北京の小学校に夕方に行くと、異様な人だかりが…(撮影:中島恵)

平日の午後3時過ぎ――。ある“情報”を聞きつけて、北京市北部、中関村という地区にある小学校の校門に行くと、すでに黒山の人だかりができていた。かき分けて前に進んでみると、赤い規制線のようなロープが張られ、校門の前に空間ができていた。

子どもの送迎は「当たり前」

少しすると、校門から数人ずつ出てきた低学年の子どもたちが、ロープの向こう側にいる大人たちのもとに駆け寄っていく姿が目に飛び込んできた。よく見ると、祖父母と思われる50〜70代くらいの男女や、母親のような女性、家政婦らしき人、塾のアルバイトと思われるプラカードを持った20代も立っている。彼らは子どもと一緒に少し歩いて、近くに停めてある車に乗り込んだり、プラカードを持った人と数人で道路を渡り、どこかに向かって歩き出した。

“情報”とは登下校時の送迎のことだ。日本でも一部の私立学校や、遠方の学校に子どもを通わせる場合、親が送迎することがあるが、全員ではないし、公立小学校に通う小学生ならば、基本的に子どもだけで登校する。しかし、中国では、都市部でも地方でも、子どもの送迎は、ほぼ保護者が行うのが当たり前だ。誘拐事件が起こる可能性があることや、勉強で大変な子どもの負担を少しでも軽くしてあげたい(行き帰りの際、カバンは保護者が持ってあげる)などの理由があるからだ。

さすがに高校生になると、送迎はかなり減ってくるが、中国では子どもの通学や教育に保護者が深くかかわっている。そうした話は私も数年前から知っていたのだが、これまで小学校の下校時間に立ち会う機会がたまたまなかった。北京に住む友人からの「校門前に並ぶプラカードを見るだけでも、きっと面白いですよ」という話を頼りに、この小学校に出掛けたのだ。

校門前にいくつも掲げられていたプラカードには、こんな言葉が書いてあった。


子どものカバンを持ってあげる親が大半だった(撮影:中島恵)

「書道、美術、篆刻(てんこく)学生募集中。いつでも入学できます」

「デッサン、絵画、毛筆、ピアノ、バイオリン、水泳、英語、数学、教えます」

まるで旅行の添乗員のように、塾の名前が書かれた旗を目印に高く掲げている人もいた。付近を観察して歩いていると、丈夫な布でできたナップサックやハデな手提げ袋を次々と手渡された。袋には塾の名前と住所、電話番号、QRコードなどの広告が印刷されてあり、販促物として、毎日のように保護者に無料で配布されているようだった。興味本位で2〜3個もらってみたところ、袋の中には宣伝のチラシが入っていた。

学校帰りに塾に直行することは、もちろん日本でも珍しくない。だが、中国の場合、学校から塾(あるいは習い事)に行く際、子どもだけで行くことはできず、保護者やアルバイトが同行しなければならない。危険の回避や、塾側にとってはサービスの一環だが、その塾代は年々高額になっている。

習い事の費用は1カ月当たり約7万円

習い事の種類も、前述したように幅広く、豊富だ。中国にも日本のような大手の学習塾はあるが(最も有名なのは「学而思」(シュエアースー)という大手塾チェーンで全国200都市に支部がある)、それ以外にも無数の小規模、大規模の学習塾や習い事の教室があり、その数は年々増え続けている。

北京市内で小学3年生の子どもを育てる30代半ばの女性、白さんに話を聞いてみた。

「うちの子は絵画と水泳、数学に通わせています。料金はそれぞれ少しずつ異なりますが、1つの科目につき年間で1万〜2万元(約17万円〜約34万円)。3つ通わせていますから、5万元(約85万円)以上はかかっていますね。友達も習わせていますから、うちだけ習わせないわけにはいかない。仕方がないですよね。習い事も競争のうちですから」

習い事の費用は1カ月当たり約7万円と、日本のかなり熱心な家庭並みにかけている。中国の賃金水準や物価と比較するとかなり高いといえる。

この女性は共働きで、夫は外資系の大手企業に勤務。経済的にゆとりがある家庭だ(中国では共働きが一般的)。さらに祖父母からの経済的支援もあり、「都市部では人並みの教育を受けさせているほう」というが、送迎は(そのために田舎からわざわざ出てきてもらって同居している)祖母にすべて任せている。

