漫画家・魔夜峰央が埼玉県民を見事なまでにディスった、漫画『翔んで埼玉』が発表されたのは1982年から翌83年にかけてのこと。魔夜によるギャグ漫画『パタリロ!』がTVアニメ化され、段ボールでファンレターが届くほどの人気を博した時期でもある。

それから30数年を経て、『翔んで埼玉』は実写映画化され社会現象を巻き起こし、『パタリロ!』も2016年、2018年の舞台版と同じキャストとスタッフにより映画化。魔夜峰央の存在が、再び脚光を浴びている。

しかし、40年を越える漫画家人生は、決して平坦な道のりではなかった。単行本が売れずに税金を滞納し、過去に買った宝石を売却してしのいでいた“冬の時代”もあったという。それでも動じることはなかった。

本人いわく『パタリロ!』を貫く世界観は「行き当たりばったりの何でもあり」。まさしく魔夜峰央自身の人生を表す言葉でもある。

撮影/大関 敦 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.

舞台への要望は、バンコランとマライヒのキスシーンだけ

6月28日公開の劇場版「パタリロ!」は2016年、2018年に加藤 諒さん(パタリロ役)主演で上演された舞台の劇場版ですが、舞台化される段階で、魔夜先生から要望は出されたんでしょうか?
こちらから伝えたのは「バンコランとマライヒのキスシーンは入れてほしい」ということだけで、あとはほぼ“丸投げ”でしたね。
キスシーンを入れてほしいと伝えた理由は?
絶対にお客さんが喜ぶだろうなって思ったからです(笑)。
稽古場に足を運んだり、俳優さんとお話をされたりしましたか?
2回ほど稽古場に行きましたかね? 完全にお客さん目線で楽しんでましたけど。ただひとつ、役者さんを含めてみなさんに「6割の力でやりなさい」とお伝えしました。
6割の力とは?
私自身が常にそれくらいを心がけているんです。だいたい、10割の力を出そうったって無理ですよ。そんなことを考えたら、肩に力が入って球が走らなくなります。もっと楽に「ど真ん中に投げて、それを打たれたらしょうがない」くらいの気持ちでいたほうが、案外相手が打ち損じてくれるものなんです。
そういう考えに至ったきっかけがあったのでしょうか?
ハッキリ認識したのはいつ頃かなぁ?

だいぶ前ですけど、『パタリロ!』のエピソードの出来がものすごく悪くて「最低だな、これは」と思ったんです。逆に次に描いたものは「うん、これはいいぞ」と手応えを感じたんですね。でも、20年くらい経ってそのふたつを読み返したら、どっちがよくてどっちが悪いと思ったのか、わからなかった。

その際に「あのときの判断はひとりよがりだったんだな」と悟りました。自分の判断なんてどうでもよくて、いいも悪いもお客さんに任せればいい、力まず6割くらいの力でいいんだって。
8割でも7割でもなく、半分よりやや上くらい?
8割はちょっとキツいですよ。いや、本当は5割でいいかなとも思いますけどね(笑)。半分よりちょっとやればいいよ、と。そういう姿勢だからこそ、ここまで長く続けてこられたんだと思います。

加藤 諒の破壊的な“顔面力”は、まぎれもなくパタリロ

最初に舞台で加藤さんをご覧になったときの感想は?
人間がパタリロをやるならこの人しかいないだろうなと思いましたね。パタリロの顔と諒くんの顔って、よく見るまでもなく似てないんですよ(笑)。でも、雰囲気は同じ。破壊的な“顔面力”と言うのかな? イコールではないけど、やっぱり彼はパタリロなんですよ。
他のキャラクターに関してはいかがですか? 映画でもタマネギ部隊が登場します。
タマネギがどうなるのか? あの口はどうするのか?って私も楽しみでしたね。最初はマスクみたいのを口に貼ったらしいんですけど、息ができずに、ああいうかたちになったようです。
絶世の美少年であるマライヒは佐奈宏紀さんが演じられています。
舞台のマライヒはやっぱり佐奈くんですよね。小林顕作監督の世界観の中ではバンコランの青木玄徳くん、マライヒの佐奈くんで大正解だと思います。
青木さんのバンコランの眼力もすさまじいですね。
ハマり役ですよね。いい男だけど、パタリロにおちょくられてしまうどこか抜けたところがある。そのバランス感覚もマライヒとの関係性もいいし、メインの3人は素晴らしいと思います。
▲パタリロ・ド・マリネール8世役/加藤 諒
▲タマネギ部隊

