――今の気持ちとして、やり切ったという部分があるのか、それとも心残りの部分があるのか
 
 やり切ったなんて一切思っていないですが、自分が監督として就任させてもらってから、何事にも変えがたいサッカーの日常というか、そういう充実感がもの凄くあったので、苦しい時期ももちろんありましたけど、選手と共に、チームを良くしよう、強くしようと思えた時間は歴代ジュビロ監督の中では一番だと自負しています。補足になるかもしれないですが、これからの僕のサッカー人生はまだまだ続きますし、昨日、とあるJリーグクラブの監督に辞任することを伝えた時に「まだやるよな」と言われて、即答で「やります、前向きですよ」ということを伝えました。
 
 これが決して失敗だとは思っていないですし、自分が成長するための素晴らしい時間だったし、このかけがえのない時間を、次またプラスアルファに変えていかないと何の意味もないと思うので、そういう気持ちで今はいます。なので、決めてからここまで一切、いや、一切泣いていなくはないな。今朝、大分と戦って昇格したJ2ラストゲームを見て、あれでちょっと泣きましたけど、それ以外は一切泣いていないので、選手と話そうが、スタッフと話そうが、社長、それから強化部と話そうがそういう気持ちですね。
 
 もうひとつ補足していいですか? 大分戦で思い出したのですが、監督を辞任するひとつの要因として、大分戦のあの感動というのはここにいる皆さんもご存知の方が多いと思いますけど、やっぱりあれ以上の感動を生み出せなかった。あれ以上感動するようなゲームをもっともっとたくさんサポーターやファンの方々に見せられていれば、こういう結末にはならなかったので、初めて使う言葉なのかもしれないですけど、悔しかったなというふうに思います。
 
――何よりもジュビロが大好きな名波監督だと思いますが、ジュビロへの想いを
 
 在籍年数の長さもさることながら、自分をサッカー人として育ててくれたのはこのクラブだと思っているので、それを還元しようなんていう、そんなおこがましいことを言いながら監督に就任したわけではなくて、やっぱりサッカー人としてそれから自分が愛するクラブとして、強くしたい、良くしたいということを常に念頭に置きながら最前線で戦ってきました。なので、そういう思いでしかないかなと。そういう思いで色々な言葉がけをし、選手やスタッフと接することができたんじゃないかなと思っています。
 
――選手時代、そして監督時代も含めて、名波浩さんにとってジュビロ磐田とはどんな存在ですか?
 
 今日、全てをさらけ出す、そういう試合後の対応をしようと心に思っていたので、だからいの一番にゴール裏に行って、謝罪をしましたし、次からの期待をサポーターの方に求めました。それから、全てをさらけ出すという意味では今日は家族も全員来ていたので、6歳の子や9歳の子があの姿を見てどう感じたのかと思いながらも、パパはこういう職種だよということを見せたことが、今後のサッカー人生はもとより家族の絆に繋がってくれればいいなということでしょうか。
 
――2014年からスタートして、初めての監督キャリアでしたが、5年間を振り返って、名波浩という監督をご自身でどう評価されますか。そしてどういう監督だったと思いますか?
 
 チームマネジメントは非常に自分自身も自信を持っていますし、コミュニケーションというところでも、他の監督と比べると、自分が見学をさせて頂いたとか、現役の時の監督とか、代表チームの監督とか、比較対象がそれくらいしかないとしても、その辺は悪くなかったんじゃなくて、良かったと自分では思っています。ただ、昨年末に服部強化本部長や当時の木村社長にも言いましたけど、勝たせる監督ではなかったなと。そこが自分の今後の課題だなと思っています。
 
 なお、後任監督については、「まだ言えません」(服部年宏強化本部長)と6月30日時点で未発表となっている。
 
構成●サッカーダイジェスト編集部