「超特盛」のヒットなどで吉野家の業績が急回復している(記者撮影)

牛丼チェーン「吉野家」などを運営する吉野家ホールディングスの業績が復調してきた。

同社が7月9日に発表した2019年度の第1四半期(2019年3〜5月期)決算によると、売上高は前年同期比6.0%増の527億円、前年同期に1.7億円の赤字だった営業利益は10.4億円の黒字となった。

3カ月間で通期計画超えの利益

同社は2019年度通期の営業利益を10億円(前期実績は1億円)と計画している。わずか3カ月で、早くも通期計画を上回る利益水準を叩き出した格好だ。第1四半期が終わった段階で営業利益が10億円を超えるのは、実に12年ぶり。12年前は、BSE(牛海綿状脳症)の疑いによるアメリカ産牛肉の輸入停止が終了し、牛丼の提供を再開し始めたことが好業績の要因だった。

2018年度は目新しい商品施策を打ち出せなかったこともあり、売上高が想定ほど伸びなかった。原材料や人件費の高騰に加え、特別損失として業績が悪い店舗の減損を計上し、最終赤字が60億円に膨らんだ。


2019年度に入ってからの既存店売上高(前年同月比)をみると、4〜8%台のプラスで推移している。

低迷した前期から一転し、ここにきて急回復したのはなぜか。

1つには、3月7日に投入した牛丼「超特盛」のヒットがある。28年ぶりの新サイズとなった超特盛は、ご飯の量は大盛や特盛と同量だが、具の量が大盛の2倍ある。価格は780円(税込み、以下同)と、380円の並盛の2倍以上する。


発売1カ月で100万食以上を売り上げた「超特盛」(写真:吉野家ホールディングス)

多くのメディアで取り上げられたことや、ニュースアプリなどで割引券を掲載したこともあり、発売1カ月で想定の2倍となる100万食以上の売れ行きとなった。発売初月となった3月の既存店売上高を見ると、客数は前年比2.3%増だった一方、客単価は同5.7%と大きく上昇。その後も客単価が既存店売上高を牽引する展開が続いている。

隠れた大ヒットメニュー「小盛」

同時に投入した「小盛」の存在も大きい。発売1カ月で、同じく想定の2倍となる60万食を売り上げた。吉野家のマーケティング責任者である伊東正明常務は「超特盛が絶好調だが、小盛も隠れてヒットしている。日によっては超特盛より売れることもある」と話す。話題性で「一度試してみよう」と食べられた超特盛に対し、小盛は着実に消費者のニーズをつかみ、コツコツ売れているようだ。

小盛を注文するのは、糖質を気にする男性ビジネスパーソンのほか、女性や高齢の顧客もいるという。並盛の4分の3のサイズの小盛は、並盛より20円安い360円だ。価格に惹かれるというよりは、これまで「並盛は少し量が多い」と感じていた層に支持されている。「『どんぶり1杯は厳しいけれど小盛なら食べきれる』というお客様に、サラダやみそ汁と一緒にご注文いただいている」(伊東常務)。

これまでも、顧客が並盛を注文する際に「少なめ」と口頭で伝えた場合に、少量で提供することを実施してきた。だが、そもそもそのことを知らなかったり、混み合っているときに店員に長々と注文することをためらったりという障壁があった。今回、正式に小盛をメニューに掲載したことで、誰もが注文しやすくなった。

実は、小盛の導入に際して吉野家社内で懸念があった。「並盛を注文している顧客が20円安い小盛に流れたら、粗利が減ってしまう」との心配だ。しかし実際に販売してみると、並盛の注文はほとんど減らなかった。「並盛を注文していた顧客が小盛を食べるようになったことよりも、新しい顧客が来てくれた効果の方が大きかったようだ」と広報担当者は話す。

新たに2サイズを投入し、苦しい経営環境の正面突破を試みた吉野家ホールディングス。この背景には、マーケティング戦略の変革がある。

P&G出身者がマーケティングを陣頭指揮

それは「年間スケジュール」の策定だ。マーケティング責任者の伊東常務が中心となり、販売する商品のスケジュールを初めて年単位で作った。伊東常務は、マーケティングの専門家を数多く輩出するP&Gでヴァイスプレジデントを務めた人物。2018年10月に吉野家の常務に就任した。今年度から本格的に、マーケティング施策の陣頭指揮を執っている。


P&G出身の伊東正明常務は吉野家のマーケティング施策の陣頭指揮を執っている(記者撮影)

それまで同社では「次の施策はこれ、その次はあれ」というように、足元の状況だけを見て新商品を出してきた。だが1年先までは見据えておらず、「1つの施策が遅れると、その次の施策が投入できないことがあった」(広報担当者)。「いいものさえ出せば、顧客は増える」と、昔気質の考えも蔓延していた。

それに対し今年度は、3月に前述した新サイズ、5月に「ライザップ牛サラダ」、7月に「牛皿麦とろ御膳」と、きっかり2カ月ごとに新商品を打ち出している。1年を見据え、適した時期に適した商品を発売することで、一つひとつの施策がより効果的になったようだ。

ライザップ牛サラダ(540円)も想定通りに売り上げに貢献している。鶏肉や豆類、ブロッコリーなどを使った低糖質で高タンパクな商品で、都市部を中心に健康志向のビジネスパーソンに支持されている。

伊東氏は商品のネーミングにもこだわる。例えば、夏の定番商品である「牛皿麦とろ御膳」は、昨年までは「麦とろ牛皿御膳」の名前で販売していた。「牛皿」を前に持ってきて強調することで、コアなファンに訴求することを狙っている。また、牛肉を増量し、昨年より値段を40円引き上げて630円で販売した。

懸念材料は10月の消費増税対策

既存店売上高が好調に推移しているにもかかわらず、吉野家ホールディングスは現時点で、今通期の業績予想を上方修正していない。


その大きな理由として会社側は10月の消費増税を懸念材料に挙げる。河村泰貴社長は常々、「牛丼は日常食。お客様は10円、20円の差にシビアだ」と語る。前回消費税が引き上げられた2014年4月には、牛丼並盛を280円から300円に引き上げた。このときは半年近く、既存店客数が10%程度の大幅減となる状態が続いた。

今回は消費税率が上がるだけでなく、キャッシュレス決済による還元策も絡む。中小企業に相当するフランチャイズ店舗の場合、キャッシュレスによるポイント還元策の対象になるが、吉野家は9割以上が直営店でポイント還元の対象にならない。「ポイント還元があるかないかで、食事の選択肢から外されたくない」(河村社長)と考え、キャッシュレス決済をした顧客に対し、自社負担で2%のポイント還元に踏み切る方針だ。

第1四半期決算を好感し、株価は9日の終値1883円から1週間で2196 円へと16%以上も上昇した。しかし、真の「復活」と呼べるかどうかは、キャッシュレス対応を乗り切ることができるか、また継続的に魅力的な新商品を投入し続けることができるかがカギを握りそうだ。