今後、民間企業において、副業容認は浸透していくのでしょうか(写真:kokouu/iStock)


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多くの企業で原則禁止とされる「副業・兼業」。このルールについて、いま大きな変化が起こっています。2018年1月、厚生労働省が事業主向けに示している「モデル就業規則」において、「原則副業・兼業を認める方向」へ改定され、同時に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が発表されました。今後、民間企業において、副業促進は浸透していくのでしょうか。

なぜいま「副業・兼業」が推進されるのか

副業・兼業を希望している人は近年増加する一方、企業の実態としては副業・兼業に対する規制は厳しく、慎重な姿勢がみられています。2017年2月に公表されたリクルートキャリア「兼業・副業に対する企業の意識調査」によると、兼業・副業を禁止している企業の割合は77.2%となっています。その理由には、「社員の長時間労働・過重労働を助長する」「情報漏洩のリスク」などが挙げられています。

ところが、2017年3月に発表された「働き方改革実行計画」において、副業・兼業の普及促進が取り上げられ、新たな働き方の選択肢として注目を集めています。なぜ、働き方改革において、副業・兼業が掲げられるようになったのでしょうか。

ひとつは新事業創出や起業により、新たな需要と雇用の創出が日本経済の活性化に重要と考えるからです。副業・兼業の促進が潜在的創業者の増大につながることや、技術革新スピードが加速する中で、自社独自のリソースだけではイノベーティブな製品やサービスを創出することが難しくなってきており、社員が社外で働くことで、オープンイノベーションの加速化が期待されています。また、副業・兼業者は中高年の割合が高いことからミドル世代の社員が自身の人材価値を高めることで、第二の人生の準備につながるという見方もあります。

こうした政策的な期待とあわせて、副業・兼業は労使双方にとってメリットがあると言われています。労働者側にとっては、収入が増えるだけではなく、スキルや経験を得ることで主体的にキャリア形成をすることに役立ったり、自己実現を追求できたり、またリスクを最小限にして起業・転職に向けた準備・試行ができたりする利点が挙げられます。

企業にとっては、副業・兼業実践者がもたらす社内にはない知識・スキルや人脈を得ることで、事業機会の拡大やイノベーションにつながったり、労働者の自律性や自主性を高められたりすることが利点です。さらに、副業・兼業を認めること自体が、柔軟な働き方について前向きである証左となり、優秀な人材の獲得やリテンションにつながることが期待されています。

就業規則はこう変わった

これまでの就業規則では、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」が遵守事項として定められ、これに違反した場合に懲戒処分の対象となることが明記されている企業が多いと考えられます。もともと厚生労働省が公表している「モデル就業規則」において、そのような規定があったためです。それが2018年1月に改定され、副業・兼業は原則禁止から容認の方向へ大きく舵が切られたのです。

改定後のモデル規則では、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」とされ、この場合は事前に会社に所定の届出を行うこととされています。ただし、労務提供上の支障がある場合や企業秘密が漏洩する場合、会社の名誉や信頼を損なう行為等がある場合などについては、副業・兼業を禁止又は制限ができるような文言も記載されています。

裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由であることが示されており、すべての副業に関して会社が全面的にNOとは言えない状況となっています。

準社員からのアルバイト許可申請を4度にわたって不許可にしたことについて、会社側が後2回については不許可の理由はなく、不法行為に基づく損害賠償請求が一部容認(慰謝料のみ)とされた事案もあります(マンナ運輸事件 京都地裁 平24.7.13)。また、教授が無許可で語学学校講師などの業務に従事し、講義を休講したことを理由とした懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇無効とした事案もあります(東京都私立大学教授事件 東京地裁 平20.12.5)。

他方、就業時間後に会社に無断で深夜までキャバレー勤務をして本業での居眠りが多かったなど労務提供に支障を来していた事案(小川建設事件 東京地裁 昭57.11.19)では解雇が有効とされています。

こうした裁判例をみると、本業において適正に労務を遂行し、企業秘密の流出防止や社会的信用の確保が図られ、競業他社へ企業利益を害するようなことがなければ、副業・兼業は認められるべきものと考えられます。今回のモデル就業規則の改定もそうした流れを受けています。

特に最近は、インターネットを経由して業務を請け負うクラウドソーシングなどが発達し、副業のプラットフォームも整い、以前と比べて副業の垣根はかなり低くなりました。ただ、だからといって、「これくらいは大丈夫だろう」と、会社のルールを無視して、独断で副業・兼業を行うのはお勧めできません。それは、誠実勤務義務や職務専念義務が疑われ、本業における信頼を失う可能性もあるからです。

副業・兼業に興味を持たれている方の中には、今後のキャリア形成や新たな活路を見いだすことを目的とされている方もおられるでしょう。実際に副業・兼業を行うにあたっては、社内のワークルールを十分に確認し、労使双方が納得感を持って進められるよう、会社と十分にコミュニケーションをとることが大切だといえます。

兼業・副業を行ううえでまず留意したいことは、健康問題です。本業以外に働くとなると、長時間労働による心身への影響が懸念されます。また本業と副業間でのタスク管理が難しく、業務バランスの維持も課題となります。そのため、自己の健康管理とタイムマネジメント、タスク管理については、今まで以上に意識する必要があるでしょう。さらに、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を守ることは言うまでもありません。会社との信頼関係があってこその副業であり、個人の自律性が求められます。

企業における今後の課題も

改定後のモデル就業規則において、副業・兼業が原則認められるようになったものの、実際に企業が副業を認めるには、企業側においても課題があります。ひとつは労働時間規制の問題です。労働基準法第38条1項において「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。これは事業主が異なる場合も含まれます。企業が被雇用者の副業の労働時間まで管理しないといけないとなれば、副業・兼業の促進にブレーキをかけることにもなりかねません。

この点について、副業・兼業の促進に関するガイドラインでは、過労によって健康を害することがないように、労働者自らが業務量や費やす時間、健康状態を管理する必要があるとしています。しかし、副業・兼業先での働き方に関する企業の安全配慮義務については、現時点で明確な司法判断が示されていません。

こうした課題以外にも、労働・社会保険上の問題があります。たとえば、本業と副業先の両方で雇用されている場合、本業から副業先への移動途中に起きた災害は通勤災害として労災保険給付の対象となりますが、給付額は副業先の給与を基に算定され事務手続きも副業先が行うこととなります。さらに雇用保険や社会保険における加入条件の違いなど、制度面における複雑さもあり、企業としてはリスク回避として、副業・兼業の推進に踏み切れない可能性も考えられます。

副業・兼業を容認している先進的な取り組み企業例として、株式会社クラウドワークスがあります。同社は2016年7月から副業の自由化を打ち出していますが、全社員が対象で、「公序良俗に反しない」「社名・サービス・秘密情報を用いない」「競業しない」「本業に影響しない」というルールを守れば原則自由です。ただし、「週5時間以上」「他社で雇用あるいは会社役員となる場合」は事前申請が必要とされています。

今後、法律の改正や副業・兼業における先進企業の成功事例や統計データなどが多数出てくることで、徐々に企業側の姿勢も変わり、副業・兼業を認める柔軟な働き方が広がっていくのではないでしょうか。