東急の券売機。多機能ながら稼働率は決して高くない(撮影:尾形文繁)

鉄道系ICカードの普及で低下の一途をたどる駅の券売機の稼働率を何とかして改善したい――。Suicaのサービス開始から遅れること6年、2007年3月にPASMOがサービスを開始してから早くも11年。当初は各地域単位でしか利用できなかった鉄道系ICカードの相互利用も普及が進み、今では一部の地方交通機関を除けば、全国どこへ行っても、大概の交通機関は手持ちのICカードで乗り降りできる。


東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。

結果、大都市圏で券売機で乗車券を購入する機会はほぼなくなり、券売機はチャージや定期購入の際にしか使わなくなった人が大半だろう。

どうすれば券売機を利用してもらえるか。思案の末、東急電鉄が出した結論は、日本初の「駅の券売機で預金を下ろせるキャッシュアウトサービス」。今年度内に実証実験を始め、来春のサービス開始を目指す。

既設のQRコード読み取り機を活用

対象となる駅は、世田谷線とこどもの国線を除く東急線の全駅。使い方は簡単で、スマホで専用のアプリを立ち上げ、暗証番号や金額など必要な入力をするとQRコードがメールで送られてくるので、そのQRコードを券売機の読み取り部分にかざすことで、現金を引き出せる。

普段はほとんど意識していない人が大半だと思うが、東急の券売機には、全線317台すべてに小銭投入口の下にQRコードの読み取り機がついている。新たに定期券を購入する人が増える4月は券売機が混雑するので、あらかじめインターネット上で必要情報を登録して予約した人にQRコードを発行、券売機にQRコードをかざして代金を投入すれば発券されるようにし、発券時間を短縮しているのだ。

預金引き出しサービスもこのサービスを応用したもので、システム開発などソフト面での投資は発生するが、このために券売機を刷新する必要はない。銀行やコンビニのATMでは、ATMの前に立ってから暗証番号や金額の入力をする必要があるが、あらかじめQRコードの発行を受けてから券売機に並んでもらう前提なので、本来の目的で券売機を使う人の利用への影響は最小限度に抑えられる。手数料はこれから詰めるが、コンビニなみの水準を想定している。

もっとも、メガバンクはもちろん、地銀から信金、信組に至るまで、大抵の金融機関の預金を下ろせる銀行やコンビニのATMとは違い、利用できるのは横浜銀行、もしくはゆうちょ銀行に預金口座を持っている人のみ。メガ3行は対象外だ。

機能も引き出しのみで、コンビニのATMとは異なり、預け入れや振り込みなどはできない。というのも、このサービスはGMOペイメントゲートウェイが開発した、スマホ版デビットカード「銀行Pay」の技術を使っているからだ。


券売機の右側にはQRコード読み取り機が設置されている(撮影:尾形文繁)

銀行Payは、食事や買い物をした際、手持ちの現金がなくても預金口座から直接決済できるデビットカードの機能を、アプリを使ってスマホ上で使えるようにしたサービスで、横浜銀行が先陣を切って「はまPay」の名称で昨年7月に導入。福岡フィナンシャルグループ3行も「YOKA! Pay」の名称で、福岡銀行が今年3月、熊本銀行と親和銀行が今年7月に導入済み。りそなグループ3行は今秋、ゆうちょ銀行も来年2月にサービス開始を予定している。逆にいえば、今後サービスの対象となる銀行が拡大されるにしても、それは銀行Pay導入予定金融機関に限られるということになる。

東急線の利用者で、福岡フィナンシャルグループ3行やりそなグループの埼玉りそな銀行や近畿大阪銀行に預金口座を持っている人はごく少数だろうから、いまのところ、横浜銀行とゆうちょ銀行以外の銀行口座への拡大余地はりそな銀行1行だけ。今後対象銀行をどの程度拡大できるかは、GMOの営業力次第と言える。

昨年の制度改正で委託先要件を緩和

東急の今回の試みは、預金引き出し業務のみとはいえ、銀行以外の一般事業会社が銀行業務を手がけることにほかならない。

銀行が自らの業務を銀行以外の事業者に代理させることは厳しく規制されてきた。2006年4月1日施行の改正銀行法によって、銀行代理業制度が創設され、一般事業会社でも銀行を代理することが制度上は可能になった。

