イタリアでは高速鉄道網の完成により主要都市間の公共交通機関シェアは鉄道が他を圧倒、航空業界は危機的状況に追い込まれた(筆者撮影)

最近、日本のテレビニュースでも取り上げられた、「Flygskam(フリュグスカム)」という言葉をご存じだろうか。

スウェーデン発祥のこの言葉は、直訳すると「飛行恥」「飛び恥」のように訳され、気候変動が世界的に著しい昨今、二酸化炭素を多く排出する飛行機の不必要な利用を恥じ、なるべく環境に優しい鉄道を多用しよう、と訴えかける運動である。

実際のところ、乗客1人が1km移動する際に排出される二酸化炭素の排出量は、鉄道が14g、道路交通が158gなのに対して航空機は285gで、他の交通機関と比較して群を抜いて多いことは、紛れもない事実だ。

実際に進む「飛行機離れ」

この活動は、スウェーデン人の冬季五輪金メダリストであるビヨン・フェリー氏や、若き環境活動家、グレタ・トゥーンベリ氏などの著名人が賛同したことで、徐々に周知されていった。

調査によると、スウェーデン国民の37%が可能な限り飛行機をやめて鉄道で旅すると答えており、実際に2019年4月のスウェーデン国内の空港利用者数は、対前年比で15%減ったと空港管理会社スウェダヴィア(Swedavia)が発表している。一方、スウェーデンの主要鉄道オペレーターであるSJは、2019年1〜3月の利用客数が対前年比で12%伸びたと発表しており、影響があったことは明らかだ。

Flygskamという単語はSNSを通じて瞬く間に欧州全体へ広がり、すでにスウェーデン以外の欧州各国にも影響が表れ始めていると言われている。

Flygskamに賛同するスウェーデン人の一部のビジネスマンは、ロンドンやフランクフルト、ジュネーブへの出張ですら、約24時間かけて鉄道で移動しているという。これらはいずれの都市も、航空機なら片道2〜3時間で、日帰り出張も可能な距離だ。


スウェーデンから発祥したFlygskam(飛び恥)という言葉は、徐々に欧州全体へ浸透してきている。一部の航空会社には影響も出始めている(筆者撮影)

北欧最大手の航空会社、スカンジナビア航空(SAS)のCEO、リカード・グスタフソン氏は、航空交通量の減少を招くこの動きを非難しており、「この運動によって業績に影響が出始めると確信している」と不快感を示した。国際航空運送協会(IATA)のCEO、アレクサンドル・ド・ジュニアック氏も、「この運動は揺るぎなく、徐々に広がりを見せていくことだろう」と懸念を示している。

日本では、表面上は環境に優しくという言葉を口にしつつも、いまだに「時間と金」を最重要視する傾向が強く、1分でも早いルートで、1円でも安い乗り物を選びたいというのが一般的な考え方だろう。

このように自ら損や不便を被っても環境問題に取り組む欧米人の感覚は理解しがたいかもしれないが、それだけ環境問題に対して、シビアな考えを持っていると言える。

一定距離以上は飛行機が便利

とはいえ、「時は金なり」という言葉があるとおり、鉄道を使うにはあまりにも長すぎる距離ですら飛行機には乗らないというのは極端な話だ。ビジネスではなく、ただ旅をするだけなら鉄道を利用するに越したことはないが、一般的にはある一定の距離以上では航空機が必要不可欠な交通機関と言える。


英国と欧州大陸を結ぶ唯一の陸路であるユーロスター。ロンドン―パリ、ブリュッセル間は航空機を圧倒するが、その先まで鉄道で行こうとする人は少ない(筆者撮影)

筆者もロンドンに在住していた際は飛行機のヘビーユーザーであった。イギリスから欧州大陸へは海を越えなければならず、唯一の陸路であったユーロスターは、当時はフランスとベルギーへの路線しかなかった。両国以外への移動となれば、わざわざ乗り換えてまで鉄道を使うかどうかは状況次第だ。

Flygskamを提唱する一人のグレタ・トゥーンベリ氏が、実はまだ10代の女子高生という点も、理想と現実が離れすぎてはいないか、という意見につながっている。

鉄道と航空機の競合について語る場合、必ず出てくる「4時間の壁」というキーワードがある。高速鉄道を利用する場合、所要4時間、800km程度までは、空港までの移動やチェックイン、搭乗までの待ち時間などを加味すると鉄道が優位で、それを超えてしまうと、所要時間の面で航空機にはかなわないという1つの目安である。


