LINEの元社長で、現在はC CHANNEL社長の森川亮氏が、積極的に運営にかかわる会員限定の勉強会がある。参加者は「海外でのビジネス展開を目指している」という日本人経営者たち。多忙にもかかわらず、なぜ他社のために時間を割くのか。森川氏は「このままでは日本は危ないという危機感があった」と話す――。(後編、全2回)/聞き手=三宅玲子

■テーマは「日本勢が海外で結果を出す方法」

夕刻、「C CHANNEL」のラウンジに、10人弱の経営者が集まっていた。旅行会社、ゲーム会社、人材紹介会社、建築設計事務所など業種はさまざま。その共通点は「海外でのビジネス展開を目指している」ということだ。

CEOの森川亮は、集まった経営者に対して、LINEの社長として経験した海外ビジネスの経験を穏やかな口ぶりで語っていた。

そこへ、ゲーム開発会社・gumiの社長、國光宏尚が問いをはさむ。「(家を借りずに)ホテル住まいから現地でビジネスを始めたのは、とりあえず行ってみようということ?」。

森川はこう応じる。「そうですね。とりあえず行ってみて、現地でマーケティングをしながら進めてみるという感じでしたね。西澤さん(西澤亮一・ネオキャリア社長)はどうでしたか?」。

森川が別の参加者に意見を求めると、議論は「日本勢が海外で結果を出す方法」というテーマで、どんどん加速していった――。

■日本人起業家たちが情報交換するプラットフォーム

5月初旬、WAOJE東京支部の定例勉強会の初回のことである。WAOJE(World Association of Overseas Japanese Entrepreneurs、ワオージェ)とは、海外ビジネスに携わる日本人起業家たちが実践的な情報交換や連携をするためのプラットフォームだ。発足は2017年で、現在、東アジア、東南アジア、オセアニアなど、海外11都市、国内9都市に支部がある。

建築家の迫慶一郎を支部長とする東京支部が4月に発会するにあたり、森川は副支部長を引き受けた。活動の柱のひとつは「勉強会」だ。そして初回の講師として、この日、森川は自らマイクを握った。

森川はLINEのCEOとして、2007年から極めて広範な海外交渉を手がけた。アジア各国をはじめ、ロシア、ドイツ、フランス、スペインなどの欧州、ペルーやインドにも展開した。

また2015年にLINEを退職して立ち上げた女性向け動画メディア「C CHANNEL」は、早くもアジア10カ国で展開中である。

経営で気が休まらず時間を刻むようにして働く森川が、他社の海外展開を助けることにもなるWAOJE東京の副支部長を引き受けたのは、どういう思いからだったのか。本人に聞いた。

■世界で成功した「先輩」の事例が少ない

森川:WAOJE東京支部のアイコンを引き受けた理由はふたつあります。ひとつは、若い世代の起業家たちに向けた場をつくることです。このまま日本にいても成長しないから世界に出ていかないといけないよねという若い人が増えています。でも世界で成功した先輩の事例が少ないのでどうしたらいいかわからないと。僕らの会では海外展開をしている起業家がメンバーなので、海外に出たい人にとってはプラスになると思います。

ふたつめは、具体的に現地で助け合うネットワークをつくることです。例えば、現地法人を解散する時に人材を引き受け合うとかいうことも、関係次第では可能になるでしょう。あるいは、現地のトップマネジメントを探すコネクションもシェアできるかもしれません。

■レベルの高い経営者に入会してもらった

――勉強会は冒頭から実践的なセッションでした。

森川:國光さんをはじめ、最初にメンバーになってもらった人たちは、レベルの高い経営者を僕が誘って入会してもらいました。高いレベルの会にしたいと考えてのことです。

僕らはWAOJEを単に学ぶ場所ではなく、ビジネスに生かせる場所にしたいと考えています。第1回の勉強会では、質疑が議論に展開する中で、 マネジメントのスタイルなどほかの方たちからなるほどと思うやり方を聞くことができて、講師役の僕にとっても刺激になる議論でした。

――多忙な森川さんですが、こうした会を運営することのパフォーマンスをどうとらえていますか?

