瞬時にして聴衆の心をつかむ人が押さえている基本とは(写真:ShotShare/iStock)

人前でのプレゼンが苦手な人は少なくないかもしれません。一方、瞬時にして聴衆の心をつかむ、ときにカリスマと呼ばれる人がいます。いったい両者は何が違うのでしょうか。
彼らは何か特別なテクニックや知識を持っているわけではなく、コミュニケーションの本質を理解しているだけ――。そう語るのは、多くの人に伝えることを仕事にするパブリック・スピーカーとして活動する小山竜央氏(新刊に『パブリック・スピーキング最強の教科書』)。小山氏に、さまざまなビジネスのシーンで活用できる伝え方のコツについて聞きました。

世の中には脳科学や心理学を学び、聴衆の心理を手に取るように理解している、という理論派のスピーカーがいます。こういうパターン、ステップで話せば、お客様は自分のことを必ず好ましく思うだろうという知識、テクニックを誇る人たちです。

しかし、そうした知識を学んだことがない、街のラーメン屋の店長のほうが、人々の心をつかむことがあります。「俺は、いつも1杯のラーメンを通してお客さんと心の声で対話している。だからどんなヤツだろうが楽しませることができる」と自信を持って話した途端、人をくぎ付けにしたりするのです。そこには、重要なヒントが隠されています。

恐れることなく、相手と目を合わせる

AIではない、生身の人間であるからこそ、必ずその人と心が触れ合う瞬間があるはずです。コミュニケーションとは、このことです。

筆者は仕事柄、多くの人の前で話をする機会が多いのですが、その経験からわかったのは、良好なコミュニケーションを取るためには、3つのステップが必要ということです。いずれもあたりまえのようで、行っていない人が実は多いのです。

1つ目のステップは「アイコンタクトを取っているかどうか」、つまり、人の目を見ているかどうかです。そして2つ目のステップは「笑顔かどうか」、すなわち、相手の目を見て、ほほ笑んでいるか。最後の3つ目は「自然体かどうか」です。

まず、最初のステップ、つまり、聴衆の目を見て「アイコンタクト」をします。ここでのポイントは、「眺める」のではなく、「目を見る」「目を合わせる」ことです。大抵の人は恐れの感情があるので、壇上に立った瞬間、目を見ないで全体を「眺めて」しまいがちです。

大勢の前に立ったときに緊張しない方法として、「聴衆をジャガイモだと思いなさい」という教えを聞いたことがあるかもしれません。しかし、ジャガイモは人ではなく、笑いかける必要もありません。ジャガイモなどではなく、「人」を相手にコミュニケーションを取るためには、相手の目を見なければならないのです。

ここで、テクニックがあります。それは自分のダメな部分、弱さを出すこと。これは本当にぜひやってみてください。あえてこちらから「実はこれが苦手で、いつも人に助けてもらっていて」ということをアピールするのです。そうすることで、自然と人はあなたに共感します。そうなれば、あなたは人の目を見ることができるようになると思います。

相手を大人だと思わない

ごく自然に相手の目を見ることができたら、次のステップである「笑顔」に進みます。ここでは難しいことは考えず、「うたのおにいさん・おねえさん」になってみてください。ステージに立って、子どもたちにいつもニコニコ笑顔で接し、歌ったり踊ったりして夢を与える存在をイメージするのです。重要なのは、「相手を大人だと思わない」ことになります。

うたのおにいさん・おねえさんが出てくる番組は、3〜4歳児が相手です。目の前にいる人たちが、もし3〜4歳児だったら、あなたはどんな顔をするでしょうか。小さな子どもを前にしたら、人は必然的にニコニコした笑顔になります。

たとえ、そこに座っているのがスーツをビシッと着たビジネスパーソンたちで、自分より年上の気難しそうな投資家がいても、上場企業の社長や偉い政治家がいたとしても、全員3〜4歳児だと思えばいいのです。つまり、「聴衆をジャガイモだと思う」のではなく、「聴衆を3〜4歳児だと思う」ようにしましょう。ジャガイモだと思うと笑いかけませんが、3〜4歳児なら自然な笑顔がこぼれるはずです。