『翔んで埼玉』も『パタリロ!』も、実写化が成功した

先生は舞台や映像になったご自身の作品を、どのようにご覧になっているのでしょうか?
『パタリロ!』にせよ『翔んで埼玉』にせよ、作品の世界観をきちんと表現してくれていると思いましたね。

『翔んで埼玉』はGACKTに出演をオファーしたとき、最初は断られたんですよ。彼自身、漫画が好きで自分を「オタク」と言っていて、私の作品もよく読んでくれていたらしいんですけど、自分が好きな漫画がアニメや実写になったときにガッカリすることが非常に多いと。

もし、自分が出演した作品がそうなったらどうしようかと思ったそうです。最終的に、重ねてのオファーで引き受けてくれて、ああして大ヒットとなりましたけど。

私の場合、『パタリロ!』のアニメも舞台も『翔んで埼玉』も、お客さまをガッカリさせることがなく、基本的に全部うまくいってるんです。今回の映画も「こうきたか。うまくいったな」という感じでした。
先ほど“丸投げ”とおっしゃっていましたが、なぜそれでうまくいくんでしょう?
それはもちろん、制作スタッフのおかげですが、何よりも私の運がいいんでしょうね。
絵柄なども含めて、決して他メディアでの展開がしやすいとは…。
むしろ難しいんじゃないでしょうかね? それでもアニメは1年以上続いたし、『翔んで埼玉』の武内英樹監督も『パタリロ!』の小林顕作監督も、私の世界観をよく理解してうまく表現してくれています。

『翔んで埼玉』は、原作が3話しかないものをあれだけ広げて、世界観を10倍、20倍もグレードアップさせてくれてるし、顕作さんも同じように『パタリロ!』の世界を広げてくれています。

そういう人に巡り合えたのは、やっぱり私の運のよさですね。私はそういう運だけに頼って生きてますから(笑)。
先生が考える『パタリロ!』の世界観とはどういうものなんでしょうか?
行き当たりばったりの何でもあり! それ以外にないと思います。とにかく楽に描けるものを描いているだけのことですから。
▲マライヒ役/佐奈宏紀
▲ジャック・バンコラン役/青木玄徳

『パタリロ!』は頭の中で動くキャラを描き記しているだけ

『パタリロ!』の連載開始から40年以上が経ち、単行本は100巻を数えますが、そもそも誕生の経緯は?
『パタリロ!』の前に『ラシャーヌ!』というギャグ漫画を連載していまして、同じ方向性で「何か新しいものを描け!」と言われて描き始めたんです。当時、第1話はバンコランが主役でパタリロは脇役にすぎず、大して話題にもならなかったんですよ。

それから半年ほどして「また何か描け!」と言われたので、じゃあ今度はパタリロを主人公にしてバンコランを脇役にしてみようかって。
まさに行き当たりばったり!(笑)
そうなんですよ。『ラシャーヌ!』も大して反響はなかったんですけど、翌年の白泉社のパーティーで、他の漫画家さんに「あれは面白かった」って言われまして。それで自信を持っていたんですけど、同時に何か描きづらいなと思っていたんです。

のちにある人に言われたのが、『ラシャーヌ!』はボケとツッコミをひとりでやっていると。『パタリロ!』はパタリロとバンコランでボケとツッコミがハッキリ分かれているので、ものすごく描きやすい。それからは、ふたりが勝手に動いているのを私があとから描き記すだけという感覚ですね。
『ラシャーヌ!』以前はシリアスなミステリー調の作品などを発表されていましたが、先生のギャグや笑いの素養は何から影響を受けているのでしょう?
昔から落語が好きなのでそれかなとは思いますけど、いつ頃だったかな…? 『がきデカ』(作:山上たつひこ)という漫画が大変評判になっていると聞いて、本屋で立ち読みしたんですよ。