東海道・山陽新幹線の東京―博多間のシェアはわずか7%。4時間を超える行程の場合、多くの人は航空機を選ぶのが一般的だ(筆者撮影)

日本で言えば、東京―広島間がちょうどその境目と言われている。ただし、これはあくまで最高速度が時速250〜300kmの高速鉄道と比較した場合の話で、高速鉄道がない地域の場合、今も航空業界が優位なことには変わりがない。

だが、こうした環境運動が浸透し、鉄道利用へシフトしていくことで、この4時間という目安が5時間、あるいは6時間と、多少伸びていく可能性はあるかもしれないし、高速鉄道がない区間に関しても、鉄道の利用が見直される可能性もある。

航空会社も鉄道シフトの動き

実際に、Flygskam運動発祥の国スウェーデンや隣国ノルウェーは、高速鉄道を持たないにもかかわらず鉄道利用客数が伸びており、国によってその意識に多少の違いはあるだろうが、将来的には少なからず影響が出ることは避けられないだろう。


ニース駅に到着したTGV。ニースからパリまでは約6時間で、航空機を利用するのが一般的だが、近い将来は鉄道のシェアが増えるかもしれない(筆者撮影)

こうした情勢を見ると、欧州では今後、所要時間に極端な差がない区間は鉄道利用者が増加していくことが考えられる。航空業界、とりわけ各国のフラッグキャリアは、鉄道での移動が不可能な欧州域外や、あるいは欧州域内でも鉄道での移動が不便な区間や長距離路線へとシフトしていくことが予想される。

KLMオランダ航空は9月13日、地元オランダ鉄道および高速列車を運行するタリスと提携し、2020年3月29日からアムステルダム―ブリュッセル間に運航される5便のうち、1便を列車へ置き換えると発表した。同系列のエールフランスが、パリからのTGVやタリスで行っているのと同様のサービスで、いずれ他の便についても徐々に置き換えていく予定だ。

KLM便の列車への置き換えが可能となったのは、アムステルダムのスキポール空港がターミナル直下に鉄道駅を有し、航空機と列車の乗り継ぎが非常に便利なことも理由であろう。KLMオランダ航空は二酸化炭素排出量の削減へ向けて積極的に取り組んでいる企業の1つで、今後も短距離の区間については、鉄道への置き換えもいとわないという姿勢を示している。

また、短距離便の鉄道への置き換えにより、逼迫しているスキポール空港の発着枠を長距離路線に明け渡すことができる、別のメリットもあると述べている。

単なる競合から連携深化へ

鉄道と航空機の連携としては、ドイツ鉄道(当時は西ドイツ国鉄)とルフトハンザドイツ航空が、すでに30年以上前から実現している。ドイツは中小規模の都市が国内に点在しており、200km程度の距離しかない区間にも航空機を飛ばしていたが、採算が取れないという問題に直面し、フランクフルトを発着する一部の便を鉄道へ置き換えたのが始まりだ。

ただ、当時は環境問題ではなく、採算性改善のためにルフトハンザとしては手を組まざるをえなかった、というのが実情だ。当初は、ルフトハンザが車両を丸々借り切って走らせていたが、現在はフランクフルトを発着するICEの座席の一部をルフトハンザの乗客へ提供する形で、同様のサービス(AIRail Service)を継続している。


倒産の危機に追い込まれたアリタリア航空の航空機。一時はイタリア鉄道が買収に乗り出し、裁判所が待ったをかけたものの、今後は鉄道・航空両業界が手を組む日が来るかもしれない(筆者撮影)

現在の一般市民における環境意識の高まりを考えると、駅がターミナルビルの直下にあり、長距離便が発着する空港限定という条件は付くものの、今後も短距離区間を鉄道へ委託する流れが加速する可能性が考えられる。

あるいは、倒産の危機に瀕しているアリタリア航空をイタリア鉄道が買収しようと試みた例のように、これまで考えも及ばなかった、鉄道会社と航空会社の統合という話が出てこないとも限らない。

近い将来、鉄道と航空は単なる競合から、より連携を深めていく新しい時代が来るかもしれない。