人前で話すのが大の苦手だったという三谷宏治さんは、外資系コンサルティング会社での仕事を通じて、「達人プレゼンター」に生まれ変わりました。そこでなにを学んだのか。ポイントのひとつは「見てわかる資料」ではなく、「聴いてわかる資料」をつくることだったといいます。三谷さんが「プレゼン上達のコツ」を解説します(全3回)。

※以下は三谷宏治『ゼロからのプレゼンテーション』(プレジデント社)からの抜粋です。

■他のことはともかく、プレゼンは準備と努力次第

子どもの頃から、私は人前で話すのが大の苦手でした。以来ずっと、そういう場面を避け続け、逃げ続けていました。その私が大学卒業後、なんの魔が差したか、外資系コンサルティング会社であるボストン コンサルティング グループ(以下BCG)に入ってしまいました。経営コンサルタントは、人前で話すのが仕事です。特にBCGでは、当時「プロジェクトにおける最終成果物とは、口頭での報告会である」と定義されていました。スクリーンに映すスライドや印刷された報告書は、ただの参考資料だというわけです。

さあ困りました。でも困っていても、上手くなるわけではありません。そのプレゼンテーションのあまりの下手さに、上司からは「お前、BCG東京オフィスで下から2番目だな」と言われ、毎回の半期考課表に「他はいいけど、プレゼンテーションだけはダメ。なんとかしよう」と書かれ、職業上、私のもっとも大きな弱点となりました。

それから約30年をかけて、ここまでやってきました。もう人前で話すのは怖くありません。いまだに(かなり)緊張はしますが、深呼吸をすれば落ち着きます。相手が10人でも100人でも1000人でも、同じです。経営幹部研修や職業別研修(看護師、自治体職員、自衛官など)より、保護者向けや子ども向け(下は小学1年生から!)のほうが大変ですが、もう大分慣れました。聴衆の満足度では、「5段階評価で5(非常に満足)が8割超」を目標にしています。10回に7回くらいは、達成できるようになりました。「下から2番目」から、ずいぶん進化したものです(笑)

でも進化とは膨大な試行錯誤の結果であり、大きな痛みを伴います。私はこれまでどんな失敗をし、そこからなにを学んできたのか。そして、これまでどんな努力をしてきたのか。本書は私がこれまでの七転び八起きから会得した「必殺技」集でもあります。必ず役に立ちます。そして、必ず努力で会得できます。そう、他のことはともかく、プレゼンテーションについては断言できます。プレゼンテーションは、準備と努力次第だと。

■まずは自分が「いかに下手か」を思い知ろう

自分のプレゼンテーションを、ビデオに撮って見たことはありますか? もしないなら、今すぐやりましょう。プレゼンテーション本番でなくとも練習を撮るのでもかまいません。

まずは自分が「いかに下手か」を知ること。自分のプレゼンテーションが「どんなにつまらないか」を知ること。すべてはそこから始まります。自分の姿をビデオで見て「こりゃあ、ダメだ」と思ったのなら、大丈夫です。そこにはそう感じたセンス(観察眼や感受性)があり、向上心が芽生えるから。私自身の原体験もそこにあります。

BCGに入って3年目。30社、数十名への報告会を数日後に控えたある日、プロジェクト・マネジャーUさんの家に呼ばれました。

「お前、ちょっとプレゼンやってみろ」

それを彼はビデオに撮って、その場で見せてくれました。

「見てみろよ。面白いか?」

そこには、たどたどしく話す、自信のなさそうなコンサルタントがいました。話し方は一本調子で抑揚も大してなく、強弱はあってもそれはただの大声と小さな声の連なり。とても抑揚とは言えないものでした。

「面白くないです」

見ていてなんだか悲しくて吐きそうでした。そのあとUさんはなにも言わず、同じ資料を使って、その半分くらいをプレゼンして見せてくれました。ビデオに撮りながら。素直に驚きました。同じ資料を使っているのに、インパクトがまったく違います。そのプレゼンテーション資料は、突如、命を持ったストーリーとなり、聴衆に訴えかけています。