森川:そこでしか聞けない話があることが重要だと考えています。

一般的な話や成功談は本を読めばわかりますが、失敗した話は会社の評価に影響するのでなかなか口外できません。でも失敗した話にこそ意味があるわけで、こぢんまりとした少人数のコミュニティで、ここでしか話せない経験を共有できるのは、貴重な学びになります。

■中国市場をとらない限り、海外で勝ったとは言えない

――特に中国事業に関する議論が盛り上がりました。

森川:メンバーの中にも、中国事業からは撤退した人や、中国で18年戦っていてもなお難しいと言う人もいます。でも、今後数十年は、アジアが世界経済の中心になるわけで、その中でも最大規模の中国市場をとらない限り、海外で勝ったとは言えません。「C CHANNEL」は、5月に中国の投資会社から投資を受けることを発表しました。中国で戦うためには、中国人と仲間にならないとダメだと、LINE時代を含めた中国ビジネスで学んだので、投資を受けて逆に投資会社が出資しているEコマースの会社や広告会社とも連携することなどを計画しています。

変化が激しい市場では、野球ではなく、組織を変化に耐えられる組織にするかも大事です。野球型かサッカー型かで考えると、日本の組織は野球型が多いというのが僕の考えです。野球は打順やポジションが決まっていて、意思決定にも時間的なゆとりがある。一方、アジアのITビジネスは、カウンターで一気に攻め込んだり、局地戦で戦ったりと、変化のスピードが速いサッカー型だと思います。

同じくアジアで戦うベンチャー経営者同士だと、そういった感覚を共有できることも実感しました。

■海外で結果を出した人の言葉を受け止めるべき

――WAOJE東京の毎月の勉強会は、第2回(6月)は羽田空港株式会社の副社長に就任した大西洋氏(元三越伊勢丹社長)、第3回(7月)は日産の志賀俊之氏(元COO・代表取締役)など、大企業のトップ経験者で、なおかつ海外ビジネスの現場を熟知する方を招聘しています。なぜでしょう?

森川:ふたつ理由があります。ひとつは、われわれの先を歩いた先輩で海外に投資をして結果を出した方たちの言葉をちゃんと受け止めないといけないと思います。海外事業を一から立ち上げた人の思いや、政府とどんな交渉をしたか、どんな言葉を語ったのかなど、直接聞くことは、われわれ起業家にとってプラスになるだろうと思います。

もうひとつは、海外で起業している人たちの中に、発想や規模がいわゆる中小企業の域にとどまっている人がいるからです。グローバルに市場をとらえるとはどういうことなのか、大企業のトップとの戦い方、発想の仕方などに触れてほしいなと思います。

■勉強会で終わらせるつもりはない

――最終的にWAOJEは、なにをめざすのでしょうか?

森川:知り合いと友達の違いとは何なのかと考えると、知り合いレベルでは助け合うことはありません。友達なら、助け合いますね。

僕はWAOJEを勉強会で終わらせるつもりはありません。新しいムーブメントをつくれるようなパワーにしたいと考えています。そのためにも、会員同士、単なる顔見知りではなくいっしょに闘う仲間になりたいです。だから、勉強会のあとにはみんなでごはんも食べてお酒を飲んで、本音でつき合います。泥臭いようですが、そういうことが実は意外に大事じゃないかなと思います。

僕は、日本人が世界で活躍できるひとつの手段は「起業」だと考えています。でも、実際には僕も経験していますが、同じサービスでも国や地域などにより受け入れられるところもあれば、うまくいかないところもあります。海外での苦戦も、ネットワークで乗り越えられることだって今後はあり得ます。

「起業」をめざす人たちが海外で活躍するためには、情報の共有や協力など、横のつながりは極めて重要です。その横のつながりをつくるひとりひとりの関係性は、単なる知り合いレベルではなくて、一緒に闘う仲間でなくてはダメなんです。WAOJEが、海外をビジネスの場とする起業家たちのプラットフォームになればいいと考えています。

----------

森川 亮(もりかわ・あきら)
C Channel社長
1967年、神奈川県生まれ。89年、筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属され、ネット広告、映像配信、モバイルなどの新規事業立ち上げに携わる。MBAを取得後、2000年にソニー入社。03年にハンゲーム・ジャパン(現LINE)入社。07年、同社代表取締役社長に就任。15年3月、同社代表取締役社長を退任し、顧問に就任。同年4月より動画メディアを運営するC Channel代表取締役社長。 三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
1967年熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜2014年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BilionBeats」運営。

----------

(C Channel社長 森川 亮、ノンフィクションライター 三宅 玲子 撮影=門間新弥)