埼玉県内の国道沿いや、首都圏の郊外でよく見かける「赤いかかし」の看板。それが「埼玉のソウルフード」こと、多くの芸能人や文化人にも愛されている一大うどんチェーン店「山田うどん」です。この7月にブランド名や「かかし」のロゴを変更し、従来の男性向けチェーンからファミリー向けの食堂に舵を切った新生「山田うどん」は、一体どこに向かおうとしているのでしょうか? フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんが、現場に直接足を運んで取材を重ね、微笑む「赤いかかし」のロゴが指し示す将来への展望について詳しく分析しています。

埼玉県のソウルフードとして愛され、首都圏郊外に170店ほどの店舗が広がる、山田食品産業が展開する「山田うどん」。その「山田うどん」が、7月にブランド名を変更した。新屋号は「ファミリー食堂 山田うどん食堂」。

山田うどんはもう長らくうどん屋というよりも、ご飯物と麺のセットを出す食堂、定食屋のほうが辻褄の合う業態になっていました。麺だけでないことを表すために、実態のとおり山田うどん食堂と名付けました(山田裕朗社長)

「山田うどん食堂」の前に「ファミリー食堂」と付いていることからも、ファミリー層、女性にもっと来てもらいたいと、新規顧客開拓の狙いもある。

童謡「かかし」の歌詞、「山田の中の一本足のかかし」に由来するかかしのロゴも一部変更。口もとの「ヘ」の字型に曲がったデザインを、緩やかな「v」の字に変え、笑顔で顧客を迎える姿勢を示している。食堂の「食」のデザインにはお箸、「堂」のそれには丼型の器が描かれている(下記の比較図版参照)。

旧来の「へ」の字口「かかし」看板。2007年以前撮影 [Public domain], ウィキメディア・コモンズより

2018年にリニューアルされた笑う「かかし」と店名ロゴ

新しい屋号とロゴは、8年ぶりの新規出店となる埼玉県の3店(ふじみ野店、さいたま丸ケ崎店、武蔵藤沢店)、神奈川県の1店(平塚大神店)の計4店から採用されている。4店ともにオープン済みだが、最も早くオープンしたのは7月27日開店のふじみ野店(ふじみ野市)であった。

既存店は老朽化した店舗をリニューアルするタイミングで、順次切り替えていく方針だ。

赤いかかしを埼玉の県民食にした「学校給食」

なぜ今、「山田うどん」を「ファミリー食堂山田うどん食堂」に変えなければならなかったのだろうか。

大きな理由として「山田うどん」が不採算店の整理を終えて、経営の新たなステージに入ったことが挙げられる。

既存店を強化するために、2017年8月にはうどんの麺をリニューアルした。国産小麦100%に切り替えて食の安全性と国内農家の支援をアピールする一方、製法の工夫によって香り豊かでのど越しの良いうどんが誕生した。

山田社長によると「自家製麺のゆでうどんであることは変わらないが、おいしいうどんになったと胸が張れる自信作」とのことだ。

山田裕朗社長

「山田うどん」チェーンの発祥を紐解くと、創業は昭和10年。山田食品産業の本社がある所沢市一帯は、もともと小麦の産地。その小麦から地粉をひく製粉工場を設立し、後に製麺所も併設した。

戦後、復興から高度成長へと向かう好景気に乗ろうと、1964年に工場を拡張して県内一の製麺工場となった。ところが製造したゆでうどんが売れず、もう自らうどん屋を出すしかないと66年に本社に隣接するロードサイドにドライブイン形式の店をオープン。それが「山田うどん」の起源となった。製麺工場の経営を続けるために、やむなく始めた商売だった。

山田食品産業 本社(所沢市)

うどん1杯の料金が70円ほどの時代、半額の35円で売ったので、爆発的な人気を博した。

一方、埼玉県西部の所沢、新座、朝霞、狭山の各市で学校給食に採用された。かかしマークが印刷されたビニール袋入りソフト麺などが、子供たちに親しまれた。「山田うどん」が県民食と認識されるようになったのは、お店の人気、店舗数拡大に加えて給食で提供されたことが大きかった。

しかし、70年代後半に台頭してきた「すかいらーく」をはじめとするファミレスの攻勢の前に、売り負けるケースも起こってきた。

そこで起死回生のため、ご飯物を投入。丼やカレー、チャーハンと、うどんやそばを同時にフルサイズで食べられるボリュームたっぷりのセットを、男性向けに売り出した。幹線道路のロードサイドに店舗がある利点を活かして、建設、工事関係の職人やタクシー、トラックなど各種ドライバーへとターゲットを絞り込んだのである。

つまり、ファミレスとの差別化が、当時の喫緊の課題だった。

以降、「山田うどん」はうどん専門店というようも、ご飯物とうどん、そばとのセットが最も売れる食堂業態として定着している。

健康を意識したヘルシーな低カロリーのメニューも出してみましたが、売れませんでした。山田うどんはやはりがっつり系でなければならないと痛感しました(山田社長)

一番人気のメニューは「かき揚げ丼」と、たぬきうどんまたはそばのセット(620円)。ざるうどん、そばでセットにするのも可能だ。かき揚げ丼とは、かき揚げをうどんのつゆと卵でとじた丼である。