そのとき「自分も描けそうだな」と感じたのを覚えています。テンポ感でしょうかね? それまではギャグ漫画を描けるとも描こうとも思わなかったんですけど。
“少女漫画的”な美しい画とギャグとのギャップが魅力的ですが、そういう部分は?
そこはまったく意識してないですね。画もギャグもどちらも自然に出てきます。両方とも私の中にあるから出てくるものなんだろうと思います。

物語の終わりを考えたことはない。「死ぬまで描き続ける」

これだけ連載が長く続くとは予想されていましたか?
もちろん始めた仕事は続けたいと思っていましたけど、連載が始まった当時の編集長――私を所沢に連れてった人ですけど(※所沢への転居をきっかけに『翔んで埼玉』が誕生した)、彼に言われたのは「10巻までは頑張ろう」ということ。

それを越えたら「『がきデカ』の26巻を目指そう!」。その次は『ドカベン』の47巻(当時)、次は『サザエさん』の68巻だったかな? そんなことを言っているうちに100巻に至ったという感じですね。

ちょうどアニメ化された頃が一番盛り上がった時期でした。当時は段ボールでファンレターが届いてましたから。でも、その頃はあまりに忙しくて外に出ることができず、自分の作品がどれだけ世間でウケているのかわからなかったです。
実感されたのはいつ頃なのでしょう?
アニメが終わって少し落ち着いた頃に「あぁ、けっこう評判になっていたんだな」と感じました。その後も、やめる必要はないし、続けられるんだからという感じで淡々とやってきました。
連載の終了を考えたことはないのでしょうか?
まったくないですね。死ぬまで続けると思いますよ。だから終わるなら未完のままになりそうですね。
『パタリロ!』のファンはやはり女性が多いのでしょうか?
ファンレターがたくさん届いていた当時は若い女性でしたね。宝塚歌劇団の団員さんからのものもあって、「宝塚の練習がものすごくハードで、みんな疲れ切って、医務室でニンニク注射を打ってもらうんだ」って書いてありました。「でも『パタリロ!』を読んだら笑って疲れが取れて、ニンニク注射より効きます」とあって、励みになりましたね。

ちょうどその頃、宝塚の人たちと『パタリロ!』をやってみようかって話になったことがありました。でもね、肝心のパタリロ(に合う人)がいないんですよ…。
バンコランやマライヒなど、周りの美しいキャラクターたちはそろっているのに…。
パタリロだけがいないんです…(苦笑)。
それだけに今回の舞台、そして映画で加藤 諒さんに巡り合えたのは大きかったですね。
ほら、私の運のよさでしょう?(笑)

2019年にスゴいことが起きると、以前から予期していた

『翔んで埼玉』の社会現象化、そして『パタリロ!』の映画化で、先生の存在がこうしてメディアに取り上げられていることはどのように受け止めていますか?
何が起こるかはわからなかったけど、2019年がスゴいことになるのはわかっていました。これに関しては『「パタリロ!」作者の自伝的エッセイ スピリチュアル漫画家!』という本を読んでいただくとわかるんですが、私自身すごくスピリチュアルな人間でして。

2016年に起きたある出来事をきっかけに、「3年後にスゴいことが起きる」ということは前々から感じていたんです。当時は、『翔んで埼玉』の映画の話も全然なかったんですけどね。

じつはどちらも、当初は2018年の公開予定だったんです。それが、『パタリロ!』もいろいろあって、『翔んで埼玉』も内容が「コンプライアンス的にいかがなものか?」ということで一度、企画がひっくり返りまして。結果的に2作とも2019年の公開になったんですが、私としては当然というか。2019年に合わせてきたんだなと思ってました。
“ある出来事”とは何だったんでしょうか?
『翔んで埼玉』の復刊で印税がドカンと入ってきて、義理の悪い借金を全部返せたんです。
編集部注:当時、埼玉県をディスる内容がネットを中心に話題になっていた。『月曜から夜ふかし』でも紹介され、さらに反響を呼ぶことに。
『パタリロ!』の単行本が売れなかった時期は経済的に苦境に陥り、過去に買った宝石を売却してしのいでいたとうかがいました。『翔んで埼玉』の復刊でV字回復を果たしたのですね。
私自身、その頃のことは“冬の時代”と呼んでいます。10年前くらいから始まって7〜8年前くらいが一番経済的にキツい時期でした。キツかったのは経済的な部分だけで、あとのことはまったく問題なかったんですが。
苦境の際でも泰然自若として、動じられた感じがないですね。
ジタバタしたってしょうがないでしょ。悪いときはとにかく嵐が過ぎるまで頭を下げて我慢してればいいんでね。「春の来ない冬はない」って信じてやってきました。おかげでいま、春を迎えてます。
▲プレゼントのプレスキットにサインを入れる際、パタリロの表情も書いてくれた。

