「これはラブストーリーです」――。天才たちが将棋盤を挟んで対峙するこの映画を松山ケンイチはそう評する。大恋愛に身をやつすどころか、彼は大幅な増量をして撮影に臨んだ。演じたのは、“怪童”と称され、名人になることを期待されるも29歳で夭逝した棋士・村山 聖。恋焦がれた相手は、村山の死から18年が経たいまも最強の棋士として君臨している羽生善治(現三冠)である。完成した映画『聖(さとし)の青春』を松山は「10年に1本の作品」と自負する。その10年に一度の壮大な恋についてじっくりと語ってもらった。

撮影/平岩 享 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.



病と付き合いながら命を燃やす姿に「心揺さぶられた」



――映画では、腎臓の難病に苦しめられながらも、最後の最後まであきらめることなく戦い続けた村山九段の壮絶な人生が描かれます。松山さんはこの役を演じることを熱望されたそうですね。村山さんのどこにそこまで惹かれたのでしょう?



生きることにとにかく純粋で、汚れていないんですね。普通、大人になるにつれて、社会や周りの大人に影響を受けて、その汚れがある種の個性にもなっていくんですけど、村山さんは、ほとんど汚れないまま、大人になっている感じがある。素直に、物事をシンプルに捉えている潔さがあるんです。

――何でもズバッと言うし、自分が主役のパーティに遅刻して、師匠(リリー・フランキー)に、熱が出たのか? と心配されても、素直に「漫画がやめられなくて…」と正直に答えたり…(笑)。病気の存在も、彼の人格に大きく影響を及ぼしているかと思います。

子どもの頃から病を抱えてるけど、それでも、病気に左右された人生を送ってはいない。どこかで病気と“相方”か“夫婦”のような付き合い方をしてるんです。病に打ちのめされたこともあるけど、支えられているときもある。うまく付き合いつつ、命を燃やして人生をまっとうした。その命を燃やすところに心揺さぶられました。




――その聖を演じる上で、どのように役作りを? 以前の舞台挨拶では「この役ほどスタートラインに立つまでに時間がかかった役はない」とおっしゃっていました。実在の人物を演じるということで、覚悟も必要だったかと思います。

プロ棋士で村山さんとお付き合いのあった方や、森 信雄師匠、ご両親にお話を伺っていろんな表情を持っていたことを知ることができました。みなさん、村山さんが大好きで楽しそうにしゃべってるんですよ。そんな方々がスクリーンを見て「あ、村山くんだ」と懐かしく感じるような、魅力的な村山 聖を作らないといけないと思いました。

――大幅な増量という肉体的な部分での役作りが強調されがちですが…。

肉体面はもちろん、将棋の駒の指し方、精神的な部分――プロとして将棋に対する向き合い方というのも訓練し、習得しないといけなかったし、それができなきゃ、プロ棋士にも村山さんにもなれないと思いました。



――体の状態も普段とはまったく違ったと思いますが、撮影期間中の役に入り込み、没頭している時期は、家などでの撮影以外の時間はどんな状態なんでしょうか?

ありがたいことに今回、じっくりと役を作り上げる時間をいただけたんですよね。これが他の仕事もしながらだったら影響もあったと思うけど、わりと冷静にできたので、特にとんでもない問題は起きなかったです。

――精神状態は…。

やはり、これまでのほかのどの役よりも没頭しないとたどり着けない役だったと思います。それはプロ棋士が対局に向かうときに、いろんなものを捨てているのと同じで、どこかで家族のことだったり、人生のこと――この先、役者として自分がどうなるとかそういう意識を捨てているような部分はあったと思います。



「深く潜ったまま戻れないかも…」棋士と役者の共通項?



――映画を見ていて、対局後の“感想戦”がすごく興味深かったです。対局では盤を挟んでにらみ合い、激しい勝負を繰り広げていたかと思えば、勝負を終えるとその対局について論じ合うという…。

信じられないところで戦っているんだなと感じますね。負けた側からしたら、感想戦なんて耳に入ってこないんじゃないかって(笑)、実際に見学させていただいたときも感じましたね。

――対局自体、ものすごい体力と精神を消耗しそうですね。

本当にすべてを懸けて戦っているから、終わると抜け殻のようになるんですよ。俳優も、抜け殻になる瞬間ってありますけど、それを毎月のようにやっているわけで、その精神力はどこから来るんだろうって。やはり、そのためにいろいろ捨てている部分もあるんだろうと思います。壮絶な生き方だし、だからこそ惹かれるんでしょうね。




――演技とはいえ、将棋の世界に身を置いてみて、俳優の世界と似ているところ、決定的に異なると感じた部分はどんなところでしょうか?

