけに絞りこんでマーケティングしていく。

経済学者は彼らのことを「中間層」と呼びますが、本人たちとしては違和感がある。中間層が圧倒的にぶあつい日本と違い、彼らは上位10パーセントに入るほど豊かな暮らしをしている人たちだからです。

■中国人観光客は家政婦を雇うほどに裕福

とはいえ、彼らは「富裕層」と呼ばれることにも、とまどいを感じます。資産1兆円の大富豪に比べたら「自分たちはアリみたいにちっぽけな存在だ」という自覚があるからです。上を見れば、とんでもない上がいる。

そのへんの微妙な感覚をすくいとるために作った言葉が「プチ富裕層」なのです。いま日本を個人旅行している人たちの主流と考えてください。

以前に「日本を個人旅行している中国人の全員が、家政婦を雇っていると考えてもらって間違いではありません」と書いて、けっこう反響がありました。格差社会におけるミドルクラスと、日本のような平等社会におけるミドルクラスを、同じようにイメージしてしまっては本質を見誤る。

ミドルクラスという言葉を聞いたときに日本人がイメージするものより、はるかに豊かな人たちだと考えたほうがいいのです。

■80年代に買った家の値段は今や100倍に

平均所得だけを比較すると、中国と日本ではまだまだ大きな開きがあります。全体を見ると、日本のほうが圧倒的に豊かなのです。

にもかかわらず、中国のプチ富裕層には、年に何回も家族連れで海外旅行している人が少なくない。そんなことをやっている日本人はそうそういないはずです。では、どうしてそれが可能かというと、やはり不動産バブルの影響が大きい。

かつての中国では、家も土地もすべて国家の所有物でした。そこに「商品住宅」という言葉が登場したのが1980年代のなかば。都市によって違いはあるのですが、だいたいこのころ、不動産の「使用権」を売買できるようになった。70年間という期限付きではあるものの、住宅を所有できるようになったのです。

それまで住んでいた住宅は、国から支給されたものでした。当時、そこを百数十万円で買う権利があたえられたのです。それがいまや、上海や北京なら数億円になっている。中心部の一軒家になると、数十億円出さないと買えません。

住宅価格の高騰は地方都市でも起きていますから、地方でもマンションを買うのに数千万円は必要です。要するに、1980年代に買った値段の100倍になった。日本の不動産バブルの比ではないのです。

■ピーク時より遅れて買っても10倍で売れる

もちろん「買う権利」ですから、買わなかった人もいます。でも、目端のきく人は、いろいろやりくりして、このときに何軒もの家を買っている。六〇後(1960年代生まれ)より前の世代は、こうやってお金持ちになったわけです。

七〇後(1970年代生まれ)はこの「用意ドン!」の時期には間に合いませんでした。とはいえ、住宅価格は現在にいたるまで上がり続けているので、いまと比較すると、ものすごく安い値段で仕入れられた。遅れてスタートしたとはいえ、買値の10倍になるのが当たり前の世界です。これですら日本のバブルより、よっぽどすごい上がり方です。

20年前に500万円のマンションを買ったら、いまは10倍の5000万〜6000万円にはなっている。しかも、目端のきく人は、当時2〜3軒買っていますから、生活に余裕があって当然なのです。

■結婚するまでは実家暮らし、相続税もなし

本稿で注目する八〇後(1980年代生まれ)や九〇後(90年代生まれ)は、こうした豊かな親から生まれた世代です。中国ではようやく最近、一人暮らしする人があらわれたぐらいで、基本的に結婚するまでは親と一緒に住む。住宅費がかからない。

一人っ子政策が1979年に始まっていますから、八〇後も九〇後も基本的に一人っ子です。だから相続争いがありません。親の家は、いずれ自分の家になる。親が2〜3軒もっているなら、生前に1軒だけ贈与してもらってもいい。

中国にはいまのところ相続税や贈与税がないので、バブル時代の日本のように、望みもしない地価高騰のせいで相続税が払えず、泣く泣く先祖代々の家を手放した、なんて事態が起きません。お金持ちはずっとお金持ちのままでいられる。不動産価格は上がれば上がるほどうれしいのです。

しかも、同じ境遇の相手と結婚すれば、親世代の家は2軒、手に入る。これを人に貸してもいいし、片方だけ売れば、もう働かなくてもいいぐらいのお金が入ってくる。もし親が2〜3軒ずつもっていた場合は、もっとすごいことになります。

なんらかの形で不動産バブルの恩恵を受けた人は、たとえ会社の給料が安かったとしても、資産家と呼んでいいほどお金をもっている。そもそも働く必要のない人も少なくないわけですから、給料の多寡を云々(うんぬん)することに意味がない。

所得だけを日本と比較していては、プチ富裕層の豊かさが見えてこないということです。いまは不動産価格の上昇が止まったとはいえ、崩れてはいない。それが大きく崩れないかぎり、彼らの消費マインドが劇的に変化することはないでしょう。

