働き方改革が日本でも対応を迫られています。写真はイメージ(写真:xiangtao / PIXTA)

若い訪日中国人は日本人と同じく、ドラマ・アニメのロケ地への「聖地巡礼」が好きだ。人気観光地となっている、ちびまる子ちゃんランド(静岡県静岡市)・名探偵コナンの聖地(鳥取県北栄町)・三鷹の森ジブリ美術館(東京都三鷹市)はもちろん、約10年前に中国大陸で大ヒットした中国映画『狙った恋の落とし方(非誠勿擾)』の北海道もロケ地として有名になった。

この2、3年は、SNSの普及や訪日中国人の増加もあり、話題性がある旬の聖地にも注目が集まるようになってきている。いちばんの好例は映画の『君の名は。』と、実写ドラマの「東京女子図鑑」だろう。

『君の名は。』のモデルとなっている岐阜県の飛騨高山など大都市から離れているところにも行きつつ、「東京女子図鑑」で出てきた恵比寿の「ガストロノミー ジョエル・ロブション」や銀座の「空也」なども中国人若者の憧れになっているのだ。内容に共感しないと「聖地巡礼」という気持ちが湧かないため、訪日中国人の行動を見れば、今どきの中国人若者の嗜好がわかるともいえるだろう。

直近で、注目されている聖地巡礼には興味深いことがある。

そこから読み取れることは、日中とも若者が「働き方」に対して葛藤していること、そしてもしかすると現在中国のほうが「働く」ことに対して自由かもしれないという示唆といえる。この最新の兆候は、TBSドラマ「わたし、定時で帰ります。」への注目だ。

2019年4月16日から放送されたこのドラマは、6月25日に放映された最終回の視聴率が12.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した人気ドラマだ。

中国人にも人気になった「わたし、定時で帰ります。」

5月のゴールデンウイークが終わった頃、「内田有紀さん(賤ヶ岳八重役)の歓送会が行われたお店に行ってみたい」「東京に本当に『番屋』があるのか?」と以前インタビューした訪日中国人の方々から筆者のもとへ問い合わせが相次いだ。

また、SNSの投稿を見ても、「吉高由里子さん(主人公・東山結衣役)に習うOLの服選び」や、「反996(※後述)! 私たちの本音を言ってくれる日本ドラマ」などと題として、さまざまな角度から話題を呼んでおり、人気である。

日本人から見ると、「わたし、定時で帰ります。」は、どちらかというと日本が今直面している「働き方改革」や国内企業の課題を描写するドラマということもあり、海外では話題を呼ぶことはあまり想定していなかっただろう。

しかし、世代の差により、現在の中国の若者は「働くこと」にさまざまな考えを持っており、独立し自営業となる、安定した公務員を目指す、数種類の仕事を同時にする、早期引退のため尽力する……など、働き方についても多様化している。

今回は、「わたし、定時で帰ります。」が中国でも人気を博した理由を説明しながら、今時の中国若者の多様化する働く意識と行動を分析したい。

「わたし、定時で帰ります。」の人気に火をつけたのは、意外にも、アリババ創業者のジャック・マーだった。

今年4月に、マー会長が、996(毎日9時出社21時退社、週6日勤務)制度は若者にとっての「恵み」であり、「若いとき996すべきだ。年を取ると996する機会さえなくなる……。他人以上の努力と時間を費やさずに、あなたは欲しい成功をどうやって手に入れるか?」と主張し、その後中国で世論を大きくにぎわせた。

多くの若者は、「ドラマが言うとおり、これ以上頑張りたくない」「仕事より命を大切にしたい」「プライベートな時間がほしい」とジャック・マーの主張に反対している。なお中国国内の労働法では996のような長時間労働は違法である。

