自衛隊で戦車を操縦する場合、どのような免許や資格が必要になるのでしょうか。民間でクルマの運転免許を取得する際とは、やはり少しルールが異なっていました。

「そうかえん」に登場したあの「乗りもの」を操縦するには?

 平成29年度の「そうかえん(富士総合火力演習)」にも、実にさまざまな「乗りもの」が登場しました。


平成29年度富士総合火力演習における74式戦車(Hiroto KATO撮影)。

 なかでも花形はやはり「戦車」ですが、平成29年度防衛モニターを委嘱され、「そうかえん」初体験だった筆者(加藤久美子:自動車ライター)は、射撃の爆音と衝撃波に度肝を抜かれました。

 ところでこの「戦車」、操縦するには「どんな免許や資格が必要?」と素朴な疑問を抱く人も多いでしょう。「戦車の操縦には大特があればいい?」「いや、そもそも、戦車って公道走れるの?」「何歳から取得できる?」…調べてみました。

自衛隊で取得できる免許はなんと50以上!

 戦車の免許の前に、自衛隊で取得できる免許や資格について紹介しておこうと思います。「自衛隊に入るとクルマの免許が無料で取得できる」と聞いたことがある人も多いかと思いますが、実は自衛隊では以下の免許や資格が取得できるのです。実際、「お坊さん」以外はあらゆる職業が揃っているといわれる日本の自衛隊。免許や資格だけでも、こんなにあります。

・車両、船舶系:大型自動車免許、大型特殊免許、自動車整備士、けん引免許、建設機械、小型船舶操縦士、潜水士など
・IT関係:パソコン検定、ワープロ検定、情報処理など、
・医療、介護関係:医師(防衛医大)、救急救命士、准看護師、臨床検査技師、診療放射線技師、ホームヘルパーなど
・航空関係:航空管制官、航空無線通信士、

 このほか、ガス溶接、電気工事士、ボイラー技師、調理師といった免許や資格のほか、なんと英検(2・3・4級)といった学び系も業務によっては取得が可能なのです。

 なお、これらの免許や資格は業務上必要な部隊から取得をしていきますが、自衛隊の部隊業務とはまったく関係がない資格も取得が可能となるケースがあります。それは自衛官を退職の予定があり、再就職に向けて「就職活動」をする時です。自衛隊にいるうちにほぼ無料で各種の資格を取得し、再就職に備えます。自衛官の再就職先のあっせんも行うなど日本の自衛隊はとても面倒見が良いのです。

戦車の操縦に必要な免許とは?

 現在、陸上自衛隊で使われている戦車は、「74式戦車」「90式戦車」「10式戦車」の3種類です。「公的な」免許ということで言えば(詳細後述)、これらすべて「大型特殊(大特)」免許で操縦ができます。


戦車乗りの証「大特車はカタピラ車に限る」のただし書き。自衛隊では安全運転厳守で、こちらの所有者も20年以上無事故無違反という(乗りものニュース編集部にて加工)。

 ただしこれら戦車の操縦のためだけに自衛隊内で免許を取得しようとした場合、教習は隊内(各都道府県に1〜2か所)の教習所で行われ、加えて戦車をはじめとした履帯(いわゆるキャタピラー)車を操縦するためだけの免許ですから、公道においては条件が付きます。免許証に記載される「大特車はカタピラ車に限る」というのがそれです。このただし書きこそ、「戦車乗りの証」ですね。自衛隊の教習所以外ではまず取得できない、戦車ファン憧れの免許と言えます。

 かつて某駐屯地で74式戦車を操縦していた知人のAさんいわく、「戦車のなかはとても狭く、当然ですが周囲が良く見えません。また、必ず4名(操縦手、装てん手、砲手、車長)で乗る決まりになっているので本当に狭く、密閉走行の場合はどこを走っているのかわからなくなります。74式は防弾性能を持つプリズム(ペリスコープ)を通して小窓から外を見ますが、視界はわずかです」とのこと。