■月収20万円でも毎月東京で遊ぶOL

日本ファンのプチ富裕層の具体例を紹介しましょう。1人は不動産バブルの恩恵を受けた人です。1983年生まれ、36歳の独身女性Aさん。上海で働いていて、月収は20万円。しかし、ほぼ毎月、日本に遊びにきています。

彼女は大のシャンパン好きで、本当はフランスに通いたい。でも、なかなか長い休みがとれないため、近場の日本へやってくるようになった。

日本に何度も通ううち、日本酒の魅力にめざめます。上海のソムリエと一緒に、日本酒スクールで唎(き)き酒師の資格をとったほどです。いまは東京でミシュラン星付きのレストランをまわって、日本酒や高級ワインを開けるのが趣味になった。

彼氏がいないのが悩みで、日本へはいつも一人で来ているようですが、定宿はアマン東京やペニンシュラ東京といった高級ホテルばかりです。1泊5万円はするホテルに毎回2〜3泊している。

なぜ、そんなぜいたくが可能かというと、やっぱり不動産です。同居する親が上海の中心地に家をもっていたのですが、5年前、そのエリアに開発計画がもちあがり、立退料として1億円以上が入ってきたのです。そのお金の大半は証券投資にまわし、大きな利益を生んでいるといいます。

ちなみに、中国の会社には、日本のような退職金制度がありません。退職時にドカンとまとめてもらうのではなく、退職後も給料が支払い続けられる。彼女の両親はだいぶ前にリタイアしていますが、こうして親に入ってくる給料が月16万円ある。

だから、日本人が親と同居しているときみたいに「実家に少し生活費を入れる」なんて感覚がありません。親と住めば、住宅費だってかからないので、自分の給料はすべて海外旅行でつかうことができるのです。

■沖縄に専属コンシェルジュを置くファミリー

もう一人は、自力で豊かになった人。起業して成功した人や、サラリーマンであっても金融系やIT系の一流企業につとめ、ものすごい高給をもらっている人たちです。1986年生まれ、33歳の女性Bさん。上海の広告会社につとめていて、月給は十数万円です。しかし、ご主人が証券会社勤務で、ボーナスが1000万円以上も出るほどの高給取りなのです。

自宅は200平米もある高級マンションですが、自分の力で買いました。それどころか、親に100平米のマンションをプレゼントまでしている。

5歳の子供がいるため、あまり遠くには行けないということで、年に3〜4回、家族旅行で日本にやってきます。東京でミシュランの星付きレストランをまわったりしている。

沖縄も大好きなのですが、子供連れで楽しめる大きなリゾートホテルが多いからです。現地ではいつも同じ中国人運転手を雇い、空港まで迎えにこさせます。買い物リストを中国からその運転手に送り、買っておいてもらう。現地の秘書というか、コンシェルジュとして使っているわけです。

彼女の場合も、宿泊はコンラッド、アマン、ペニンシュラといった高級ホテルのスイートルームを選ぶそうです。

■「つかわないと損する」マインドで生きている

さて、訪日中国人は、どういう年齢構成になっているのか? 法務省の2018年のデータを見てみましょう。

袁 静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)

20歳未満が12.3パーセント。20代が25.7パーセント。30代が29.2パーセント。40代が15.4パーセント。50代が10.2パーセント。60代以上が7.2パーセントとなっています。

20代と30代を合わせると54.9パーセントで、半分以上を占めています。40代までふくめると、70.3パーセントに達する。訪日中国人の半分は20代〜30代、7割は20代〜40代だということです。

長いデフレを経験した日本人と違い、中国人はこの30年間、給料も物価も上がり続ける世界に生きてきました。住宅価格を見てもわかる通り、人に先がけてモノを買った人ほど得をしてきた。インフレでお金の価値がどんどん下がっていくわけですから、つかわないと損をする。日本人とは違う消費マインドが育って当然です。そのなかでも、もっとも日本商品を買っているのが八〇後九〇後なのです。

厳密に考えれば個人差も大きいのです。大都市に生まれたか地方に生まれたか、親の収入がどれぐらいあるか、どの程度の教育を受けたか、などによって、同い年でも「ホントに同じ中国人?」というぐらい違う。だから、例外はあることを念頭に置きつつ、次は中国大手企業の特徴について話したいと思います。(続く)

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袁 静(えん・せい)
行楽ジャパン代表取締役社長
上海市生まれ。北京第二外国語大学卒業。早稲田大学アジア太平洋研究科修了後、日経BP社に入社し日本で10年間を過ごす。帰国後、中国人富裕層向けに日本の魅力を伝える雑誌『行楽』を創刊、15年行楽ジャパンを設立する。現在、上海と東京にオフィスを構え、中国での日本の観光PRに活躍する。著書に『日本人は知らない中国セレブ消費』。
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(行楽ジャパン代表取締役社長 袁 静)