なぜ学習塾だけでなく、絵画と水泳も習わせているかと聞いてみると「どこに才能が隠れているかわかりませんし、子どもの可能性を少しでも広げてあげたい。私たちが子どもの頃は、親にそんなおカネがなかったから、やりたくてもできなかった。それに今は中学受験や高校受験の際、一芸に秀でていると受験に有利になるのです。そのために書道や絵画を習う子も多い。今どきは勉強一辺倒だけじゃだめなんです」という。

小学4年生と中学1年生の子どもを持つ30代後半の女性、馬さんにも話を聞いてみた。

馬さんは数年前まで地元の企業で働いていたが、今は専業主婦だ。夫は会社を経営しており、経済的には恵まれているが、白さんと同じく、子どものために金銭的、時間的にかなりのものを負担している。

昨今、都市部では、子どものハードな勉強を付きっきりで見てあげるためや、学校やPTAの活動をするために会社を辞めて専業主婦になる、という人が少なくないが、この女性もそうしたひとりだ。

毎朝5時に起床。この家庭では家政婦を雇っていないため、自分で家族の食事を作り、6時半に小学生と中学生の2人の子どもを車に乗せて学校に送っていく。小学生の子どもの下校時間(午後3時半)に合わせて2時半には再び家を出なければならないので「1日のうち、自分の自由になる時間はお昼前後の2時間半くらいしかない。夜も11時ごろまで2人の勉強を見てあげたり、家庭教師も週2日は家に来るので、とても忙しくて、会社に行って働いている場合ではないと思った」そうだ。

ちなみに、上の子の家庭教師代(数学)は1回2時間で600元(約1万円)。3年前、私が上海の名門・復旦大学の数学科の学生に家庭教師のアルバイト代を尋ねたところ、1時間500元(約8500円)と話していたので、この家庭の家庭教師代は高いほうではないかもしれない。

宿題に懸ける親のメンツ

いずれにしても、日本では、「そこまでして親が子どもの宿題を自ら見てあげる必要はない(子ども自身の責任)」、あるいは「見てあげたくても時間がないし、難しくてわからない」と思う人もいると思うが、中国では「子どもが宿題を完成していかなければ、親のメンツが立たない。恥ずかしい」と思う人が多い。それに、そもそも小中学校の宿題の量も、中国と日本では大きく異なり、日本に親戚が住んでいる中国人によると「比べ物にならない」そうだ。だから、どうしても手助けせざるをえないという。

馬さんの家庭では、幼稚園は英会話の先生がいる私立に通わせていたため、幼稚園代だけで年間1人6万元(約100万円)もの費用がかかった。公立の幼稚園ならばその3分の1以下で済むが、「将来、子どもが海外に留学する可能性を考えて」その高額な園を選択したという。2人の子どもは小学校入学以来、ずっと英語の塾に通っており、たまに3連休があっても「子どもが塾を休めるのは1日だけ。送迎のために車は夫と私の2台買いました」というほどだ。

しかし、そうした努力のかいあって、上の子どもは昨年、市内の有名中学に合格した。東京でいえば富裕層が多く住む山の手地区にある中学だそうで、その女性は「今年、ヨーロッパの高校から訪問団が学校に来た際は、うちの子どもが学校の代表に選ばれて英語の通訳をしたんです」と、とてもうれしそうだった。

馬さんが目下、最も力を入れているのは中学のPTAの役員としての“仕事”だ。

日本ではPTAの役員を積極的に引き受けたい、と思っている保護者は、そう多くはいないのではないだろうか。母親もフルタイムで働いていれば物理的に時間が取れないし、クラスの父兄や先生など大勢の人に気を使わなければならないPTAの役員になることは、「面倒だから避けたい」「神経を使うから嫌だ」と思っている人のほうが多いかもしれない。

だが、中国では180度、状況が異なる。PTAの役員になることは、まず保護者自身にとって名誉で、周囲にも自慢できること。そして、「うちの子どもが先生から特別に目をかけてもらえるチャンス」と超ポジティブにとらえる傾向があるからだ。だから、周囲からの推薦や、なんとなく雰囲気によって役員にさせられてしまった、という消極的な決まり方は少なく、「私、ぜひ役員をやりたいと思います!」と自ら立候補する。