74式戦車。定員4名で装弾は手動。

74式戦車。陸上自衛隊では2代目の戦車。

10式戦車。陸上自衛隊では4代目の戦車。

 ちなみに、新しい10式戦車については「操縦手用ペリスコープの横と前面、車体後部の各所に取り付けられたカメラの映像を見ながら操縦ができるので、視界も操縦性も格段に良くなったようですね。61式に比べるとエンジンのパワーが格段に大きくなっていますから、エンジンの瞬発力も高いです。悪路走破性も高く、不整地での振動が少ないので意外と乗り心地は良いですよ」(Aさん)といいます

 戦車を操縦する訓練では、真っ暗闇のなかや悪路など過酷な路面状況でも行われます。「走ればいい」だけではなく、車長の指示を受けて走りながら敵の攻撃を避け、的確に攻撃することが求められるわけですからね。

何歳から戦車を操縦できる?

 自動車の運転免許を取得しようとする場合、自衛隊の教習所では年齢や運転経験に関係なく、普通免許を飛ばして大型免許から取得します。民間では、大型免許は普通免許取得から3年経過していないと取得ができませんが、自衛隊においてはつまり、18歳から取得できることになります(ただし、公道での運転、操縦は自衛隊車両に限ります)。


「平成29年度そうかえん(富士総合火力演習)」における10式戦車(Hiroto KATO撮影)。

 それゆえ、自衛隊に入ってから自動車の免許を取った人(高校卒業後、すぐ入隊する場合はほとんどがこのパターン)の免許証には「普通」の項目にチェックが入っていません。これも自衛隊特有の運転免許証です。ちなみに、戦車の免許を取得することが必須なのは陸上自衛隊の機甲科という職種で、主に戦車部隊や偵察部隊を構成しています。

 それからもうひとつ、戦車の操縦は公的には大特があればよいのですが(これを自衛隊内では技能免許と言います)、実際に戦車を操縦する隊員には別に「特技(編集部注:隊内での資格制度)」の教習と資格が必要になります。戦車に限ったことではなく、ほかに大特で運転できる自走りゅう弾砲などの自衛隊車両も、実際にそれらの特殊車両を扱うにはそれぞれの特技資格が必要となるのです。

自衛隊内の自動車教習所ってどんなところ?

 自衛隊員は原則として、営内にある自動車学校で教習を受けますが、学科試験は民間人と同様に各都道府県にある運転免許試験場で受験します。自動車学校の人気は高く、入校できる人数は部隊ごとに枠が決められています。最優先されるのは車を運転することが仕事と言える「輸送科」の隊員で、早ければ新人の教育期間中に自動車学校で教習を受けます。それ以外は自動車免許の必要性が高い部隊から、というのが基本です。


仮免教習中の自衛隊車両(Hiroto KATO撮影)。

多賀城駐屯地内にある多賀城自動車教習所の教習コース(Hiroto KATO撮影)。

 しかし、実はそのなかでも順番があり、「最初の任期(2年)を経て、その後も自衛隊で働く意志があること(つまり3曹になることが見込まれる)」「成績優秀、勤務態度もまじめで人格的に問題ない」といった隊員から入校が許され、さらに民間では存在しない「適性検査」が課せられます。この適正検査にパスをしないと教習は受けられないのです。

「キレやすい」「短気である」「ハンドルを握ると人格が変わる」といった性格の隊員は、適正検査で落とされることもあるそうです。国を守る自衛隊ですから、免許取得に関しては教習を許可する時点で厳正に振り分けられるというわけですね。

かつては学科100点満点が必須だった?

 元自衛隊員である知人のBさんが言うには、「昔はスパルタだったけど、いまはトラックもAT車だし、楽だと思うよ」だそう。というのも、かつては学科試験100点合格が必須だった時代もあったようです。

 最近はもはやそのようなことはありません。というのも民間では若者のクルマ離れが進んでいますが、自衛隊の若者たちはほとんどがマイカーを所有しているそうで、かつてのように、「運転するのは自衛隊車両だけ」(だから公道を走る際には事故を起こさないよう徹底的に教習)ということも少なくなっているそうです。つまり、若い自衛隊員の運転技術が大幅に向上したので、かつてのような厳しい教習は必要ないということなのでしょう。

 とはいえ、自衛隊員が事故を起こしては大変ですから、公道を走る際は当然ですが速度制限は厳守、安全運転が徹底しています。