ぜんそく、肥満、アレルギー、
自閉症などの原因は腸内細菌だった――。この事実を指摘した『「きたない子育て」はいいことだらけ!』(プレジデント社)が世界中で話題になっている。著者はカナダの2人の医学博士。著者らはこうした知見を踏まえて、「哺乳瓶は殺菌しない、食器は適当に洗う、昆虫に触ってもすぐ洗わない」といった子育てを勧めている。今回、日本語版には収録されていないペーパーバック版の「あとがき」を特別公開する。いま注目の科学的育児法とは――。
■腸内細菌とぜんそく
わたしたちが腸内細菌と子どもの健康・発達について書いた『「きたない子育て」はいいことだらけ!』を出版したのは2016年の9月。それからわずか14カ月のあいだに、ヒトのマイクロバイオーム(わたしたちの体に棲む微生物とその活動の総称)について7590本もの査読付論文が発表された。論文の量でみると、この分野は年率36%も成長している。
世界中のありとあらゆる分野の科学者たちがマイクロバイオームに関心を寄せ、その研究は、現代医学全般そして肥満からガンにいたるまでの疾患の治療法について新たな知見を提供している。神経学、免疫学、そして腫瘍学などの学会では、少なくとも1セッションはマイクロバイオーム研究の発表にあてられるようになった。そして年々、マイクロバイオームそのものに焦点を絞った学会も増えてきている。この分野での知識は急速に蓄積されているのだ。最近のもっとも重要な報告をまとめた。
まずはわたしたちの本業であるところのぜんそくの研究から。わたしたちはカナダの新生児の調査をとおして、ぜんそくになる何カ月も前から赤ちゃんの体内で4種類のバクテリアが減っているということを突き止めた。そしてマウスの実験ではこれらの4種類のバクテリアはぜんそくの症状を改善する働きをすることがわかった。
このデータを参考に、わたしたちはエクアドルの海沿いのある地域で赤ちゃんの調査を行ったところ、驚くべき結果が得られた。ぜんそくを発症する赤ちゃんは、そのかなり前からマイクロバイオームの変化がみられたことがその一つである。そしてもう一つは、変化の主役はバクテリア(細菌)ではなく真菌だったことだ。最近までほとんどのマイクロバイオームの研究は細菌だけ調べていたが、最新の技術によって他の菌も調べることが可能になった。この調査によると、真菌も人間の発達の初期段階で免疫システムとなんらかのやりとりがあり、ぜんそくとも関係があるらしいということが示唆された。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校のスーザン・リンチらが最近発表した研究も、真菌類とアレルギーのリスクに強い関連があることを突き止めた。これらのことはわたしたちが小児ぜんそくの発症メカニズムについて理解するためには、真菌を対象にした実験をおこなう必要があるということを示唆している。わたしたちのラボ(スーザンのラボもそうだろうが)ではいま真菌培養のかび臭いにおいでみちているが、次にどんなことがわかるのかわくわくしている。
■腸内細菌と肥満、糖尿病
マイクロバイオームと肥満の関係について調べている科学者たちからもエキサイティングな知らせが届いている。イスラエルの科学者、エラン・シーガルとエラン・エリナフによる最先端の研究によれば、腸のマイクロバイオームは、特定の食品に対して血糖値がどう反応するかに関係していることがわかった。たとえば、あなたはわたしよりもオレンジを食べたときの血糖値の上がり方が激しいかもしれないが、全粒パスタを食べたときはその逆かもしれない。これはマイクロバイオームの差なのである。
この画期的な発見は「DayTwo」というベンチャーの設立にもつながった。個人のマイクロバイオームと特定の食べ物を摂取したときに血糖値の反応を分析し、食事療法のアドバイスをする。この「食事のパーソナライズ」というイノベーティブなアプローチは、食習慣を厳密に調べ、血糖値を測るために医師による血液検査をおこない、マイクロバイオーム分析のためにサンプルキットを使って少量の便を提出するというものだ。
シーガルとエリナフらはまた別の研究で、通説に反して、人工甘味料はブドウ糖不耐性、つまり糖尿病の初期症状である高血糖の原因となることを突き止めた。これには腸内細菌の働きが関係している。この研究結果は当然ながら人工甘味料のメーカーには歓迎されず、また、高血糖や糖尿病につながる肥満を予防するために人工甘味料を使っていた消費者にとってもよい知らせではなかった。
研究結果に懐疑的な人たちは、人間とは明らかに異なる生き物であるマウスでの実験なので信憑性がないと指摘する。しかし、最近カナダでおこなわれた3000人の母子を対象とした調査で、妊娠中の人工甘味料の摂取と子どもが1歳のときの体重に強い相関があることが判明した。これは母親の体重、摂取カロリー量、ダイエットといった他の肥満リスクファクターによる影響を取り除いたうえでの結果である。これらの結果は他の人間を対象にした研究で実証されなくてはならないが、調査の規模と設計を考えると、妊娠中および幼少期の人工甘味料の摂取は極力控えるべきということがいえるだろう。
