たった一言で、一気に信頼を失ってしまう。著名人がそんなケースに見舞われることが相次いでいます。痛恨の失敗はどうすれば防げたのでしょうか。スピーチ指導の専門家である矢野香氏は「即答しない」「沈黙する時間を恐れない」「感情的になりそうなときに止める」という3つのコツをあげます――。

※本稿は、矢野香『たった一言で人を動かす最高の話し方』(KADOKAWA)を再編集したものです。

■なぜ小池都知事はあの一言を言ってしまったのか

近年、残念ながら失言で信頼を失ってしまう政治家が増えてきました。記者会見や国会などで無防備にポロッと出た発言で一気に信頼を失う例が少なくありません。

「東北でよかった」といった発言で辞任に追い込まれた大臣もいれば、「しっかりお役所の原稿を読む」と発言して批判された大臣の例もあります。

記憶に新しいのが、小池百合子都知事。衆院選の直前に希望の党を立ち上げ、2カ月後に党の代表を辞任しました。

いろいろな理由があるものの、騒動の発端となった一つは、やはり記者会見の場でのこの一言。「排除いたします」。

記者会見の動画を観ると、小池都知事は元キャスターということもあり、記者の質問に対して素晴らしい対応をなさっています。

■「失言」はもう取り消せない

前民進党代表の前原誠司氏が「公認申請すれば排除されない」と発言したことに関連し、記者が「前原代表をだましたんでしょうか」などときつい質問を投げかけました。小池都知事は、その質問にすぐには答えず、まずは間をとり笑顔で受け答えをしています。

それから、「排除されないということはございませんで、排除いたします」と答えたのです。しかし、すぐにご自分でも表現がきついと気づいたのでしょう。「絞らせていただく」と言い直しています。

この一連の対応を見る限り、本来は機転の利いた見事な対応でした。

しかし、今の時代のメディアは一言を切り取って載せてしまう時代。「排除いたします」の一言だけが独り歩きしてしまいました。たった一言でも不用意な発言をしたら、もはや取り消せない怖い時代なのです。

■ポイントは「間」を活用すること

これは政治家だけに限ったことではありません。ビジネスマンも同様です。最近では、富山のある会社の経営者が「富山の人間は極力採らない」と記者会見で発言し、批判が殺到しました。こうしたメディア対応だけでなく、日常でもビジネスマンは地位が高くなるほど発言の重さは重くなります。取引先との会話では会社を代表して発言しているとみなされます。社内での上司と部下の会話でも、たった一言でも失言をしてしまったら信用を失ってしまいます。

こういった失言を防ぐには、普段から保険という感覚で失言対策をしておくしかありません。

スピーチトレーニングを受けてくださる経営者の中には、記者会見対策などのメディアトレーニングをなさる方がいらっしゃいます。その中で失言を予防する方法をお伝えしています。ポイントは「間」を活用することです。そうすれば、誰でも簡単に効果をあげられます。

■無言の時間が失言を防ぐ

「間」がなぜ失言を防ぐのか、実際の例をご紹介しましょう。

選挙投票日に放送される選挙特番。池上彰氏が候補者に鋭い質問を投げかけるのは、今や定番となっています。今回の衆議院選挙の際、小泉進次郎氏とのやりとりは失言せずにうまくかわした好例でした。

「どうしてこんなに人寄せパンダに使われるのかという思いはあったでしょう」

小泉氏にとっては失礼ともとれるようなこのような質問を池上氏は投げかけました。ムッとして「人寄せパンダじゃありませんよ!」と反論してもおかしくない場面です。

ところが、小泉氏の対応は見事でした。池上氏の質問にすぐには答えず、まずは2秒ほど無言。そのあと、「まあ、パンダだったら客を呼べないより呼んだほうがいいから、そこはしっかりとシャンシャンに負けずに役割を果たします」と返したのです。

この2秒の無言の時間こそ「間」です。

質問されて「間」をおかずに答えようとすると、真っ先に頭に浮かんだ言葉をつい言ってしまいます。これが失言につながるのです。

2秒や3秒というわずかな時間でも、人の頭は目まぐるしく働き、「どう答えればベストなのか」を考えます。さらに、一呼吸置くことで感情的にならずに済む。数秒の「間」を取るか取らないかで、失言率はまったく変わります。さらに間をとって回答する姿は、相手には余裕をもって回答しているような自信を印象づけます。