だが、銀行を代理できる事業者は金融庁の許可を得た事業者に限られ、その許可要件も銀行勤務経験者の配置義務があるなど厳しく、許可を受けている事業者数は今年3月末時点で全国合計でもわずか62。それも保険会社、証券会社、クレジット会社など銀行のグループ内企業が大半だ。

もっとも、預金の払い出し業務を銀行以外の事業者が行う行為については、実務上は銀行を代理する行為ではなく、事務の外部委託として扱われ、銀行代理業の許可を受けていない事業者にも委託できる制度になってはいた。

しかし、銀行を代理する行為ではないという点について、法的な裏づけが不明確だったため、制度上は委託できる対象を銀行以外では証券会社やクレジット会社などに限定。なおかつ現実には委託自体ほとんどされてこなかった。

普段意識することはほとんどないが、コンビニやドラッグストアに、当たり前のように設置されているATMは実は銀行のATMだ。セブン-イレブンの店舗にあるのはセブン銀行のATMだし、イオンやウエルシアなどイオングループのドラッグストアの店舗内にあるのはイオン銀行のATM。

ローソン店内のローソンATMや、ファミリーマート店内のイーネットのATMなどは、一見すると銀行ATMに見えないが、実際は各銀行の共同ATMで、ATMごとに管理銀行が定められている。運営主体はあくまで銀行であって、銀行はコンビニに業務を委託しているわけではなく、コンビニは単に場所を提供しているにすぎない。

だが、駅の券売機の運営主体は鉄道会社。今回のサービスが可能になったのは、昨年4月に制度改訂があったからだ。

金融庁の「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」が、2015年12月22日に提出した報告書で、法的にも規定すべきと提言。実務上の調整を経て、昨年4月1日施行の銀行法施行規則改訂で、預金の払い出し業務を、「銀行を代理する行為」ではなく「事務の外部委託」とし、なおかつ委託できる範囲を大幅に緩和。業務遂行能力や顧客情報の管理能力など、一定の要件を満たしていると銀行自身が判断した事業者に委託できるようになった。従って、東急は横浜銀行とゆうちょ銀行から委託を受けることができれば、当該サービスに参入できる。

ちなみに、JR東日本の各駅に設置されているATM「VIEW ALTTE」は制度改正以前から預金払い出しが可能だったが、これは(株)ビューカードというクレジットカード会社に、銀行が預金払い出し業務を委託したものであって、JR東日本という鉄道会社に委託したものではない。

収益追求は二の次

昨年の規則改正は、ATMの設置台数が少なくコンビニもない過疎地の高齢者が、スーパーのレジや病院の自動精算機などで現金が引き出せるサービスを想定していたが、八丈島では観光客の利便性向上を目的に、空港ターミナルビルやホテル、スーパー、タクシーの車内などで現金が引き出せるサービスが始まっている。


左から、ゆうちょ銀行の村島正浩専務執行役、東急電鉄の高橋和夫社長、横浜銀行の前迫静美常務執行役員、GMOペイメントゲートウェイの相浦一成社長(撮影:尾形文繁)

一方、首都圏のど真ん中を走る東急の沿線には多くの銀行ATMとコンビニがあり、横浜銀行とゆうちょ銀行の預金引き出しのみの機能がどの程度利用されるかは未知数だ。その点は東急自身も自覚しており、キャッシュアウトサービスで収益を取りにいくというスタンスではない。「稼働率が低下している券売機で、少しでも利用者の利便性向上を図れるのなら、という発想。収益が少しでも得られれば券売機の維持コストをまかなうことができるとはいえ、それは二次的な目的」と東急の広報担当者は説明する。

将来的には他の鉄道会社への拡大にも一応言及しているものの、JRにはすでにVIEW ALTTEがあり、導入される可能性はほぼない。となると、対象は私鉄に限られるが、「券売機にQRコードの読み取り機能を搭載している鉄道会社はごく少数。具体的な利用方法を提案し、メリットを感じていただいて、券売機の更新時期に合わせて導入を検討していただきたいと考えている」(同)という。東急の券売機の現金引き出しサービスが券売機活用の決定打となるか。多くの鉄道会社が東急の試みに注目している。