若者たちが「選択の自由」を渇望した

筆者は、このような反対は、若者が今までなかった「自己意識を覚醒」し「選択の自由」を渇望したためではないかと考えている。

中国人社会は、古くから農耕社会であり、固定した土地が代々継承されたこともあり、「土地」→「土地の上にある家(不動産)」→「家に住んでいる家族」を何より大事にしてきた。今の中国における不動産価格高騰の原因の1つは、マイホームを所有する執着が強いことといわれているし、反対に日本では考えられないが、すべての貯金を使い、ないし借金までして自分の人生を犠牲にして子どもに留学させたりする親もいる。

しかし、働くことに対する喧伝は違っていた。中国はこれまで、「自分/家庭を犠牲して仕事で頑張る」人を模範にして大々的に取り上げていた。仕事のため親の死に目に会えなかった、仕事のため病気になっても人生最後の1秒まで頑張った、仕事のため子どもの学校の行事に1回も行かなかった……。

つまり、やや極端な典型的人物像をアピールすることにより、「仕事(=社会)のために自己を犠牲してもよいだろう」という価値観を醸成してきた。経済発展のため、全国民が一丸となって全力を挙げて仕事をしなければならなかったのだろう。今になると、それがもう古いと思われるようになり、健康的かつワークライフバランスを求めるようになりつつある。

中国では昔、大学生が珍しかった時代は、計画経済で国が仕事を決める就職制度(「統包統配」)のため、自ら就職活動をせずに済むし、どちらかというと「国のために働く」意識が強かった。しかし現在、今の20〜30代の都市部の若者は、お腹を空かせることはもちろんなく、経済的に豊かな環境の下で生活しているので、自分の気持ちを重視し、仕事で(「社会」のために)何かをして必死に頑張るという気持ちが湧きにくい。

また、今の世代は前の世代に比べると、おもちゃの種類から留学先、恋愛相手の探し方から就職先候補まで、選択肢が大幅に増え、すべて自分で選ばなければならない。このような変化から、「自分で決めたい」「自分のために選びたい」という意識が自然に高まっている。

したがって、仕事より家族(自分の生活)を重視するのも当然だと思うし、「喧伝されている働き方」より、「自分にとってはいい働き方」が優先順位の上に入り、「わたし、定時で帰ります。」で出てくる「これ以上頑張りたくない」という考えには非常に共感をするのだろう。

「個人・家族至上主義」

中国人の働き方を考えるうえで前提となるのは「個人・家族至上主義」だ。恐らく昔から中国人と一緒に働く日本人(その多くは管理職だが)は、中国人社員の働きぶりに驚いているだろう。いくら仕事がたまっても、「家に用がある」と言ってさっと早退する。

仕事をお願いしたら、「これは私の仕事範囲外」だと言い、きれいさっぱり断る。プライベートの宅配は昼間に家に人がいないので、会社まで配達するようにしている(専用の宅配コーナーを作る中国企業も多い)。兼業は当たり前。やめたいときは「やめる」といい、プロジェクトの進捗状況に関心がない……。

こうした特徴から、中国人は「不真面目」「無責任」「全然使えない」と評されることもあるが、これは日本人の働き方と違うだけとも言える。

民間企業の場合、新卒一括採用+年功序列+終身雇用で特徴づけられる日本型と違い、中国はアメリカ式の「キャリア志向」型である。新卒採用は決まった時期がない。あくまで実力主義なので、大学時代からいろんなインターンシップをすることで希望する企業に採用してもらう。その後、自分が進みたい道で経験を積んでいき、2、3年後1.5倍以上の給料で転職する。

「転職=処遇アップ=有能な証し」として見られ、日本人の旧来型の「一生一社」は理解しがたい。むしろ転職しない人は転職できる能力を持っていないと思われる。したがって、つねによいところに転職できるよう、自分の能力向上に関係なさそうな依頼を断るのも必然だし、自分のキャリアを最優先しているので、自分の能力と処遇に見合うところに早く行きたいと思っている。

