■入学の1年以上前から準備が必要

来年4月に必要となる、小学1年生のランドセル。いつまでに準備すればいいか、ご存じだろうか。

ランドセル商戦は年々早まっており、早いところでは今年1月からカタログを公開している。つまり入学の1年以上も前から、準備をしなければいけないのだ。しかも価格はかなり高い。平均価格は4万円を超え、人気ブランドでは7万円台にまで上昇している。この過熱ぶりから、「ラン活(ランドセル活動)」という言葉も登場した。

いったい何が起きているのか。今回は人気メーカーである土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)に話を聞いた。過熱する商戦と消費者意識を探ってみたい。

■10年前の動き出しは「3カ月前」だった

「当社は1965年の創業時から、職人の手仕事でランドセルをつくっています。長年、家族経営の小さな会社でしたが、2000年以降はランドセルの需要増に伴い、事業が拡大。若手・中堅社員も増え、2015年に長野県に軽井澤工房、2017年には佐久工房を設立しました」

土屋鞄・広報担当の前田由夏さんと三角茜さんは、こう口をそろえる。話を聞いたのは、東京都足立区の本社だ。ここはランドセルの展示・販売と職人が作業する工房も兼ねている。店舗から工房での作業姿を確認することができ、いわば「製造の見える化」といえる。

「10年ほど前まで、ランドセルの購買需要は、その年の1月頃、つまり入学の3カ月前から動き出すのが普通でした。ところが5年ほど前から前年の8月頃に早まり、そして数年前からは入学1年前の前年4月頃となっています。私たちもそれに合わせて販売スケジュールを前倒ししているのが現状です」

土屋鞄では2019年入学用のランドセルについて、今年1月10日からカタログ請求受付を始めている。そして3月29日に商品の全ラインナップを公式サイトで発表。4月18日から店舗とオンラインショップで同時に注文受付を開始した。このスケジュールになった背景には、2016年の“事件”の影響がある。

■2016年に起きた「ラン活」の“事件”

2016年7月1日、公式サイトで「2017年入学用のランドセル受注」を開始したところ、アクセスが殺到し、グーグルの急上昇ワード2位に「土屋鞄」が入った。12時間で約350万のアクセスがあり、サイトはつながらず、電話も殺到した。

この反省から受け入れ態勢を見直した。2019年入学用では、今年5月15日までに申し込めば、希望商品を製作する(約1カ月は販売終了にしない)という措置をとった。一部の商品に人気が集中して、「買えた」「買えなかった」の不公平を是正するためだ。

■10年で売れ筋価格は2倍に上昇

「ラン活」の事情がわからない読者は、一度、小売店のランドセル売り場をのぞいてみてほしい。「こんなに高かったかな?」という感覚を持つはずだ。業界団体の「日本鞄協会 ランドセル工業会」によれば、近年「ランドセル価格」は上昇中だ。1984年に「2万2000円」で、2007年まで2万円台だったが、その後ジワジワと上昇。直近データである2014年には4万2400円まで上がっている。また同団体の2018年のアンケート調査では、平均購入金額は5万1300円だったという。

この傾向は、人気ブランドの土屋鞄でも同じだ。平均販売価格は、10年前に比べて2倍近くになった。原材料費の高騰の影響もあるが、「高くてもいいものがほしい」という需要が強まったことがうかがえる。

・2000年〜2005年 「3万円台」中心
・2006年〜2009年 「4万円台」中心
・2010年〜2012年 「5万円台」中心
・2013年〜2015年 「6万円台」中心
・2016年〜現在 「7万円台」中心
※土屋鞄がメインで販売する「牛革」素材モデルの平均価格(同社調べ)

■「男子は黒」「女子は赤」という時代から様変わり

冒頭で「消費者意識」と記したが、ランドセルの購入者は保護者だ。その保護者の数も増えた。現在は少子化の影響で、子ども用の消費財は「財布が6つある」と言う。父親・母親と双方の祖父・祖母という意味だ。祖父母が孫に贈る場合だけでなく、みんなで資金を出して買う場合もあるだろう。そうなれば、「高くてもいいものがほしい」となりやすい。

制服とは違い、ランドセルは身体の成長にも対応できる。一般に児童は小学生時代に平均30センチ成長すると言われており、各メーカーとも成長に合わせて肩ベルトの長さが調節できるようにしている。土屋鞄では8段階調節となっている。

