驚きのサービスで人々を魅了し、加速度的に成長を続けるアマゾン。その圧倒的な仕事の舞台裏には、「超高速」で仕事を進めるための数々の仕組みがあると、アマゾンジャパンの立ち上げから15年間にわたって同社で活躍した佐藤将之氏は言う。失敗を恐れず、とにかく行動するという企業体質の背後には何があるのか――。

※本稿は佐藤将之『1日のタスクが1時間で片づく アマゾンのスピード仕事術』(KADOKAWA)の一部を抜粋・再編集したものです。

■F1を走らせながら修理し、しかも改良する

アマゾンの日本上陸によって日本の小売業のクオリティが劇的に高まったのは、もはや疑いようのない事実です。最近まで「翌日配送」が当たり前だったのに、「当日配送」から「最短1時間配送」までをもカバーしています。このような“驚異的”なスピードを誇るサービスの実現は、当然ながら、“驚異的”なスピードで仕事を処理する組織でなければなりません。

アマゾンが取り組む仕事のスピード感を端的に表す一つのたとえがあります。アマゾンジャパンの社長を務めるジェフ・ハヤシダ氏が、「アマゾンとはどんな会社か?」という質問に対してよく口にしていた言葉です。それは「アマゾンは、F1を走らせながら修理して、しかもチューンナップする会社です」というもの。

一般の企業を普通自動車にたとえるなら、アマゾンで求められるスピード感は、サーキットで走るF1マシンのレベルです。しかもタイヤ交換を行う場合、サーキット上で走らせたまま交換もやってのけます。つまり、何かの事業を超速で進める際、変更が生じても立ち止まらず、走りながら変更をかけていくということです。

■顧客満足度を上げるためのスピード

では、なぜアマゾンはこれほどまでにスピードを意識するのでしょうか。もう1つの重要キーワードと掛け合わせることで、この組織ならではの仕事術が明らかになります。

それは「顧客満足度の向上」です。アマゾンには「Customers Rule!」(お客様が決めるんだ!)という言葉があります。アマゾンにとって、唯一無二の目的は「お客様の満足度を高めること」です。つまり、

「顧客満足度の向上」(唯一の目的)
→「スピード」(有効な手段の1つ)

という関係性です。

これは、裏を返せば、「アマゾンではお客様の満足度向上に帰結しない仕事や作業スピードアップは決して行わない」ということも意味しています。

「上司が締め切り前に提出すると喜ぶタイプだから、早めに企画書を出さなきゃ」
「未完成でもいいから、先を越される前にリリースして、ライバル企業の出鼻をくじけ」
「会社の通達だから、とにかく残業しないように仕事を終わらせよう」

といったような、対象を取り違えたスピードアップ、本来の目的を見失ったスピードアップは、アマゾンでは絶対に求められることはないのです。

■日本独自の「代引き決済」超速導入記

アマゾンでは、全ての部署でPDCA(Plan→Do→Check→Act)サイクルをいかに素早く回すかを重要視しています。PDCAのP(プランニング)は、たしかに大事ですが、アマゾンは「まずは小さくやってみて、その結果を見てみたい」というのが基本的な考え方です。つまり、D(ドゥ)へ素早く移行するのがポイントです。

私はアマゾンへ入社してすぐの2000年に、「各国のアマゾンに先駆けて、日本で代引き払い機能を導入する」というプロジェクトのリーダーを担当することになりました。アマゾンで買い物をする人のなかに、クレジット決済に抵抗感を持つ人がいたためです。アメリカの本社側にそういったメンタリティーの説明を行い、「ユーザーを増やしたいなら、代引き(Cash On Delivery=COD)を持たなければならない」と主張したのです。

投資に対する効果を説明して、結果、すぐにプロジェクトのGOをもらいました。そしてここから一気に実現まで突き進みます。

まず、全世界のアマゾンのシステムを一元管理しているシアトルに「どのようなシステムを追加するのか」を詳細に説明する必要があります。その後、流通業者さんと「お金の回収方法・期限」のルールを決めます。「注文相手が3日間不在だったら?」「荷物を2個届けて1個は受取拒否になったら?」など、ありとあらゆるケースを想定しておく必要があるわけです。

