昨年に各郵便局へ配布された『適正募集ニュース』では不当な営業を戒めている

「被害者の調査は始まっているのか」――。不適切な契約第三者委員会の設置を発表した7月24日の記者会見で、質問を受けた日本郵政の風祭亮・経営企画部長は「今月内の定例会見で長門正貢社長が説明する」と繰り返し、明言を避けた。第三者委員会の調査にゆうちょ銀行が含まれていないことについての質問に対しても「今回の調査はかんぽの契約問題についてだ」として、「なぜ長門社長が6月に投信信託の販売に問題があると認めて謝罪したのにもかかわらず、調査対象外なのか」という質問にも真正面から答えなかった。

「顧客に不利益を生じさせる募集が多数判明し、ご迷惑とご心配をおかけしている」。かんぽ生命保険の販売業務を受託している日本郵便の横山邦男社長は、7月10日の会見でこう切り出した。かんぽ生命の植平光彦社長は、既存契約よりも保険料が高くなるなどの「不利益乗り換え」が約2万4000件あることを認めた。ほかにも保険料の2重払いが約2万2000件、無保険状態で放置された契約が約4万7000件あったことがすでに判明している。


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これらはあくまで2014年4月以降、または16年4月以降の数字である。複数の現役局員によると、顧客の意向に沿わない「乗り換え推奨」など、悪質な営業が広がり始めたのは10年ほど前だという。「当時、顧客にどんどん乗り換えさせている局員がいて、その情報が本部にも上がったが、当事者はまったくおとがめなし。それで『やってもいいんだ』と保険販売の現場が理解し、同様の手法が全国へ広がった」

こうした営業が横行した構造的要因として、別の現役局員は「『数字』と『手当』が元凶だ」と指摘する。「数字」とは営業ノルマの達成額としてカウントされる実績。「数字」は日々管理され、「成約がない日は『数字は人格。数字がゼロということは人格がゼロということだ』と上司に叱責された」(ある局員)。

一方、「手当」は契約成立時に給料に加算される営業手当のこと。保険など金融渉外専門の担当者の給料は、この「手当」の占める割合が大きい。小さな局では金融渉外担当者ほどではないが、物販などでノルマの自腹消化があり、保険販売の「手当」はありがたい存在だ。ただし、2年未満で解約されると手当を返納しなければならない。返納義務は退職後もついて回る。

「数字本位」と「手当本位」の弊害

「既契約を新契約に乗り換えてもらえば『数字』も『手当』も上がる」(ある局員)。ただ、単なる乗り換えでは「数字」も「手当」も新規の半分しか上がらない。裏を返せば、新規が取れれば少なくとも乗り換えの約2倍の「数字」や「手当」になる。

これは新規顧客の開拓を重視するかんぽ生命の経営戦略に沿ったものだが、本部が思うように現場は動かない。「新規開拓は乗り換えの約10倍の時間と手間がかかる。それを考えたら、気心の知れた顧客の乗り換えのほうが効率はよい」(ある局員)からだ。

一方で、単なる乗り換えを新規獲得に見せかける裏技が広まった。「新規契約と見なされるように新たな契約の締結と既契約の解約の期間を重複させたり空けたりした。また、手当の返還を求められないように契約から2年以上経過した後に解約時期をずらしたりする手法が生まれ、全国に普及していった」(別の局員)。

つまり「2重払い」や「無保険状態」は、局員の「数字」を高く保ち、「手当」が減らないよう、現場の局員が編み出した手法だった。解約や契約の時期を意図的にずらした結果、保険料を2重に払う期間や無保険の期間が発生したのだ。

悪質営業は周知の事実


7月10日の会見で質問に答える日本郵便の横山邦男社長(左)とかんぽ生命保険の植平光彦社長。親会社である日本郵政の長門正貢社長は出なかった。(撮影:風間仁一郎)

かんぽ生命の植平社長と日本郵便の横山社長は7月10日の会見で、「全体の問題を把握したのは直近」と繰り返した。はたしてそれは本当か。少なくとも営業現場の暴走を本部は以前から認識していた。そのことは「適正募集ニュース」から明らかだ(冒頭写真)。同文書は日本郵便の金融業務部・募集管理統括室が毎月発行している。全国の支社に同時発信、保険販売に携わる全社員が閲覧・押印している書類である。

18年4月発行の同ニュースは「不当な乗換募集の禁止」と題して、不適正な営業事例として以下の2つを紹介している。
「契約者に解約意思がないにもかかわらず、既契約を解約させ、契約者に不利益事項の説明を行わないまま新規契約を受理した」
「乗り換え判定を逃れる目的でお客様に『既契約を解約するのなら、新規契約を申し込んだ6カ月後にしましょう』と説明した」

募集管理統括室は2つの事例を取り上げたうえで、「募集人の都合で解約を勧め、新規募集をしてはならない」と戒めている。同様の営業が現場で行われていることを認識していたからこそ、こうした通知を出したと考えるのが自然だ。 同年9月発行の「適正募集ニュース」は、不適切な営業事例を図示したうえで「乗り換え判定期間を意図的に外す募集をしてはならない」とし、図表には「保険料の二重払いが発生!」と書いてある。

契約者に一度も会わない「不対面契約」も問題

要は本部が何度も警告せざるをえないほど、不利益契約への乗り換えや保険料の2重払いなどの問題が全国で多発していた。全国局員が知っていて、植平社長や横山社長が知らないとは考えづらい。日本郵便やかんぽ生命は8月末まで顧客からの苦情対応を最優先し、約2900万件の全契約について、対面や電話で不適切な営業がなかったかを確認する予定だ。ノルマを引き下げ、少なくとも8月末まで積極的な保険勧誘を原則行わない。

となると、局員にとっては、過去分の解約が増えて「手当」の返還を求められる一方、新たな「手当」が入らない。件数が多いので8月末までに苦情対応が終わる可能性は低いほか、不信感の高まりで新たな契約獲得は困難になる。現役局員は「手当の返還で基本給が削られ、月収10万円前後の局員が激増するだろう。それでは生活が立ちゆかないので、自粛期間中に隠れて営業したり、新手法を編み出したりするのでは」と表情を曇らせる。

悪質な営業は今回明るみに出たものだけではない。今年2月発行の「適正募集ニュース」は、契約者や被保険者に一度も会わない「不対面契約」があったことを警告している。「数字」や「手当」といった仕組みが従来のままでは、悪質な営業はなくならない。

7月31日には日本郵政の長門社長、日本郵便の横山社長、かんぽ生命の植平社長の会見が予定されている。10年前に爆発的に増えたとされ、少なくとも昨年段階で全国の郵便局員が知っていた問題営業の実態。同月10日の会見で「全体の問題を把握したのは直近」と言っていた横山社長や植平社長は、今度の会見でも同じ主張を続けるのだろうか。