●原則10分までの無料体験を30分以上も行う

「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。

このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。

そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「無料体験コーナーの独占」だ。

家電量販店の製品で無料のマッサージをし続けることはセーフ? アウト??


37歳の男性・Oさんは自他ともに認める家電マニアだ。主要メーカーの最新製品は、アプリやメルマガなどを通じてもれなくチェック。少しでも気になる製品があれば近所の家電量販店を訪問し、店員から詳細なスペックを聞いたり、実際の使用感を試してみたりして、気に入った製品を購入している。

ある日、前々から買い替えたいと思っていた掃除機の新製品が大手メーカーから発売されたということで、いつものように行きつけの家電量販店に足を運んだ。実はOさんには、この店で家電製品を見回る以外に「ある楽しみ」があった。それは、マッサージチェアコーナーでの無料マッサージ体験。いくつかお試し用のマッサージチェアが並ぶ中でも特にお気に入りの1台があり、広い店内をひとしきりチェックした後、そのマッサージチェアで日ごろの疲れを癒やしてもらうのがOさんのこの店舗における「ルーティン」となっていた。

この日は目的であった掃除機を購入した後、上機嫌でマッサージチェアコーナーへと向かった。だが、お気に入りの1台はある中年女性が使用していた。「仕方ない。もう少し後でまた来よう」と思ったOさんは、店内で20分ほど時間をつぶしてから再度マッサージチェアコーナーを訪れた。すると、先ほどの女性がまだ利用していた。この店では、無料のマッサージ体験は10分間と決められているため、釈然としない気持ちでOさんはその場を離れ、それから10分後改めてマッサージチェアコーナーへと向かった。だがそこで目にしたのは、依然として同じ中年女性が気持ちよさそうにマッサージを受けている姿だった。

30分以上にわたるであろう、マッサージチェアの「独占使用」は看過できないと思ったOさんは、意を決してその中年女性に「失礼ですが、このマッサージチェアをずっと使われていませんか? このお店では無料体験は10分までと決められているのですが……」と話しかけた。目をつぶってマッサージを楽しんでいたその女性は、ふと目を開けてOさんを一瞥すると何事もなかったかのようにまた目を閉じた。この態度にイラっとしたOさんは「あなたね……」と声を荒らげて注意をしようとした。その瞬間、中年女性はカッと目を見開き「うるさいわね! これは今私が使っているのよ! 買おうかどうか迷っている最中にごちゃごちゃ言わないでよ! あんた何様なの!?」と周囲に響きわたるような大声でOさんに言い放った。

近くにいた他の客や店員が「何事か」といった様子でOさんと中年女性の方に目を向けたため、ばつが悪くなったOさんはその場を離れて店を後にした。帰り道、Oさんは「なんか、あの店にはちょっと行きづらくなってしまったな……」と肩を落とした。と同時に、「俺は何も悪いことはしていないのに……なんであの女のせいでこんな目に遭わないといけないんだ?」と怒りが沸々とわいてきた。

このようなケースでは、中年女性の行為は法律違反にあたるのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。

●無断の独占使用に対し、店側がとれる対応は

今回、Oさんは家電量販店でマッサージチェアをお試しで長時間利用している女性に注意したところ、逆に恫喝されて店を後にしています。このようなとき、女性の横暴とも思える行為に法的な問題はあるのでしょうか?

店では「マッサージチェアのお試し利用は10分まで」と決められているにもかかわらず、女性は30分以上利用しています。また女性はOさんに対して周囲に響き渡るような大声で怒鳴り付けました。法的には、この2つの行為が問題になる可能性があります。以下で、それぞれについて解説していきます。

○マッサージチェアに座り続けた行為について

店は女性に損害賠償を請求できる可能性がある

今回の話に登場する家電量販店では、マッサージチェアのお試し利用が認められています。そこで、店を訪れた客がマッサージチェアを利用すること自体に問題はありません。ただし「利用は1人10分まで」と決められているにもかかわらず、件の女性は30分以上使い続けています。

マッサージチェアは、家電量販店の所有物であり、売り物でもあります。店の許可がない限り、客が勝手に利用することは認められません。もしも勝手に利用したら、店は客に利用の停止を求めることができますし、店側に損害が発生したら損害賠償も可能です。

本件では、「10分までなら利用してもよい」という許可を出しているので、10分までなら問題は発生しませんが、10分を超えて利用すると、客は家電量販店の商品を無断利用しているのと同じ状態となります。

店側が気づいたら長時間利用している客に対し、利用の停止を求めることが可能です。また異常な長時間利用や、通常とは異なる利用方法によってマッサージチェアが故障するなどの損害が発生したら、店が女性客に損害賠償請求できます。

Oさんにできることは?