また、流通業者さんとのお金の流れについては、実際に私が購入者となりテストをしました。例えば、流通業者さんから自宅に2個の荷物を届けてもらい、「1個はいりません」と答えたときに、未回収となる1個分の代金はルールどおりに両者の間でやりとりされるのか……ということを検証したのです。

検証し、不具合があれば修正する。そして次の検証を行い、不具合があれば修正する。このように小さなPDCAを高速で回し続けることで、プロジェクトは完成形に近づくのです。

代引き払い機能の導入に関しては、アイデアの着想からサイト上での運用開始までに要した時間は、5カ月ほどです。検討・決定しなければならなかった要素の数を振り返ると、われながら驚くほどのスピード感です。そしてなにより重要なのは、関わってくれた仲間全員が、このスピード感で仕事を進めてくれたことです。

これほどのスピードで進めることに対して、なぜ全員が恐れや抵抗感なく行えるのでしょうか。それは、アマゾンが掲げる「リーダーシップ理念」に秘密があります。アマゾンには14カ条からなるリーダーシップ理念「OLP(Our Leadership Principles)」があります。OLPは部下を持つリーダーだけでなく、全社員が対象です。

OLPの第9条に「Bias for Action(とにかく行動する)」という一文があります。「行動する? 行動しない?」で迷うのではなく、「行動あるのみ!」と言っているわけです。そして補足の解説文できちんと「やり直すこともできる」と述べています。そして、「計算されたリスクをとることも大切」と背中を押しているのです。このような行動理念があるからこそ、アマゾンの社員たちは安心して行動を開始し、かつ行動し続けられるのです。

■複数の糸口をイメージして行動する

また、新しいサービスやプロジェクトの検証を重ねるうえで重要なのは「柔軟な発想」です。問題や課題にぶつかったとき、より多くの解決策を導き出し、そのなかから最善を選択する必要があります。

わかりやすく説明するために、ここでクイズです。「あなたが知っている市区町村の、トイレの便器の総数は、だいたいどのくらいだと思いますか?」

このクイズを聞いたほとんどの人は、「人口」をベースに算出します。ではさらに続けて、「では、人口以外の数字をもとにトイレの便器の総数を算出してもらえますか?」と聞かれたらどうでしょうか? このときに浮かぶ切り口がどれだけあるかが、自分の頭の柔軟性が問われるのです。もっとも簡単なのは、「トイレを頭に思い浮かべたときに出てくるもの」を切り口にする方法です。

例えば、トイレットペーパーの消費量。年間ないし月間どれくらい使われているかがわかれば、その数字をもとに便器の総数を算出できるかもしれません。あるいは、トイレで使われている水の量がわかれば、その数字も使えるかもしれません。

■切り口をたくさん思いつけるかどうか

私は、アマゾン在職中に数千人単位の採用面接に立ち会ってきました。その際、「この人は柔軟な発想ができる人だなあ」と感じた人は、入社後に活躍する確率が高いのです。一方で「そんなにたくさんの切り口が必要か?」と訝る人もいます。自分の成功体験に自信を持っている人に見られる傾向です。このような傾向のある人は、すぐに立ちゆかなくなるのが目に見えています。

どんなに困難な状況に陥っても、歩みを止めない。それがスピードを保つ秘訣の1つです。そのためには、目の前の課題に対してさまざまな切り口を見出し打開していく、しなやかな頭が必要なのです。

----------

佐藤将之(さとう・まさゆき)
企業成長支援アドバイザー
セガ・エンタープライゼスを経て、アマゾンジャパンの立ち上げメンバーとして2000年7月に入社。オペレーション部門のディレクターとして国内最大級の物流ネットワークの発展に寄与する。2016年退社。現在は、経営コンサルタントとして企業の成長支援を中心に活動中。

----------

(企業成長支援アドバイザー 佐藤 将之 写真=iStock.com)