政府は法律の改正によって裁判などを通じて処遇改善に向けて企業の背中を押そうとしているが、現時点で浮上している案は、欧州のEUの労働指令に倣って非正社員に対する「客観的合理的理由のない不利益な取扱いを禁止する」という差別禁止の条文を現行の法律に盛り込むことを考えている。 法律に「客観的合理的理由のない不利益な取扱いを禁止する」という条文を入れると、裁判では会社側が合理的理由を立証する責任を負うことになり、また、法の行為規範として正社員との処遇の違いについての説明責任も発生する。 現行法の不明確な規定と違い、余計な解釈が入り込む余地がなく、会社側が正社員と非正社員の賃金格差を正当化する合理的な理由がない限り、認められない可能性がある。つまり、非正社員にとっては机を並べて同じ仕事をしている正社員より給与やボーナスが低ければ「なぜ違うのですか」と言いやすくなる。

 会社の説明が曖昧であれば裁判に持ち込み、会社側が合理的である根拠を示しても裁判官が合理的だと認めなければ正社員と同じ賃金を支払わなくてはならなくなる。 だが、欧州では職務分析・職務評価に基づいた職務等級(職務の格付け)について産業別労組と労働協約を締結するのが一般的であるのに対し、日本は年功要素を加味した職能給が主流であり、賃金体系も個々の企業で異なる。

 日本に適用した場合、何が合理的理由となり、合理的理由とならないのか、使用者も裁判官もわかりにくい。そこで政府はそのことを示すガイドラインの原案を16年末に発表している。 今年はガイドラインを正式に決定するとともに、具体的な法改正の作業が行われる運びだ。工程表では新法が19年施行の予定だ。政府関係者は「施行の1年前の18年の通常国会で法案を成立させて、春闘も含めて1年かけて自社の賃金体系を見直すなど労使協議をしてもらいたいと考えている。

 そのためには少なくとも17年の臨時国会に法案を頭出ししておいて、18年通常国会で成立、19年4月施行に持っていきたい」と語る。 また、政府関係者はガイドラインを踏まえて自社の正社員と非正社員の賃金格差について労使の議論が今年から始まることを期待している。法令改正による賃金格差の是正は中小企業にも求められる。さらに派遣事業者も対応を迫られることになる。 現在の労働契約法20条では有期契約社員と正社員である無期契約社員、また、パートタイム労働法9条には正社員とパート社員の均等待遇を求める規定はあるが、派遣社員と派遣先の社員の待遇を同じにしなさいという規定はない。

 新法ができれば派遣社員も派遣先の社員と同じ仕事をしているのであれば同じ賃金にするというのが基本原則となる。 EUでは労働条件などを統一するためにEU本部が「労働指令」を出し、加盟国が法制化する仕組みになっている。まず1997年にパート社員との合理的理由のない差別を禁止したパートタイム労働指令が出され、99年に有期労働契約指令、2008年に派遣労働指令が出された。

 派遣指令が出されるのが10年遅れた理由は、使用者が派遣元と派遣先の2つに別れているので議論が長引いたことによるが、結果として同じルールを適用することになった。 派遣労働指令では「派遣労働者の基本的な労働・雇用条件は、派遣先に派遣されている期間中は、少なくとも同じ職務に従事するために派遣先から直接雇用されるとした場合に適用される条件としなければならない」と規定している。 つまり、派遣社員の仕事が派遣先の正社員の仕事と同じであれば、給与やボーナスだけではなく福利厚生も含めて同じにする必要がある。

 フランスではこれに基づいて派遣先社員と同じ交通手段や食堂などの施設を利用することができるという規定もある。ドイツでは子どもの養育施設の利用も正社員と同じにしなければならない。 日本に例えれば、総合商社や大手広告代理店に派遣されている社員が事務職社員と同じ仕事をしていれば、給与・ボーナスだけではなく交通費の支給はもちろん、各種の研修講座の受講、保養施設などの福利厚生施設も利用できるというものだ。 たとえば社内食堂の利用では、正社員に一定額の食券を付与していれば、派遣社員にも同じの額の食券を付与しなければならないという裁判例も欧州にはある。