女は、息を吐くように嘘をつく。

それは何かと敵の多いこの世の中で、力に頼らず生き抜くために備わった、本能ともいうべき術なのだ。

それゆえ女の嘘は自然であり、かつ巧妙。特に男が見破ることなどほぼ不可能である。

これは、日常の彼方此方に転がる“女の嘘”をテーマにした、オムニバス・ストーリー。

前回は女の嘘を見抜けなかった商社マン・翔太をご紹介したが、今回は…?




第3話:嘘をつかざるを得ない女・麻里


私、自分自身のことをすごく客観的に見ていると思うんです。

28歳。外見は…頑張って自分を磨いてやっと”中の上”といったところでしょうか。

現在は一人暮らしで、丸の内にオフィスを構えるコンサルティングファームで秘書を務めています。都心に住むならワンルーム、駅から徒歩15分という立地が精一杯のお給料。出身は、千葉の浦安駅からバスで10分程度の町です。

都内の女子大に通っていた頃は、若いというだけでそれなりに楽しい思いが出来ました。

けれど、最近はお食事会に出かけるたび、毎日鏡を見るたびに思い知らされるのです。

私ってなんて平凡なんだろう、と。

30歳に差し掛かろうという今、一刻も早く結婚して、都心で幸せに暮らしたい。

そんな私が、お食事会で出会った真一に執着してしまうのは、無理もないことだと思いませんか?

なぜって真一は東大出身、外資系コンサルティングファーム勤めのエリートではあるものの、同じ千葉県出身。チャラついたところがなく好感を持てたし、業界が一緒なのも運命的です。

幸い、その食事会の幹事だった私は、”可愛い子ばかり集めた”と言いつつ、自分よりも少し太めだったり、ファッションセンスがどこかしらおかしな子ばかりを呼んでいました。

そのおかげか無事に真一と連絡先を交換しました。さらには、本を読み漁って頭に叩き込んだ駆け引きテクニックを駆使し、初デートに漕ぎ付けたんです。

それなのに。

職場の同僚で一つ年上の珠美が、外資系金融勤めの男の人と付き合いだしたと自慢げに言うのを聞いた時、言い知れぬ感情が全身に駆け巡っていくのを感じました。

私がやっとの思いでデートの約束をしたばかりだというのに、珠美ときたら既にエリート男性と付き合っているというんです。

それで思わず、

「私も外資系コンサルティングファーム勤めの人と付き合い始めたのよ」

と、そんなことを口走ってしまいました。


まだ付き合ってない男を彼氏と公言してしまう女・麻里の闇


始めは嘘でも、真実にしてしまえば良いんじゃない?


「えー!ウソ〜!どこのファーム?」

秘書仲間で久々に女子会をしようと集まった二重橋スクエアの『アドリフト バイ デイヴィット マイヤーズ』で、珠美や他の友人が目を見開きながら前のめりで尋ねてきます。




「年齢は?どんなルックス?出会いは?」

珠美はそんな風に通り一遍の質問を投げかけてきましたが、実際に聞きたいことはそんなものじゃないでしょう。

ー年収は?相手は本気なの?結婚するの?

独身・妙齢の女たちが集まって男の話をするとなれば、やはりその中で「誰がいち抜けた」をするかがもっぱらの関心事になります。

まだ真一とはデートの約束をしただけですが、私は彼に関して知りうる限りの情報をひけらかし、その夜は女たちから羨望の眼差しを浴びて帰宅しました。

帰宅後、どうしたら真一を落とせるかを必死で研究したことは言うまでもありません。

ついと口をついて出た嘘ですが、言ってしまったなら事実にしてしまえばいい。

デートの時はいつも、清楚ながらも鎖骨や華奢な手首などの女性らしいパーツが映えるような服を選びました。

そして、デート中に彼が”疲れがたまっている”と言った時を見計らい酔わせるように仕向け、家に行くのです。

翌朝は彼よりも早く起きて、きちんとした朝食を用意する。

真一のような真面目なタイプには、”朝ごはん作戦”も重くなりません。

これできっと責任を感じて私と付き合ってくれるだろうと思っていましたが、こんなにも思惑通り上手くいくとは思いませんでした。

私は真一が真面目で多忙なのをいいことに、するりと彼の1人暮らしのマンションに入り浸ることに成功したのです。

その頃、再び女子会が行われ、その席で珠美から「外資系金融マンの彼氏にバリ旅行に誘われた」という話を聞かされました。

「人生初のファーストクラスなのよ!興奮しちゃう。私の誕生日も近いし、もしかしたらプロポーズもあるのかも!」

そんな風にはしゃぎ「麻里は?」と問いかけてくる珠美を見て、私はふんと鼻白んでしまいます。

ールックスだって大したことのないそこらの29歳の女が、外資系金融マンからプロポーズされるはずが無いじゃないの。ただの暇つぶしに付き合わされているだけなのに、それに気がつかないなんて哀れな女。