一番人気の、「かき揚げ丼」とたぬきうどんまたはそばのセット(620円)

ご飯ものには、グランドメニューに親子丼、かつ丼、チャーハン、かかしカレー、かつカレーとあり、それぞれたぬきうどん、そばとセットになる。また、プラス100円でしょうゆラーメンまたはざるラーメンとセットにすることも可能になった。

いちローカルチェーンの「山田うどん」を全国区にした「ももクロ」の存在

このように「山田うどん」は歴史のあるチェーンであるだけに、リピート率が高い男性の顧客をつかみ、安定はしているが、半面顧客の高齢化が進んでいる。将来的に持続していくためには顧客層の若返り、拡大が新たな問題となってきた。店舗数も、最盛期の280店から比べると減っているのも確かだ。

その一方で、「山田うどん」の顧客層に変化の兆しが表れている。

たとえば最近は、ももクロこと、女性アイドルグループ「ももいろクローバーZ」が、ライブ前に力を付けるため「山田うどん」の「パンチ」(もつ煮込み)というメニューを食べていると公表。

「ももクロ」が大好きな、山田うどん名物のもつ煮込み「パンチ」

「モノノフ」と呼ばれるももクロファンならば、或いはDDと呼ばれる「アイドル誰でも大好き」なアイドルファンも、もはや全国的に「山田うどん」を皆知っている状況となっている。

本社に飾られた「ももいろクローバーZ」のサイン色紙

元々は、ももクロのマネジャーが「山田うどん」でアルバイトをしていた経験があり、熱く勧められてメンバーも「山田うどん」のファンになったとのこと。

ももクロのコンサート会場には、「山田うどん」の移動販売車が繰り出すのも恒例となっている。中高年男性も多い全国のももクロファンが上京してきた際には、ぜひ「山田うどん」の店舗に寄ってみたいといったニーズも高まっている。

また、北尾トロ氏とえのきどいちろう氏の共著による「山田うどん」研究本、『愛の山田うどん』(2012年3月刊、河出書房新社)、『みんなの山田うどん』(14年3月刊、同)も刊行され、昭和を感じる懐かしい味に世間の関心が高まってきている。

サブカル業界でも評価の高い「山田うどん」本2冊

つまり、一度はファミレスと差別化するために、男性の職人とドライバーに絞り込んだターゲットがだんだんと合わなくなり、むしろもっとファミレスのように幅広い顧客層を意識して裾野を広げるほうが、お店のニーズに合致するようになってきたのである。

新規に出店した「ファミリー食堂 山田うどん食堂」では、住宅地に出店して休日にはファミリーが占拠するケース、ランチよりもディナーのほうの売上が好調なケースも目立ち、明らかに旧来の店と顧客層に変化が見られる。

もちろん、従来の男性ファンを見捨てるわけではなく、「ファミリー食堂 山田うどん食堂」では、立地によってファミリー向けの暖色系を使ったデザインと、男性ワーカー向けの落ち着いたデザインの2系統を使い分けていくという。

山田うどん食堂の武蔵藤沢店(入間市)外観

最近は、ワークマンで販売する作業服のファッション化が進んでいるように、若手の職人、ドライバーもデザイン性を高めた店に行きたいと意識が変わってきている。ワーカーが行くような店だからといって、従来のままで良いわけではなくブラッシュアップが必要なのだ。

同 武蔵藤沢店(入間市)店内

新しく10月のメニュー改定から、3種類の夜ごはんが登場。煮込みハンバーグ定食、山田の特製豚汁定食、3種のタレで食べる唐揚げ定食となっており、評判は上々のようだ。夜ごはんが定着するようだと、「丸亀製麺」「はなまるうどん」のようなうどん専門店より、むしろ「大戸屋」「やよい軒」のような定食屋に近づいていくだろう。

ちょい飲み居酒屋にも進出した「山田うどん」の逆襲

また、新業態として2017年12月、東京都清瀬市の西武池袋線・清瀬駅北口に出店した「県民酒場ダウドン」も注目される。「山田うどん」のパンチや餃子はちょい飲みに使えると言われてきたが、ロードサイドの店で飲む人は少なかった。

酒のアテにもなる焼きうどん、天ぷら粉をつけて唐揚にした鶏カラ天なども新メニューとして開発し、お酒は4種類のレモンサワー、埼玉の地酒などを提供している。昼間はうどんを中心とした食堂として営業している

反響として、意外にも昼間の集客が好調で、駅前のうどん食堂展開に可能性が広がった。

山田社長は「マクドナルドが店舗のデザインを直して業績を回復したような効果を期待しています」と、入りやすい雰囲気の店舗と居心地の良い環境づくりで「山田うどん」の復権を目指す。

「ファミリー食堂 山田うどん食堂」の新ブランド名は、食堂が2回も繰り返されてくどいといった批判も聞かれるが、それによって集客に影響が出るわけでもなさそうだ。

守りから攻めの姿勢に転じた「山田うどん」の逆襲に期待したい。

photo by: 長浜淳之介

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