中国でも昨今、保護者同士や担任の先生との連絡は中国のSNS、ウィーチャットで取り合うのが当たり前だ。先生も含めて、保護者が試験や課外活動のことなど情報を頻繁に共有するが、もし自分がPTAの役員になりたいと思ったら、積極的に意見を発信し、自己アピールする。

会社の仕事が多忙な母親ならば、昼間からSNSを見たり、即座に返信できないこともあるが(だからこそ、会社を辞めて母親業に専念するわけだが)、SNSなので、できるだけ早くレスポンスを送らなければ、ほかの保護者に出遅れてしまうし、「いいところ」を見せられない。つまり、PTA役員になるというチャンスを逃してしまいかねないのだ。

専業主婦である馬さんは、先生からの提案やほかのPTAからのメッセージに「素早く、かつ丁寧に、できるだけ知的な文面で返信し、積極的に行動した。私の学歴も評価の対象になった」(本人の弁)ことにより、見事PTA役員に選出された。

学校によって多少異なるが、1クラス(馬さんの子どものクラスは40人)にPTA役員は3人。希望がかなった馬さんはほかの2人と連携を取って、学校行事に協力した結果、「先生とのコミュニケーションがよくなって、子どもへの対応もとてもよかった」と感じている。

教育熱や受験競争がエスカレートした結果

筆者の記憶では、2000年代以降、経済的なゆとりが出てきたことと、個人が不動産を購入できるようになり、重点校といわれるよい学校がある学区への転居が相次いだことなどから、より一層、教育熱や受験競争がエスカレートし、現在に至っている。しかし、教育熱がこれほど盛り上がっている中国でも、時代の変化だろうか。当然といえば当然といえるが、親たちの教育熱にばらつきが出てきたと感じるような話も小耳に挟んだ。

同じ北京市の別の小学校で役員をしていたある父親は「合唱大会の曲をSNS上で決めなければならないとき、保護者や役員の意見が割れて、大もめにもめたんです。仕事中もずっとSNSを見ていなければならず、心身ともに疲弊しました。そこまで自分を犠牲にして役員をやる必要はないのではないか。親が口出ししすぎでは、と初めて疑問に思った出来事でした」と話してくれた。

実は馬さん自身も、「先生と保護者の人間関係は以前と比べて、かなり変化してきた」と感じている。

「以前は自分の子どもに最大限の利益があるように、との思いから、積極的に先生にプレゼントをしてきました。家電製品とか、以前はあらゆるものを差し上げたものです。中国には『教師節』(教師の日)というのがあるのですが、その日に先生にプレゼントをするのは“暗黙の了解”でした。

でも、昨年、びっくりしたのは、少なくとも、うちの子どもの学校では、先生へのプレゼントが一切禁止になったんです。もちろん、もともと暗黙の了解でしたから、公に『贈り物禁止』というお知らせも来ないのですが、私は担任の先生から直接断られました。そこで、保護者間のSNSで相談し、クラス全員で、感謝の気持ちを込めて小さなプレゼントをしよう、という話になったんです。高価ではない300元くらいの贈り物(約5000円相当)なら、構わないでしょうと。でも、それすらも先生からは『こういうことはよろしくない』と断られてしまい、本当に驚きました。

今の政権になってから急に厳しくなったのか、あるいは先生も保護者との“濃い付き合い”や人間関係に疲れ果ててきたのか、校長先生から厳しくいわれたのか、理由ははっきりとはわからないのですが……」

多様化する価値観

中国には「孟母三遷」という有名なことわざがある。孟子の母が、最初は遠くにあった住居を、子どものために、学校の近くに3回も引っ越しし、子どもの教育のためによりよい環境を整えようとした有名な故事だ。この言葉からもわかるとおり、中国人の親には、子どもの教育のためならば、自分の時間やエネルギーをすべて使うくらい情熱を傾ける人も少なくない。

だが、その一方で、短期間に社会の価値観や人々の考え方が多様化し、そうした状況に疲れ果てたり、疑問を感じたり、反動も起きてきている。幼少時から子どもを海外留学させるというスピンアウトを選ぶ家庭も増えている。そのこともまた今の中国社会の現実といえそうだ。