長時間労働への批判が高まっている。業種別の長時間労働(過労死予備軍)と年収との関連を見ると、「最も報われない業種」が判明した。

■「過労死予備軍」を量産するブラックな業種は何か?

高度経済成長の時代、働き盛りの男性の脳梗塞死亡率は現在の5倍以上でした。当時はいわば日本中がブラック企業のような状況で、表沙汰にはならなかったにせよ、労働者の過労死が頻発していたと思われます。

日本人の働き過ぎが糾弾されて久しいですが、昔に比したらそれは緩和されていると言われます。週休2日制になり、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)が謳われ、そのための取り組みも行われてきていますしね。

しかし、データでその証拠を突き止めるは難しい。

男性労働者の平日1日あたりの平均仕事時間は、1976年の478分から2011年の497分に増えているし、睡眠時間は逆に485分から438分に減っています(総務省『社会生活基本調査』)。

2015年の暮れには、大手広告代理店・電通の若手社員が過労の末に自殺する事件が起きました。報道によると、月当たりの残業時間は100時間にも及んでいたそうです。うーん。日本人のワーカホリックは治癒するどころか、悪化の向きさえ感じられます。少子高齢化による人手不足も、それを後押ししているでしょう。

上記の悲惨な事件ですが、これを極端なケースと片付けることはできますまい。同じような悲劇に陥りかねない人間は、決して少なくないと思われます。全国統計にて、「過労死予備軍」の量の見当をつけてみましょう。

総務省『就業構造基本調査』では、有業者の週間就業時間と年間就業日数を集計しています。マックスのカテゴリーは、前者が週75時間以上、後者が年間300日以上です。

年間300日以上ということは、月25時間以上勤務、週間にすると週6日以上です。法定の週当たりの勤務時間は、1日8時間×6日=48時間。週75時間以上ということは、これを27時間以上オーバーしており、月当たりの残業時間は、27×4週間=108時間以上になります。

統計上は、「週75時間以上」かつ「年間300日以上」働いている労働者が、上記の電通社員に匹敵する過労死予備軍と見立てることができそうです。

■過労死予備軍は正社員の100人に1人で、全国に38万人!

2012年の『就業構造基本調査』によると、年間200日以上の規則的就業をしている、15歳以上の正規職員数は3101万600人。このうち、「週75時間以上」と「年間300日以上」のマックスカテゴリーに該当するのは、以下のようになっています。カッコ内は、全数に対する割合です。

■週75時間以上 …… 81万5600人(2.6%)
■年間300日以上 …… 298万4500人(9.6%)
■両方に該当 …… 38万6900人(1.2%)

過労死の予備軍は、両方に該当する38万6900人ほどと見積もられます。私が住んでいる多摩市の人口の3倍近くです。正社員全体に占める割合は1.2%、およそ83人に1人なります。

このデータを面積図で表現してみましょう。

青色の「週75時間以上」と、赤色の「年間300日以上」の正方形が重なったブラックの部分が、過労死予備軍ということになります。

なお、危険なブラックの比重は、職業によってかなり違っています。激務といわれる勤務医(歯科医師、獣医師は除く)についても、同じ図を作ってみました。左側は正社員全体、右側は医師のグラフです。

「週75時間以上」&「年間300日以上」の過労死予備軍は、正規職員全体では1.2%ですが、勤務医では14.5%、7人に1人にもなっています。なるほど、巷で言われていることが可視化されていますね。

■67業種中の過労死予備軍ワースト業種10

他の職業はどうでしょう。67の職業(正規職員)について、同じ意味の過労死予備軍の割合を出してみました。上位10位は、以下のようになっています。

【67業種中(正規職員)の過労死予備軍ワースト業種10】
■宗教家 ……15.87%
■医師 ……14.47%
■法務従事者…… 9.00%
■飲食物調理従事者…… 5.48%
■漁業従事者 ……5.45%
■接客・給仕職業従事者…… 4.09%
■自動車運転従事者 ……3.77%
■著述家、記者、編集者…… 3.41%
■生活衛生サービス職業従事者 ……3.15%
■教員 ……3.11%

トップは宗教家ですが、昼夜問わずの布教活動などによるでしょう。弁護士、飲食業、運転手、編集者もキツイ。夜の11時ころにメールしてくる、馴染みの編集者さんの顔が思い浮かびます。教員の過労も、よく指摘されている通りです。

定期的に業界別のデータを出して、注意を促すべきかと思います。図1の面積図をみて、医師会はどういう反応をすることか。「さもありなん」で笑い飛ばせることではありません。

最後に、職業別の過労死予備軍率を年収と絡めた図を作ってみましょう。医師や法曹はメチャクチャな長時間労働ですが、お給料は高いです。しかし、「キツイ&薄給」というダブルパンチの職業もあるのでは。

■残業が多いのに、給料は少ない。完全ブラック職種は?

『就業構造基本調査』のデータから67の職業の平均年収を計算し、過労死予備軍率と関連づけてみると図2のようになります。点線は、全職業の平均値です。縦軸の過労死予備軍の出現率は、1000人あたりの数(‰)にしています。

高給ですが、過労の度合いも高い医師が「ぶっ飛んだ」位置にあります。長時間労働の職業ほど年収が高いという相関関係は見られません。

過労の率が高いにもかかわらず、給料が安い。そんな職業も結構あります。

左上の職業がそうで、飲食調理、接客・給仕、自動車運転などは、過労死予備軍の率が相対的に高いにも関わらず、平均年収は全職業を下回ります。少子高齢化に伴い、需要が増している職業ですが、人手不足が効いているのでしょう。それでいて、薄給というのはキツイ。待遇改善で人を呼び寄せることにより、ドットを右下にシフトさせたいものです。

話がそれましたが、電通の悲惨な事件が、決してイレギュラーなケースではないことがお分かりいただけたかと思います。世間の耳目を引く「悲劇」の下には、膨大な予備軍が潜んでいるのが常です。それを統計で可視化し、注意を喚起するのも重要な仕事といえるでしょう。

(教育社会学者 舞田 敏彦 教育社会学者 舞田敏彦=文・図版)