また、多くの中国人にとって、働く理由は家族のためだ。そのため、家族や彼女・彼氏を犠牲にして仕事をするのは本末転倒だと考えている。

今は社会環境の変化により、以前、主流だった「理想的に働く=自分を犠牲にするまで仕事をする」型のロールモデルが希薄化し、自分の意思を伝えること、行動を行うことが当たり前になってきたので、「家族のために」と思うと、堂々と最優先に行動するのだ。とくに男性は、家事・育児をすることがごく普通である地域が多い。

「わたし、定時で帰ります。」の主人公の恋人の諏訪巧さんが早く家に帰って料理することに、日本人ほど違和感なく、逆にごく普通のことと感じる。もちろん、日本でも意識が変わりつつあるが、実態として男性はなかなか早く退社もできていないとみられる。

現在の日本も、新卒採用+年功序列+終身雇用といった単一な就労形態の維持が難しくなり、兼業容認、通年採用(入社時期を就職者の都合に合わせること)や、転職に寛容になろうとしているし、労働者自身も家族やマイライフを重視しつつある。つまり、上述した中国人の特徴、つまり「個人・家族至上主義」が日本でも浸透しつつあると考えられる。

「努力する人はもっと努力する」

いろいろな人が996に反対するとはいえ、上昇志向の中国人も多くいる。

996、007(IT企業での24時間待機のこと)にこだわるのではなく、もっと出世したい、もっとお金持ちになりたい、もっといい生活を送りたい、経験を積んで独立したいなどをモチベーションにし、休む間を惜しまずに努力する。今では誰でも知っている中国の一流企業で働いている人は、繁忙期に会社近くの友人宅に3週間ぐらい泊まり、4時間睡眠で仕事に行くという生活をした。家にも帰ることができず、夫婦げんかになったという。

一見、日本でよくいう「ブラック企業」に見えるが、中国の場合そうでもない。その理由は、「相応な報酬がもらえる」からだ。残業代はもちろん、自分の努力で実力(ITの場合は技術力)が向上し、それをもってして、もっといい生活を送ることが見込めるのだ。昇進でも転職でも、社内外でも実力主義なので、自分の分野内だったら多く働いた分、将来の夢につながる。したがって、いかに効率よく働けばよいかをよく考える。

夫婦げんかしたその人は、その後30歳で部署のマネジャーに昇進し、農村出身にもかかわらず、北京でマンション(約8000万円のようだ)を購入し、専業主婦の奥様(中国で専業主婦になるのは夫の給与が非常に高いことを意味する)と2人の子どもに恵まれ、今は、自由度が高い仕事につき、できるだけ子どもの面倒を見るようになったとのことである。

サービス残業をさせて労働を搾取するブラック企業で働くのではなく、中国人が頑張って働くのは、個人主義をベースに、努力すれば必ず報われる見込みがあるからだ。

中国人は働くことの選択肢が多い

中国人の働き方は、日本の伝統的な働き方と比べ、ずっと「自分勝手」「家族本位」である。そして「今の家族本位」を求めるか、「将来の家族本位」を目指すかで個人差もある。今、日本は残業を減らし、労働時間を厳しく規制しているように見えるが、中国人の働き方に関する選択肢はもっと多いように感じる(むろん、厳しい中国の労働法に従わないといけない)。

中国人はどういうふうに生きていきたいのかを人それぞれで選択をしている(「残業しない仕事+兼業/子育て」「2倍以上の給料をもらえる会社に行きたいので、時間を惜しまずに現在の会社で能力を磨く」など)。日本企業が、中国人社員を採用・育成する際、考慮すべきことである。

日本の若者にとっては「個人・家族至上主義」の高まりという形で、中国の若者にとっては「選択の自由」という、異なったルートを通じて「わたし、定時で帰ります。」に共感が集まったのだ。

つまり、日本と中国の若者の仕事や家族に対する考え方などについて少しずつ近づいてきているといえるだろう。