そして次の瞬間、私はこんなことを口走ってしまったのです。

「私と真一は、プロポーズみたいのなかったのよ。ただもう家にもずっと通ってて、お互い結婚だよね、って話にはなってるけど」

そう言った瞬間、その場の全員の視線が私に向き、ある者は歓声を上げていました。

実際に真一からは何も言われてないけれど、大丈夫。またこの間のように、時間と頭を使って嘘を真実にしていけばいいだけ。

だから、その時の私は、自分にまさかあんな屈辱的なことが起こるなんて想像もしていなかったのです。


麻里が想像もできなかった、屈辱的なこととは?


“ウソ”のループから抜け出せない


私と真一の関係は、3ヶ月ほどは本当に上手くいっていたと思います。

多忙ながらも週に1度は外食をし、私は自分の家よりも彼の家に入り浸っていました。

家庭的で気のつく女をアピールし、真一の部屋の洗濯や細々した家事は一手に引き受けるようにしたんです。

フルタイムの仕事との両立は大変でしたが、もし彼と結婚できたら…なんていう妄想の力で、私は疲れた体にムチを打つようにして真一に尽くし続けました。

珠美たちにも、最近はほとんど毎日彼の家で家事をしている、と愚痴とも自慢ともつかないような話ばかりをしていたように思います。

結局バリ旅行でプロポーズをされなかった珠美の悔しそうな顔といったら…本当に良い気味でした。




それなのに。

真一は、或る日突然「もう家の家事はしなくていいよ。麻里にも仕事があるし、負担だろう?」と言ってきたのです。

突然の予想外の展開に、私が慌てふためいたのは言うまでもありません。

「どうして?負担になんかならない。真一のために家事をするの、これで結構楽しんでるのよ」

あまりにも驚いてしまい、私は冷静な判断が出来なくなってしまいました。

今考えればその時スッと引いて自分がいかに彼に尽くしていたか、家中が綺麗なことがいかにありがたかったかを分からせてやればよかったのに、私ときたら家に行けないのでそれまで以上に彼に連絡をするようになってしまったのです。

そして或る晩のこと。

あの晩のことは、どんなに忘れようとしても忘れられません。

「ねぇ、結婚は結局いつごろにしたの?仕事は辞めるの?」

そんな風に珠美にせっつかれ、まさか家に行くのを止められているとは言えない私はまた、望みをかけてこんなセリフを口走ります。

「来年には式をあげたいね、なんていってるんだけど、きちんとしたプロポーズがあったわけじゃないから入籍日は決めてないのよね。でも、もう直ぐクリスマスじゃない。そのタイミングで指輪か何かをくれるんじゃないかって思ってる。でもあまり急かさないようにしてるの」

なるほどね〜、と感心したような声が聞こえましたが、その頃の私はそれでは満たされません。焦るあまり真一に対して怒りが募り、電話で致命的な質問を投げかけてしまいます。

「ねぇ、どうして最近そんなに冷たいの?私のことが嫌いになったの?」

その質問に対して真一は答えませんでしたが、次に電話をかけた時、彼は電話に出ませんでした。

その後、何度かけても応答はなし。そしてしばらくして、真一が私の番号を着信拒否していたことに気がついたのです。

現実が飲み込めず気が狂いそうになりましたが、珠美たちには”真一が浮気をしていたから自分から泣く泣く振った”と最もらしいことを言っておきました。

秘書仲間はみな同情してくれ、私は自分の自尊心が保たれたことで随分と安心しました。

ですが。

名前も知らない誰かの、裕福な結婚生活をInstagramで垣間見た時。

同じようなレベルだとタカをくくっていた女ともだちから医者と結婚した、と報告された時。

風の噂で、真一がものすごいエリートの美女と婚約した、と聞いた時…。

私は不安に押しつぶされるようになり、ついついまたこんなことを口走ってしまうのです。

「そうそう、この間もまた外銀の人にデートに誘われて…チャラいから嫌なんだけど…」

実際は食事会で隣に座り、私が必死でLINE交換にこぎつけただけですが。

こんな風に少しだけ人生を彩ることで、きっと私の人生は思う通りのものになっていくと思うんです。

ねぇ。

違いますかねぇ?

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独りで式場見学に来る奇妙な女。彼女の狂言を見破れるのか?