半年間で2度墜落事故を起こした「737MAX8」を含む、ボーイング737MAXシリーズ(写真:David Ryder/Reuters)

3月10日にエチオピア航空302便が墜落し、乗客・乗員が全員死亡するという痛ましい事故が起きて以降、多くの国や航空会社が、アメリカの航空大手ボーイングの最新鋭機「737MAX8」の一時運航停止を決める異例の事態となっている。同型機は昨年10月29日にもインドネシアで墜落しており、わずか5カ月で2度も離陸してから数分後に墜落という共通性がありながら、いずれも原因が特定されていないことが不安につながっている。

「737MAXシリーズ」は燃費のよさが奏功し、すでに5000機以上を受注。ボーイング始まって以来の大ベストセラー機になることがほぼ約束されている。シリーズには、座席定員によってラインナップが737MAX7、8、9、10の4バージョンある。

ボーイング737と呼ばれる機体は、50年前に登場した同社を代表する近距離機で、これまでに1万機以上が送り出されている。MAXシリーズは737の「第4世代」と呼ばれる機型で、燃費のよいエンジンに換装しているほか、翼端には特殊な形状のウイングレッドという小さな翼を付けている。また、さらに客室の開放感が極めて向上しており、飛行機に乗り慣れない人でも「従来機とは明らかに居住性が違う」と感じるようだ。


MAXシリーズには、主翼の先端に「スプリット・シミタール・ウィングレット」というユニークな小さな翼が取り付けられている(LOT機の機内から、筆者撮影)

エチオピアでの墜落事故に敏感に反応したのは中国だった。航空関連事業を所管する国の機関、中国民用航空局(CAAC)は事故翌日の11日、中国国内の航空会社に対し、同日午後6時(現地時間)以降の737MAX8全機の運航を一時停止するよう勧告を行った。

なぜ中国は運航停止に踏み切ったのか


エチオピア航空302便は、アディスアベバを離陸直後に墜落。乗客・乗員157人が犠牲となった(写真:Tiksa Negeri/Reuters)

中国は同型機をこれまでに70機あまり受領、現在世界の空を飛んでいるMAXシリーズ350機(1月末現在)のうち5分の1を占めている。目下、アメリカを飛ぶ同型機は65機なので、中国が国別で最も大きなマーケットとなっているわけだ。

もっとも中国の航空会社が保有する旅客機は3000機を超えており、それからみればMAXシリーズの割合はわずかだ。それでも同型機の運航停止のあおりで、11日に同型機を使って飛ぶ予定だった355フライトのうち、62便については機材のやりくりがつかずキャンセルとなったほか、145便が遅延したという(中国の航空情報サイト・飛常准=VariFlightによる)。

中国が今回の事故への対応が早かったのはなぜだったのだろうか。乗客を国籍別でみると中国は8人で、ケニアの32人、エチオピアの9人についで3番目に多かった。それに加え、犠牲となったのは「80后」「90后」と呼ばれる若い世代だった。

また、中国は近年「一帯一路」政策のもと、アフリカへの開発援助の動きを活発に行っており、技術者だけでなく大量の出稼ぎ者も現地へと送っている。そんな事情もあって、この事故への中国国内での関心は高いようだ。

一方、メーカーのボーイングからみて、CAACによる「737MAX8運航停止の判断」は極めて厳しい決定だったと言える。中国航空各社は同型機を合計180機発注、ボーイングが中国にこれから納める機体の約85%はMAXシリーズが占めている。同社は中国のジェット機市場について「史上初の1兆ドル(110兆円)規模に達するマーケットとなる」と予測しているが、その主力の販売先で自社の稼ぎ頭が飛べなくなる、という影響はことのほか大きいものと言えるだろう。

一時運航停止の動きが広がっている

運航停止を決めたのは、中国だけにとどまらなかった。先に同型機の墜落事故を起こしたインドネシアが安全上の不安から同国の航空会社に対して運航停止を勧告、多くの国も同様の措置を取っている。

