これからビジネスマンはどう変わるべきか。「プレジデント」(2018年4月30日号)では、特集「いる社員、いらない社員」で、大企業のトップ29人に「人材論」を聞いた。今回は、NECの遠藤信博代表取締役会長のインタビューをお届けしよう――。

■イノベーションを起こすのは、AI(技術)ではなく人間

AI人材を2020年までに1000人規模にすると発表するなど、日本のAI技術の開発、活用を先導しようと意欲に燃えるNEC。中期経営計画でも、AI技術を活かしたセーフティ事業に重点を置き、サービス型ビジネスへの転換を目指す。これからAIへの対応が本格化する中、会社をどう変え、どのような人材を育成しようとしているのか。同社の遠藤信博会長に話を聞いた。

──今後AI化が進む一方、これから生き残っていくために必要な人材の条件とは何でしょうか。

AI時代を迎える中、生き残るための条件とは、まず「価値を受け取れる力」だと考えています。価値を受け取れる力とは、自分の外にある価値をしっかりと理解して受け容れられる能力のことです。もっとわかりやすく言えば、結婚したときに、パートナーがつくる味噌汁の味を受け容れられる力があるかどうか。味噌汁はその人が生きてきた文化であり、結婚生活を円満に送るには自分とは異なる文化を受け容れられる力が必要です。最近流行のダイバーシティも同じこと。そもそも個というものを尊重する力がなければ、個を活かすこともできないのです。

そしてもう1つ必要な力が「価値を創り上げる力」です。価値を創るには、考え抜く力が必要になってきます。それは本質に近づく力でもある。事の本質に近づかないかぎり、本当に価値あるものは生み出せないのです。

──ビジネスで本質に近づくとは、どういったことなのでしょうか。

我々は通常、新しいビジネスを始める際に市場の様々なニーズを探ろうとしますが、その内側にある、本質的な欲求を見逃してはなりません。本質的な欲求に近づけば近づくほどビジネスの需要は増えていき、その欲求に最も近づいたとき爆発的に需要は伸びるのです。私はこの状態をイノベーションと呼んでいます。

勘違いしてほしくないのは、イノベーションは人間が起こしているのであり、技術が起こしているわけではないということ。だからこそ、AI時代になっても、人間の価値自体は変わらないと考えています。

■頭で理解した後は、ディベートが一番

──新しい価値を生み出すために、どのようなリーダーが必要でしょうか。

リーダーには、自分で手を出さなくても、価値を生み出す能力が必要です。上に上がれば上がるほど、見なければならない範囲は広がっていきます。だからこそ、組織を動かすには、問題に対する本質的な言葉が重要になってくるのです。

──そうしたリーダーにどんなマネジメント力を求めていますか。

例えば、マネジメントには「監督する」というイメージがありますが、辞書を引くと意味の1つとして「やりくりする」とあります。どんなに辛いことがあっても、どんなに状態や条件が変わっても、方向性を変えずにやりくりして、答えを出すことが、本当のマネジメントの意味なのです。それが上に立つ者に求められるマネジメント力だと考えています。

──会長自身がマネジメントを意識するようになったのは、いつですか。

私は事業部長になってから、マネジメントを意識するようになりました。事業部長になると、プロジェクトの実務に関われません。「事業部長として何をすればいいんだ」と困り、考えた末に辿りついたのが、「強い意志と柔らかい心」です。強い意志がなければ、価値を創り上げることはできません。例えば、お客様のところに話を聞きに行ったとき、価値を創って貢献したいという強い意志があれば、質問する内容も変わってくるはずです。それが結果として、ライバルとの大きな差を生むのです。「意志あるところに道あり」という言葉があるように、結局、意志がなければ価値は創り込めません。強い意志を持っていろいろなことに当たる。それが「価値を創り上げる力」につながっていくのです。

一方、「柔らかい心」とは、感動するくらいの心の余裕を持つということです。それは感受性と言ってもいい。例えば、花を見て「なんて美しい花なんだろう!」と心の底から感動できるかどうか。そうした感受性を持つことが「価値を受け取れる力」につながっていくのです。いわば、自分で価値を受け取れる能力があればこそ、価値を創り上げる能力も高めていくことができるのです。

──社内勉強会では会長自身が先頭に立って人材教育に当たられていますが、そうした場で重視されていることとは何でしょうか。

人材教育では頭で理解した後に腹落ちする段階が必要です。頭で理解しても、実際に行動しなければ深い理解は得られません。これはものすごく難しくて、時間もかかる。ただ、早く腹落ちさせるためにいい方法があります。それはディベートをすることです。実は、会議で反対意見を述べる人ほど納得するのも早いのです。反対するということは、それだけ強い興味を持っているということ。説得されて物の見方が変われば、途端に自分のやるべきことを意識するようになるのです。

■100年後の会社に対して、我々が今できること

──そうした積み重ねが、結果として、会社を変えていくことにつながるということでしょうか。

企業にとって大切なことは継続性です。そこには2つの意味合いがあります。1つは継続的に価値を提供できる能力を持つこと、もう1つは社会の中で価値を提供できる場を社員に提供し続けることです。そうした継続性において、会社に唯一残るものは文化です。100年後の会社に対して、我々が今できることはよりいい文化を創り上げることしかありません。100年先を見据えた継続性を維持するには、常にお客様にとって価値あるものを生み出さなければならない。我々の仕事で大事なことは、単に「売る」という行為ではなく、「NECの価値を買っていただく」という行為なのです。

そのためには顧客満足度に絶対的な責任を持たなければなりません。そうした姿勢こそが、新しい価値を生み出すことにつながっていく。それには社員全員で取り組まなければならない。それが1人ではできない大きな価値を生み出す会社の存在意義だと考えています。

▼QUESTION
1 生年月日、出生地
1953年11月8日、神奈川県
2 出身高校、出身大学学部
神奈川県立平塚江南高等学校、東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了
3 座右の銘
傾聴
4 最近読んだ本
『アダム・スミス 自由主義とは何か』水田 洋
5 尊敬する人
人間社会に貢献される努力をされている方々すべて
6 私の健康法
おしゃべり、笑う、歩く

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遠藤信博(えんどう・のぶひろ)
NEC 代表取締役会長
1981年NEC入社。モバイルワイヤレス事業部長、執行役員兼モバイルネットワーク事業本部長などを経て、2009年、取締役執行役員常務。10年、代表取締役執行役員社長に就任。最年少取締役から15人抜きでの抜擢が話題となる。16年4月より現職。

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(NEC 代表取締役会長 遠藤 信博 構成=國貞文隆 撮影=門間新弥)