さらにこの二人の研究によって、なぜ特定のマイクロバイオームを持つ人は太りやすく痩せにくいのか、という問いへの理解も進んでいる。わたしたちの多くが、年末年始などの休み中に暴飲暴食をしたあとで体重を落とそうとダイエットに励む。あるいは、年中ダイエットをして痩せてはリバウンドを繰り返したりして結局元の体重にとどまっている。こうした短絡的なダイエットは結局失敗する。
マウスを使った興味深いある実験で、シーガルとエリナフはダイエットが成功して体重が落ちたあとも、生き残ってリバウンドを助ける働きをしている細菌が存在することを確認した。まだわかっていないことも多くあり、しつこいリバウンドを引き起こす犯人となっている細菌を特定しなくてはならないが、この研究結果は非常に重要だ。わたしたちも嫌々ジムに通う生活を続けながら注目している。
■腸内細菌と自閉症
わたしたちの著書『「きたない子育て」はいいことだらけ!』の内容で議論を呼んだのは、マイクロバイオームの変化と自閉症スペクトラム(ASD)の関係について書いた箇所だった。自閉症は世の中の関心と反応が強い分野であり、わたしたちの本に対してもそうだった。
出版後、数人の科学者から、自閉症をマイクロバイオームの変化が引き起こす病気のひとつとすることに対する反論が寄せられた。彼らの言い分としては、これまでに発表されているこの分野の論文はすべて動物実験であり、わたしたちが引用した人間におけるエビデンスは未発表の限定的な糞便移植のケースにすぎないという点だった。
これはまさにわたしたちの問題意識と同じで、そのため本に入れるかどうかについては議論を重ねた。結局入れることにしたのは、発表されている動物を使った研究の質が高かったのと、ASDのお子さんに糞便移植をおこなった親御さんたちと直接対話ができたからだ。
最近、アリゾナ州立大学において、新たな糞便移植の実験が行われた。その結果はわれわれの仮説を裏付けるものであった。この臨床実験において、ASDと診断された18人の子どもたちは2週間にわたって抗生物質のバンコマイシンを投与され、その後12〜24時間の絶食のあと腸内洗浄を行い、7〜8週間にわたって毎日糞便移植を受けた。この実験では、治療後8週間にわたってASDに関連した消化器系の症状と行動症状を追跡した。まずASD患者によく見られる便秘、下痢、消化不良、腹痛の症状の劇的な改善がみられた。さらに驚くことには治療後8週間たっても行動症状の大幅な改善が続いたことだ。
より長期の実験が必要なのは言うまでもないが、これはASD治療の大きな一歩といえるだろう。実際、この研究のフォローアップとしてより大規模な臨床実験が始まっている。わたしたちは読者がこうした良質な研究の動向に目を向け、それぞれのかかっている医師たちに注意喚起をすることを期待したい。まだこうした治療は始まったばかりで、標準的な治療の一つとなるまでにはさらなる時間と実験が必要だ。
はっきりしているのは、わたしたちの身体に棲みついている微生物が、子どもの健康と成長に重要な役割を果たしているということ、そしてそれが何かを突き止めるための新たな研究が続いていくということだ。この新しい科学の恩恵により、子どもたちはより健やかに育つだろう。微生物たちと仲良くすることがその秘訣である。
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ブレット・フィンレー
ブリティッシュ・コロンビア大学教授
バクテリア感染に関する世界的権威。微生物研究歴は30年、450本の論文を発表する一方で、バイオテクノロジーベンチャーのInimex、Vedanta、Microbiome Insights の創業者でもある。カナダの民間人が受けることのできる最高位の勲章、Order of Canada の受勲者。
マリー=クレール・アリエッタ
カルガリー大学准教授
腸内細菌と免疫についての研究者。最近の乳児のぜんそくと重要腸内細菌群欠如についての研究は、2015年にこの分野のブレークスルーとして注目され、数々のメディアでとりあげられた。『Gastroenterology』『PNAS』『Science Translational Medicine』などに論文を発表している。
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(ブリティッシュコロンビア大学教授 B. Brett Finlay、カルガリー大学准教授 Marie-Claire Arrieta 写真=iStock.com)