コミュニケーションの基本は笑顔であり、笑顔は人を癒やし、感動を与える最も重要なボディランゲージです。どんなテクニック、理論よりも、笑顔が出るかどうかがコミュニケーションのポイントになります。

そして、最後のステップが「自然体」であることです。自宅で家族とくつろいでいるときと同じようにリラックスした状態でステージに立ち、家族や友人たちに向けるような自然な目線で目を合わせ、ほほ笑みかける。ここまでの一連の流れができていれば、あなたはお客様全体とつながった状態と言えます。

立派な内容のプレゼンをすることも大事ですが、それを聞く人々と親密なコミュニケーションがとれる関係をつくるということが、なにより重要なのです。

もう1つ、人前で話をして、人に良い印象を与えたい場合、やはり見た目も重要です。具体的には、「ジャケットを着る」のがおすすめです。

講師はおしゃれなほうが良いとか、そういうことではありません。これは、相手から見て自分がどんな立場でいるのか、それを示すわかりやすい記号になるからです。

この場合重要なのは、セミナーや講演会での服装という点においては、「相手の1つ上のレベルの服を着る」ということです。なぜなら、近すぎず、遠すぎずという距離感が聴衆といちばんコミュニケーションを取りやすいからです。

ビシッと全身に高級ブランドのスーツや時計をまとい、猛烈に自己アピールしようものなら、場の空気に緊張感が生まれ、聴衆は「これから営業が始まる、身構えなきゃ」と思い、壁を作ってしまうもの。

そうしたことが「あこがれ」を生むことも事実ですが、昨今のコミュニティ全盛時代の空気感にはそぐわないですし、共感は生まれにくいでしょう。一方で身近な存在に感じてもらえるほうが、相手は親近感が湧き、リラックスした状態で話を聞いてくれるため、共感が発生しやすいのです。

スーツを着たビジネスパーソンばかりが集まる場であれば、少し上質なスーツを身に着けて登場するとよいでしょう。もしスーツが半分くらいでカジュアルな服が半分、もしくは半分以上がカジュアルな服といった会場であれば、ジャケットを着ていれば十分です。今日はどんな服装のお客様が来るのかわからない、というのであれば、「一応ジャケットを着る」という感覚でちょうどいいと思います。

ある瞬間からジャケットを脱ぐ、というのもいいでしょう。ジャケットを脱いで、ちょっとカジュアルな服装になる。このテクニックは、心理学の用語で「ゲインロス効果」と言います。

ゲインロス効果というのは、最初に抱いたイメージや印象に対してその後のギャップが大きければ大きいほど、相手に大きなインパクトを与えられる、というものです。ジャケットは一般的に、相手に対して一定の威厳をアピールします。それが、ジャケットを脱いでラフな姿になることによって、急にギャップが生まれるのです。

強烈なビフォーアフター・ストーリーを用意する

人間は本能的にビフォーアフターものが大好きです。ベストセラー本の構成、ヒットドラマやヒット映画のストーリー、再生回数の多い動画などは、どれも落差の大きいビフォーアフターがあります。だから、みんなが見たがるコンテンツになるのです。


スピーキングにおいても当然、ビフォーアフターをつねに意識しましょう。具体的には、自分やお客様の「変化」にフォーカスした話をしてください。

変化があると思うと、人はその過程を知りたがります。ホームレスだった人がお金持ちになった、太っていた人が急にやせた、人見知りの人がお笑い芸人になった……。ギャップがあればあるほど、人はその内容に興味を持ちます。

「もっとこの人の話が聞きたい」と思わせる存在になりたいのであれば、このストーリーをできるだけ多用してください。私の場合は、1回の登壇で最低でも3回、だいたい4〜5回はこうしたギャップのあるストーリーを織り込んでいます。世界的なスピーカーもほぼ間違いなく、ビフォーアフター・ストーリーを多用することで、聴衆を熱狂させるパターンを構築しています。

人の記憶に残るのは、つねにギャップを生み出し、相手に混乱を与える存在です。混乱は、人に新しい価値観を生じさせるのです。

今まで自分が学んできたことではなく、まったく新しい考え方、新しい概念がもたらされ、自分が今まで持っていた知識、認識がくつがえされる。それによって脳に混乱が起きた瞬間に、人は成長します。そうすると、どんどん相手の話にのめり込んでいくようになるのです。