運命は上から与えられるもの。今後のことは予測できない

普段、他の漫画家の作品を読まれることはありますか?
ここ数年はまったく読んでないですね。

少し前に伊集院 光さんのラジオ番組に出演しましたが、彼は落語家の弟子になり、笑いを志していた人なんです。「自分よりヘタな人の噺を聞くと腹が立つし、自分よりうまい人の噺を聞くともっと腹が立つ」って言っていましたが、私にとっては漫画がそれなんです。

ヘタな人の作品を読んでも腹が立つし、自分よりうまい人の作品を読むと「こいつ、何でこんなにうまいんだ!」って思っちゃうから(笑)。
自分の作品を「我が子」にたとえる作家さんもいますが、先生にとって『パタリロ!』や『翔んで埼玉』は?
とくに女性の漫画家さんでそうおっしゃる方はいますね。私自身、自分の名刺に肩書として「漫画製作請負業」と書いています。つまり漫画を作る職人なんです。

だから、ビジネスとまでは言わないけど、職人がものを作るのと同じで、そこまでの強すぎる思い入れもなく「よりよいものを作りたい」という思いがあります。
今年の社会現象化を予期していたとのことですが、今後の漫画家人生に関してはどのようにお考えでしょうか?
漫画は死ぬまで描き続けるつもりですが、今後のことはわからないですね。運命は上から与えられるもので、何が与えられるかはわかりません。それは人間の想像できる範疇をはるかに超えたことですよ。

ただ、今年の2月に初めて絵本を出したんです。『けい君とぼく』というタイトルで、“世界初のBL絵本”と言っているんですけど。
子ども向けに描かれた作品なんですか?
5歳児がわかるように描いてますが、内容は私が描きますから、それなりのものですよ(笑)。

たまたま、知り合いの編集者が「絵本を作らないか?」と声をかけてくださったんです。「いま、絵本の世界が停滞していて、8割が過去の作品の再販なので、絵本の世界に新しい風を起こしたい!」と。

最初は他の人の作品に絵だけをつける予定でしたが、送ってもらった作品が「これじゃ、新しい風は起きないぞ…」というものばかりだったので、「じゃあ自分で全部描きます」と話も考えて。絵もつけて出すに至りました。

この本はいずれ海外でも出すことになるので、とくにキリスト教圏でどんな反応で受け止められるのか、いまは楽しみですね。
魔夜峰央(まや・みねお)
1953年3月4日生まれ。新潟県出身。O型。1973年に『見知らぬ訪問者』で漫画家デビュー。1978年より、『花とゆめ』(白泉社)で『ラシャーヌ!』、『パタリロ!』の連載を開始した。『パタリロ!』は単行本100巻、文庫版50巻を記録し、現在も『マンガPark』にて連載中。2016年と2018年に舞台化もされた。1982年から83年にかけて発表された、『翔んで埼玉』は、30年を経て2016年に『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』(宝島社)として復刊。テレビ番組『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で紹介されるなどし、3ヶ月足らずで55万部を超え、実写映画版も興行収入30億円を超える大ヒットを記録した。

映画情報

劇場版『パタリロ!』
6月28日(金)ロードショー
https://patalliro-themovie.jp/
©魔夜峰央・白泉社/劇場版「パタリロ!」製作委員会2019

サイン入りプレスキットプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、魔夜峰央さんのサイン入りプレスキットを抽選で2名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2019年6月26日(水)12:00〜7月2日(火)12:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/7月3日(水)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから7月3日(水)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき7月6日(土)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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