女性がマッサージチェアに座り続けた行為について、Oさん自身は女性に何らかの請求をすることができるのでしょうか?

マッサージチェアは、Oさんの所有物ではありません。店は訪れた客に10分までなら自由なマッサージチェアの利用を認めていますが、Oさんが特に店と契約をして「●時からチェアの利用をしてもかまわない」という権利を与えてもらっているわけでもありません。また店側から「10分以上利用している客がいたら、退去をさせるように」と依頼されているわけでもありません。

このようなことからすると、Oさん自身が法的な権利を持って女性に退去を求めるのは難しいと言えるでしょう。女性がマッサージチェアを利用したことによってOさんには損害が発生しないので、損害賠償請求もできません。

ただし上記のように、店には女性に対する退去請求権が認められるので、Oさんとしては店側に女性の行為を報告し、注意してもらったり退去を促したりすることが可能です。今回Oさんは、自分で女性に注意していますが、店の人に一報を入れて、女性に注意や退去を求めるようにしてもらった方が、よりよい対応だったと考えられます。

●大声で怒鳴りつけた行為は罪に問えるのか

今回、女性客はOさんに対して大声で怒鳴りつけてOさんを萎縮させ、退去させています。この行為には違法性が認められる可能性があるのでしょうか?

Oさんに対する女性客の犯罪

本件で、女性がOさんを怒鳴りつけたことについて、Oさんに対する犯罪は成立しないのでしょうか? ケースにもよりますが、今回のように「店で大声を出して怒鳴った」というだけでは犯罪は成立しないでしょう。

ただしOさんに対し、身体を傷つけたり、「財産を毀損したりするぞ」と脅した場合などには、「脅迫罪」(刑法第222条第1項)となりえます。たとえば「うちには暴力団の知り合いもいる。それ以上言うなら無事ですむと思うな」「暴力団の知り合いに頼んで自宅をめちゃくちゃにしてやる」などといったケースです。脅迫罪になった場合、2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

店内で大声を出して他人を恫喝すると、発言内容次第で刑事事件になりかねませんので、注意しましょう。

Oさんの女性に対する損害賠償請求について

今回Oさんは女性に対し、損害賠償請求できないのでしょうか? 単に店内で大声を出されたというだけではOさんに損害が発生しないので慰謝料などの請求は困難です。ただ、脅迫罪が成立するケースでは、慰謝料請求できる可能性があります。

店に対する犯罪について

原則として、店に対する犯罪も成立しません。ただ、この女性が「連日、開店から閉店まで店に来店し、マッサージチェアを独占使用していまい、店側の退店要請にも応じない客であった場合」などであって、さらに今回、「0さんとトラブルになっていた」のであれば、この女性は店に対する不退去罪(刑法第130条後段)になりえます。不退去罪になった場合、3年以下の懲役、または10万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

いくら店がマッサージチェアのお試し利用を認めているからといっても、あまり長時間居座ると他の客とのトラブルが発生する可能性が高くなります。どういった場所でもTPOをわきまえて、モラルを持った行動をとっていきたいところです。今回のトラブルを参考に、今後注意してみてください。

※記事内で紹介しているストーリーはフィクションです

※写真と本文は関係ありません

安部直子 あべ なおこ 東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて、主に離婚問題を数多く取り扱う。離婚問題を「家族にとっての再スタート」と考え、依頼者とのコミュニケーションを大切にしながら、依頼者やその子どもが前を向いて再スタートを切れるような解決に努めている。弁護士としての信念は、「ドアは開くまで叩く」。著書に「調査・慰謝料・離婚への最強アドバイス」(中央経済社)がある。 この監修者の記事一覧はこちら