また色は、「男子は黒」「女子は赤」という時代から様変わりした。素材も色も多種多彩だ。土屋鞄では、素材は、牛革、コードバン、クラリーノ・エフ、ヌメ革などから選べる。色は定番色以外にも、ディープブルー、チャコールグレー、マロン、キャメル、ラズベリーピンク、ラベンダー、ピスタチオグリーンなどがある。2019年用は全56種類で、入学後に使う色鉛筆やクレヨンの色数よりも多い。好みの色は、使う児童の意向も優先されそうだ。

■職人技が評価されて「高くても売れる」に

そもそもなぜ、土屋鞄のランドセルがここまで人気になったのだろうか。結論をいえば、地道なモノづくりの姿勢が評価された結果といえる。

同社は創業以来、「日本の職人の手作りによる革製のカバン」が信条だ。創業者・土屋國男氏の思いが反映されており、近年は通勤カバンや、財布や定期入れなどの革小物も手がけ、こちらの評価も高い。創業50年目の2015年からは「OTONA RANDSEL」(大人ランドセル)という商品も出している。10万円(税込み)という高価格だが大人気となり、発売直後に完売することも多い。こちらは大人が通勤に使うリュック型のカバンだ。

土屋鞄の商品は、高価格だが、品質も高い。子ども用ランドセルの場合、背中のクッション材には、弾力性の違う2つのウレタンを採用。肩ベルトなど負担のかかる箇所は、太い糸を用いて手縫いで強化している。完成まで300以上の工程をかけるという。

■「A4フラットファイル」が入るようにデザインを改善

少し引いた視点で考えてみよう。土屋鞄のランドセルは、上質な素材やデザイン性、色味の豊富さなど、その高い「ファッション性」が支持されている。

一方、使い勝手はどうだろう。満足する声が多いが、実は競合に比べて、土屋鞄のランドセルは横幅が約1センチ小さかった。そのため小学生がよく使う「市販のA4フラットファイルが入りにくい」と言われていた。それが2019年版からデザインを変更。これが入るように改善した。

小学生も高学年になると荷物が増え、ランドセルに入り切らない荷物は手提げ袋などで対応する。とはいえ、できるだけ背中に背負えたほうが楽だろう。一方、保護者側は、型崩れすることなく、きれいな箱型で6年間使ってほしい。

現在の小学生の消費者視点はあなどれない。特に成長が早い児童は、高学年になると、ランドセルを背負う行為への意識が変わる。こうした時でも使えるカッコよさが大切だ。伝統のあるデザインを変更してでも、消費者ニーズに寄り添う。土屋鞄の強さは、こうした柔軟性にもありそうだ。

■「価格破壊」が起きたとき、土屋鞄は生き残れるか

中期的な視点では、現在の「ラン活」の過熱ぶりは、どこかで落ち着きを取り戻すだろう。その時、どのような形で「価格破壊」が起きるのかが気になるところだ。

たとえば、新社会人や新成人が着るスーツ業界では、20年以上前にこの現象が起きた。「洋服の青山」(青山商事)などの量販店から、格安スーツが生まれたのだ。その結果生じた「価格破壊」は、1994年の「新語・流行語大賞(トップテン入賞)」に選ばれた。これ以降、価格全体も下がり、現在も90年代前半より「一定の良質なスーツ」の価格は数万円安い。

年々価格が上がるランドセルに、この現象が起きないとは限らない。そのとき、土屋鞄のようなメーカーはどう対応すべきだろうか。

筆者は「納得価格を高める努力」だと考える。土屋鞄のランドセルは人気だが、「転売などの深刻な問題は認識していない」(広報担当・三角さん)という。それはすべての商品を直営店で販売するからだろう。特別な事情がなければ、複数個の注文は受けておらず、その理由は「一人でも多くのお客さまにランドセルをお届けする」ためだ。また6年間の修理保証がついており、使用上問題のない汚れや落書きを除けば、無料で直してもらえる。

こうした取り組みを続ける一方で、細部の使い勝手も改善していく。それこそが、ブームが去った後にも残る「ファン」を育てる近道だと思う。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト 高井 尚之 撮影=プレジデントオンライン編集部)