737MAX8の一時運航停止(順不同)
・エチオピア(4機)
・中国(70機以上)
・シンガポール(6機)
・インドネシア(15機)
・イギリス(5機)
・メキシコ(6機)
・アルゼンチン(5機)
・ケイマン諸島(2機)
・南アフリカ(1機)
・韓国(2機)
・モンゴル(1機)
・ノルウェー(18機)
・ポーランド(5機)
(注)13日15時現在、上記のほかに、リース会社の保有機もある

加えてオーストラリアが「737MAX8の自国空域の飛行禁止」を打ち出したほか、ベトナムは現在、MAXシリーズの機体を保有する会社がないものの「同型機の新規登録の申請があっても当面は認めない」とする通知を出している。シンガポールに至っては「737MAX8だけでなく、MAXシリーズ全体の飛行を中止」との勧告を行っている。

一方、アメリカの航空事業を所管する連邦航空局(FAA)は、「飛行停止に至るまでの十分な証拠がない」として、具体的な措置を行っていない。その結果、アメリカの航空会社各社(アメリカン航空、サウスウエスト航空、ユナイテッド航空)が保有する機体については引き続き通常どおり運航しており、早々に運休を勧告した中国当局の動きとは方向性を異にする。

こうした動きについて、ロンドンを拠点にして民間航空事業に関するコンサルタント業を営むジョン・ストリックランド氏は「機体生産国の機関が運航に対する規制をかけていないのに、第三国である中国が飛行禁止を打ち出すのは非常に不自然」と指摘。「はたして政治的な意図があるのかどうか理解できない」とCAACの勧告に首をかしげる。

そんな中、英国民間航空局(CAA)は12日夕方(現地時間)、「737MAX8が起こした2つの墜落事故に類似性があり、かつ安全に対する確たる証拠が得られないため、予防的な措置として、MAX8とMAX9のイギリス内空港での離着陸および上空通過を当面禁止する」との声明を出した。

イギリス当局が運航中止を発表した直後、それまで模様眺めだった欧州航空安全機関(EASA)もついにMAX8、MAX9両機種の運航停止を勧告した。これにより、同型機はしばらく欧州への乗り入れが禁じられることになってしまった。

わずか5カ月の間に2度の墜落事故を起こした737MAX8。はたして、日本で利用する機会はあるのだろうか。

目下のところ、日本国内でMAXシリーズを保有する会社は1社もなく、国内線で同機種が回ってくることはありえない。なお、ANAが1月29日付でMAX8を「日本で初めて導入」と銘打ち、30機の発注を決定したと発表したが、受領は2021年度以降と予定されている。また、スカイマークもMAX8の導入に意欲をみせているが、これまでに正式な発注契約までには至っていない。

「遠いアフリカの事故」では片付けられない

日本に乗り入れてくる航空会社はどうか。最初にMAX8が定期便として就航したのは、シルクエアーのシンガポール―広島間だが、すでに同社は同型機の運航停止を決めているので、早晩、別の機材による運航に切り替えられる可能性が高い。

また、格安航空会社(LCC)のタイ・ライオン・エアがMAX9をバンコクから中部と福岡に乗り入れているが、そもそも墜落したMAX8と同型のエンジンを積んでいるうえ、インドネシアで事故を起こしたライオン・エアの姉妹会社ということもあり、なんらかの判断が近日中になされるかもしれない。

世界の航空需要を眺めると、LCC各社の台頭が顕著だ。6〜7時間を超える中・長距離便はこれまで、従来からあるレガシーキャリア(フルサービスキャリアとも)のシェアが大きかったものの、MAXシリーズや競合のエアバスA320neoの登場で「経済性の高い、単通路のナローボディ機でより遠くへ、より多くの旅客を運ぶ」という方針も打ち出せるようになってきた。

それにより、今まで盤石とは言えなかった「LCCの中・長距離便」のビジネスモデルが確立する可能性がより高まってくる。

はたして今回の墜落事故が、こういった新たな航空需要の拡大に冷水を浴びせる格好になってしまうのか。さらに、米中貿易戦争のさなかに、思わぬ形で、アメリカを代表する輸出製造業の旗頭・ボーイング社がよりによって中国航空各社を敵に回す引き金になってしまった。「遠いアフリカの事故」という一言で片付けるわけにはいかない「ボディブロー」となるのだろうか。