「あなたたちはどう考えますか?」
「これからどうしますか?」
「道は2つしかありませんよ!」

■達人を丸ごとコピーする

Uさんと自分がどう違うのか、どうすればその差を埋められるかなんて、すぐにはわかりません。ただ、草野球と大リーグのような巨大な差があることは、よくわかりました。いや、ミジンコとヒトの差と言っても過言ではないでしょう。緊急対応法は、達人をコピること。とぼとぼ家に帰った私がやったことは、「丸ごとコピー(ものまね)」です。数日後に迫ったプレゼンテーション本番をくぐり抜けるには、もうそれしかありません。

プロジェクト・マネジャーのUさんがくれたプレゼンテーションビデオを何回も見て、彼の言い回しをすべて書き取って、全部、まねました。冒頭の入り方、ページ毎のセリフ、途中の間の取り方まですべて。それをひたすら覚えて練習しました。何回も。何十回も。
当然、練習もビデオに撮りました。あとでイヤイヤ見て、とてもガッカリします。そしてまた練習です。でもやっぱりセリフに自信がない(すぐあがってしまって忘れる)ので、A4の白紙に赤ペンでセリフを全部書き込みました。ジョークも、自分の笑い声も、語尾の一つひとつも、すべてです。それを読めばよい、というだけで安心でした。コンサルタント人生最初の大舞台は、そうやって乗り切りました。でも、そこから自分が納得できるレベルまで辿り着くのに、さらに6年かかりました。

■まずは立ってただ読むマネキン大作戦から

BCGに入社して半年、お客さんの前で話すようになったとき、上司に言われました。「お前は下手なんだから、上手にしゃべろう、なんて思うな」「手をまっすぐにして、スクリーンを差して、そのまま書いてあることを、ただ読み上げろ」「理系の誠実さ(だけ)で勝負だ」「指もそろえろよ」資料をスクリーンに映して、手を斜め45度に挙げてそれを指し示
し、多言を弄ろうすることなく、ただ読み上げろというのです。なるほどと思ってそうしました。名付けてマネキン大作戦。やることは、

―読んでわかるだけでなく「聴いてわかる」資料にする
―それを声に出して淡々と読む

それだけです。まずはここから。ただ新人の間はそれでも許されますが、さすがにそれだけではつらいので、書いてあること以外のセリフも考えます。もちろん全部書き下した原稿をつくって丸覚えです。いざというときは原稿を読めばよいので、これはナレーター大作戦。

■マネキンからナレーターへ、ナレーターからプレゼンターへ

そのうち、セリフを全部書くのではなく、ポイントだけメモに書いておくようになります。引っかからず、滑らかに伝えるための工夫です。そのうちメモも、スライド間の「つなぎ」のセリフだけになったりします。ここまでくればナレーターは卒業です。でもそれだけでは足りません。仮にも「プレゼンター」を自称するには、もう少々のインパクトが必要です。

■初心者はウケを狙ってはいけない

初心者・初級者がしゃべり(トーク)でインパクトを与えようとすると、スベる危険性が高いので、他のものに頼りましょう。事前に準備できて頼れるのは、プレゼンテーションソフト(「パワーポイント」など)です。その機能を存分に使いこなしましょう。メリハリをつけるために、「色」「アニメーション」「トランジション」などが有用です。そして、そのコツは「絞る」ことと「統一する」こと。

BCGに入った頃、上司には「なるべく色は使うな」と言われました。スライドは白黒でいいと言うのです。確かに書籍だって大抵は白黒です。そっちのほうがむしろ上質感や高級感があったりします。でもあるとき、プレゼンテーション前に1日時間があったので、スライドに色をつけてみました。クライアント企業を示す部分(社名やグラフの線)には青、競合は赤に。使ったのはその2色だけ。そして、その配色を手持ちの20枚すべてでそろえました。それだけで驚くほどわかりやすくなりました。それからは統一感を重視して色をつけるようになりました。

アニメーションやトランジションも同じです。昔はビジネスプレゼンテーションでアニメーションは御法度でした。ちゃらい、というわけです。でもこれも、動きの種類を絞って、統一的に使うなら有用だとわかりました。どこを話しているのかわかりますし、強調したいときだけ使う動きを決めておけば、それだけでメリハリがつけられます。
最後は自分自身の姿です。下手な動きはいりません。姿勢と気迫で勝負しましょう。まずは座らないこと、立ち続けること。ただし、よい姿勢で。

(K.I.T.虎ノ門大学院教授、早稲田大学ビジネススクール・女子栄養大学 客員教授 三谷 宏治 漫画=フーモア)