「この人痴漢です!!」

 見ず知らずの女性に心当たりのない疑惑をかけられ、過度な正義感に駆られた男性たちに取り押さえられる。「誤解です」と言う暇もなく、その身柄は駅員に引き渡され、その後警察へ。いわれのない容疑にもかかわらず、否認すれば「被疑者」として長期勾留が待っている。想像しただけでも怖いものですが、これが痴漢の「冤罪」です。

 そのため、昨今では線路に逃げ込むような極端な例もありますが、いざそのような状況に追い込まれると、自分が思ってもいないような行動を取ってしまう可能性は否定できず、男性にとっては「明日は我が身」かもしれません。

保険料は年間6400円

 現在、そうしたリスクを軽減するための「痴漢冤罪保険」が話題になっています。ジャパン少額短期保険が提供するもので、保険料は年間6400円。保険の契約書である「約款」を読むと、商品の構成は「個人賠償責任保険」「弁護士費用保険」がセットになっており、痴漢の冤罪とは一見無関係のように見えます。

 個人賠償責任保険は、自転車の事故やスポーツ中の事故などの日常生活で発生する「偶発的なトラブル」による賠償責任を補償してくれる保険です(免責や上限あり)。弁護士費用保険は、自分には過失がないにもかかわらず、トラブルに巻き込まれた場合の弁護士費用を補償してくれます。

 個人賠償責任保険も弁護士費用保険も、自動車保険や火災保険などの特約(オプション)で月々数百円で付けられることが多く、それ自体に目新しさはありません。しかし、痴漢冤罪保険の特筆すべきポイントは、契約者に無料提供される「痴漢冤罪ヘルプコール」にあるようです。

発生後48時間以内のコストを補償

 これは、いざ冤罪に巻き込まれた時に、その場で弁護士に電話相談できるサービスです。痴漢の冤罪ではよく「駅員について行ってはいけない」「警察に同行してはいけない」などと言われますが、実際の問題として、朝夕の混み合ったホームで注目を浴びながら、その場に居続けるのは相当な根性が必要です。

 勘違いの被害女性に泣かれたり、時に激しい言葉を浴びせられたりするかもしれません。周りから白い目で見られ、駅員や警察官からは「とりあえず移動してください」と厳しく言われるわけですから、まさに修羅場。これに抗い続けるのは難しいでしょう。

 痴漢冤罪ヘルプコールは、こうした場面で保険会社に緊急連絡をすることで、その場から保険会社が提携している弁護士へ一斉に通知が行き、対応可能な弁護士に電話で相談することができます。修羅場で弁護士から的確な指示を受けられ、場合によっては、弁護士が駅員や警察官と話をしてくれるわけですから本当に心強いはずです。

 痴漢冤罪保険は、「事件」発生後48時間以内の弁護士のコスト(相談料、接見費用、交通費など)が補償されており、事件発生後の「初動」を徹底的にフォローしてくれるものと言えます。しかし「被疑者段階での着手金は支払い対象外」となっていますから、警察に勾留されてしまったような場合、以下の費用は補償されません。

・勾留後の弁護士に対する着手金
・相手方と示談を行う場合の示談金
・否認を貫いて裁判を争う際の弁護士費用

 つまり、警察に捕まってしまっている段階では、本人が冤罪と主張していても保険会社は真偽を判断できないため、そうしたグレーな部分に関しては補償対象外なのです。また「やっている」のに冤罪を主張している人を救うことは、保険会社のモラルとしても許されないことであり、これは当然の措置といえます。

「電車に乗るなら…」が常識になる?

 しかし、本当に冤罪なのに運悪く勾留され、その後裁判で潔白が証明された場合はどうなるのでしょうか。

 このような時こそ、その費用を補償するのが痴漢冤罪保険の「本懐」のような気もしますが、約款上に明確な定義はありません。実際には、この商品が販売されてからまだ数年であり、今後さまざまな事例について「ケース・バイ・ケース」で対応していくものと思われます。

 とはいえ「やっていないのに半強制的に勾留される」といった、まれなケースを除けば、弁護士が初動から介入してくれる安心感は大きなものがあります。友人や知人に弁護士がいれば別ですが、多くの人は「弁護士の知り合い」などいません。そして、この保険の真価はそこにあると言えるのです。

 つまり、いざという時に、弁護士という「用心棒カード」を切れることです。女性側も自信がなければ、その場で被害を取り下げる可能性があり、駅員や警察も弁護士が出てくれば乱暴な対応はできません。年間6400円、毎月約500円の保険料が「用心棒代」として高いか安いかは分かりませんが、自分に災難が降りかかった時、「入っておいてよかった」と思う人は多いことでしょう。

 痴漢の冤罪リスクを保険でカバー。世知辛い世の中を反映するような話ですが、今後は各社も同様のサービスを提供する可能性が高く、また法人が社員向け福利厚生の一環として保険会社と一括契約することも想定されます。

 近い将来、「電車に乗るなら痴漢冤罪保険」が常識になるかもしれず、それはそれで怖い世の中だと感じます。

(株式会社あおばコンサルティング代表取締役 加藤圭祐)