“イチフナ育ち”の男たちが、欧州の強豪国を相手に堂々たるプレーを見せた。原輝綺(新潟)と杉岡大暉(湘南)だ。昨冬の高校サッカー選手権では、市立船橋のCBコンビとして名を馳せたふたりである。
 
 グループステージ最終戦のイタリア戦で背番号15の杉岡が初出場初先発となり、大一番で共演が実現した両雄。高校時代とは異なり、ボランチに原、左SBに杉岡が配置されたが、ふたりは半年前の選手権さながらの息が合った守りを披露した。
 
 とりわけ、イタリアの右ウイングを担ったリッカルド・オルソリーニへの対応は、ほぼタスク通りに実行。「杉岡には中を切ってもらって、中に入って来たら僕が潰すイメージでがっつり行ければ良い」と試合前に原が話していた通り、役割を明確にして相手に自由を与えなかった。
 
 また、攻撃面でも杉岡が前に出れば、原が気の利いたポジショニングでバックアップ。
「相手はカウンターがあって、質も高い。なので、そこのスペースは埋めないといけなかった。ただ、自分も攻撃にも絡まないといけない。なので、そこのバランスはすごく難しかったですけど、気を遣うのが自分の特長。それは苦ではない」(原)
 
 杉岡が前に行けば、穴は原が埋める。この役割を阿吽の呼吸でやってのけ、左サイドでの連係は実に秀逸だった。終盤は相手だけではなく自分たちも引き分け狙いになったことで、目立つ場面は少なかったかもしれない。それでも、グループリーグ突破を決める貴重な勝ち点1の獲得のために、彼らは最後まで与えられた役割をさぼらなかった。
 
「自分が多少相手を潰せなくても、あいつなら大丈夫だろうなと。良い意味でそういう想いがあった。ふたりでしっかりと相手を潰せたと思います」(原)
「原が上手く来てくれて、奪い切れた。ちょっと気持ち良かった(笑)。そういうプレーは嬉しいし、もっと潰せるようになっていきたい」(杉岡)
 
 高校時代を彷彿させるプレーを随所に見せ、ふたりも試合後は充実の表情を見せた。
 しかし、高校時代の彼らが歩んできた道のりは、対照的なものだった。
 
 まず、入学してから先にピッチに立ち始めたのは杉岡だ。1年時から夏のインターハイに出場し、レギュラー格として多くの試合を経験。その活躍が認められ、2年時にはU-17日本代表にも選出された。
 
 一方、原が台頭したのは2年生の時だ。中学時代はまったくの無名選手だったが、豊富な運動量と戦術理解度の高さで定位置を獲得。ただ、代表に呼ばれるまでには至らず、杉岡を追い越すべく地道に努力を重ねていく日々が続いた。
 
 それでもふたりは昨夏のインターハイでチームを優勝に導くと、直後のSBS杯で内山ジャパンに初招集。原は昨秋のアジア予選から日の丸の常連となり、杉岡もプロ入り後の活躍が認められると揃って今大会のメンバー入りを果たした。
 
 ともに日本代表へと駆け上がるまでに至ったふたりには、ある共通した資質がある。それは確かな人間性を兼ね備えているということだ。高校時代の恩師である市立船橋高の指揮官・朝岡隆蔵監督は彼らについて、「ふたりにはしっかりとしたパーソナリティがある。彼らは3年間チームの仕事をやりましたし、後輩に対する配慮も凄かったです。リーダーシップを発揮して後輩を引っ張ってくれた」と話していた。
 
 下級生の手本になるような真摯な姿勢に、主体性を持った取り組み。高校時代に培われたベースは代表でも変わっていない。今大会中も杉岡は冨安健洋と居残りでキック練習などを行ない、原もボランチでコンビを組むことが多い市丸と多くの言葉を交わす姿が目立つ。こうしたチームに貢献しようとする真摯な姿勢が、陰でチームを支えていたのは間違いないだろう。
 
「杉岡とは長くやって来たので、お互いに何をやるかが分かる。高校時代にふたりでCBをやってきたので、どっちに来たらどっちを切るみたいな感覚は、お互いの動きを見ながら問題なくできる。それは市立船橋時代にやってきたところが大きい」(原)
 
 高校時代に磨かれたものに、世界での経験値を加えていく原と杉岡。ここからは一発勝負の決勝トーナメントが舞台となる。次なる相手ベネズエラも南米特有の個を有しており、タフな戦いになるだろう。それでも、イチフナ育ちのふたりは臆することなく立ち向かい、チームをベスト8に導く。
 
取材・文:松尾祐希(サッカーライター)