話し上手な人のなかには、立て板に水のように流暢に話す方もいます。実はこれはリスクが高い話し方です。まず失言が増える。さらに相手の頭に話の内容が残らない。上手に話すことよりも、「間」を取りながら、ゆっくりわかりやすくしっかり伝えることが大切なのです。

■失言体質を直す3つの方法

世の中には、何度も懲りずに失言を繰り返す、「失言体質」の方が少なからずいます。

それは性格の問題であって直らないと思うかもしれませんが、「話す」というコミュニケーションにおいて普段から次の3つに気を付けていれば改善していきます。

●即答しない
●沈黙する時間を恐れない
●感情的になりそうなときに止める

まず会話においてすぐに頭に浮かんだことを口に出して即答するのをやめます。

一度考えてから口に出すこと。そして、その「一度考えてから」という沈黙する時間が生じることを恐れず堂々と黙ること。また、「一度考えてから」という行動ができないほどに相手の発言により怒りや悲しみという感情がわき起こったときが要注意。感情に任せて言葉を発しないように、そこで一度せき止める必要があります。

そんなことわかっているよ、それができないから困っているんだよ、という声が聞こえてきそうですね。この3つをできるようになるためのスキルが「間」です。

間をとることで失言のリスクがへり信頼を勝ち取ることができます。ここでは、「間」を使った失言対策を3つご紹介します。

1、動作を挟む

政治家の議会対策や経営者の株主総会対策のスピーチトレーニングでは、質疑応答の場面を取り扱います。そのときに「答えに困ったら、何も話さずに腕組みをして目をつぶってください」と話しています。こうして「腕組みをして目をつぶる」という行為により「間」を自然にとることができます。

ただし、プレゼンテーションや会議の場でこれをすると印象が悪くなる恐れもあります。そのときは、水を飲んだり、手元の資料をめくったりという行為でもかまいません。大事なことはすぐに口を開くのではなく、何か他の動作を挟み「間」を自然にとるということです。

2、一文一息の習慣をつける

考えてから話す習慣をつけるために最適なのは、「一文一息」という方法です。一文一息は一文を50字以内におさめて、一回の息の量で話す話し方です。一文ごとに息を吸うので、その間に話すことを頭の中で整理できます。

よく「間」ができるのを恐れて、常に「あー」「えー」と言っている方もいます。これは耳障りですし、聞き手にいい印象を与えません。50字以内で話すように心がけていれば一文ごとに「間」が生まれますし、その「間」で考える習慣を身につけられるのです。

3、やまびこ法で言葉を繰り返す

相手に失礼なことを言われて、ついカッとなって暴言を吐いてしまう。そんな事態になるのを防ぐには、相手の発言をそのまま心の中でやまびこのように繰り返すことです。

たとえば、「こんなことすら社内で徹底してないなんて、お宅の社員教育はどうなってるの?」とクレームをつけられたのなら、その言葉をそのまま心の中で反復します。それから「弊社の社員教育に不備があるとお考えなのですね」などと言い換えて言葉を返します。

■ただし守りに入ると話がつまらなくなる

相手が感情的になっているなら、なおさらその勢いに乗らないこと。そういうときこそ、失言や暴言が出やすくなります。「間」を取ると相手のリズムを崩せるので、冷静に対処できるのです。

注意一秒、ケガ一生。たった一言の失言で、それまで絶好調だった人があっという間に失墜することもあれば、トラブルを余計に悪化させ、取り返しのつかない事態になることもあります。一流の人はその恐ろしさを知っているから、「間」を使って失言を防いでいるのです。

ただし、失言を恐れて守りに入ると話がつまらなくなります。最近の日本は、みんな守りに入ってビクビクし、活気がなくなり、閉塞感に覆われているように私は感じています。「間」を活用すれば、失敗を恐れることなく、積極的に攻める話し方をできるでしょう。

そのほうが有意義なコミュニケーションができるはずです。「話す」「伝える」というのはこんなに楽しいのだ、有益なのだ、と実感するためにも、ぜひ「間」を活用してください。

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矢野 香(やの・かおり)
スピーチコンサルタント。長崎大学准教授。NHKでのキャスター歴17年。おもにニュース報道番組を担当し、番組視聴率20%超えを記録。NHK在局中から心理学を根幹とした「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し、博士号取得。政治家、経営者、エグゼクティブからビジネスパーソン、学生まで幅広い層に指導を続けている。

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(スピーチコンサルタント/長崎大学准教授 矢野 香 構成=KADOKAWA)