(将棋は)シンプルに勝ち負けを競っているというところですかね。俳優の仕事は勝ち負けではないですからね。そこは全然違います。勝つか負けるか、人生を懸けてやっているところはやはり違う。“覚悟”もまったく変わってくる気がします。

――命を削ってでも勝とうという執念を持って対局に臨む村山さんを演じて、共感するところはありましたか?

僕が村山 聖という役を獲得する――役を作り上げていく過程と同じ線上にあるものなのかなという気がしますね。映画の中で羽生さんが「あまりに深く潜りすぎて、戻ってこれなくなるんじゃないかと不安になる」と語りますが、それは何となくわかる気がします。

――今回に限らず、見た目から大きく変えて、その人物になりきる松山さんの役作りはこれまでも何度も話題になってきましたが、「戻れないのでは?」という不安を感じたことも…?

村山さんを演じて、いまもまだ戻ってこられていないんじゃないか? と思うことはありますよ。体は戻ってこられたけど、心は…癖のようなものはまだ残っている気がします。映画が公開されるまでは、忘れることはないのかなと。



羽生善治の存在が、将棋を指す理由にもなっていた



――その聖の人生の中で、“東の羽生、西の村山”とともに並び称された羽生さんの存在が非常に大きなものであったことが、映画でも描かれていますね。

羽生さんがいることが、村山さんが将棋を指す理由にもなっていた。「名人になったらやめたい」と言うくらい厳しく苦しいものだったと思うけど、羽生さんがいるから、羽生さんに恋してるから、この世界にとどまっているところがあった。そういう、同じ志を持った同志、恋い焦がれる存在がいるのって幸せだなって思います。

――村山さんの羽生さんへの思いは、“恋”なんですね。

この映画、女性はほとんど出てこないけど、ラブストーリーです。普通の恋愛とは違うラブストーリーは新鮮で、考えさせられると思います。




――松山さんにとって、そんなふうにライバルと思える存在はいますか?

やはり、僕は勝ち負けの世界に生きてるわけじゃないんでね。役者それぞれの色が複合されて、ひとつの作品になるわけで全員が必要だし、誰が一番というわけでもない。その中で、まず自分自身に勝てないと役は作れないと思う。だから、自分に負けないことが一番大事かなと思います。

――映画では東出昌大さんが、見た目も含めて羽生さんになりきっていますね。ご一緒されていかがでしたか?

東出くんは愛情深い人で、将棋に対しても羽生さんに対してもそう。それを今回、オーラとしてまとっていたのを感じたし、だからこそ僕も、村山 聖として羽生さんに憧れ、尊敬の念を抱けたと思います。



――お話を伺っていて、村山さんのすごさはもちろんですが、そこまで思わせる羽生さんのすごさも伝わってきます。村山さんが亡くなってもう18年ですが、羽生さんはいまなおトップ棋士でいる。

想像を超えた信じられない人間ですよね。将棋を知り、好きになればなるほど羽生さんのすごさがわかってきます(笑)。先日、ご本人にお会いしたんですが、一見、隙だらけのような気がするんですけどね…。

――殺気のようなすさまじさをもって相手を呑み込む勝負師には見えない?

いつもニコニコされていて、取材を何度も重ねても、いつも楽しそうにお話しされてる。でも盤上ではずっと“殺し合い”を続けてきて、相手を斬り倒してきた方ですからね。やはり、どこか変わっている方なんですよね(笑)。



――その印象は本や資料から感じた村山さんともまた異なるものなのでしょうか? それともふたりは似た者同士なんでしょうか?

確かに、映画の中でも村山さんが言う「羽生さんが見ている海はみんなとは違う」というのは、僕も感じますね。ただ、周りからしたら「キミ(=村山さん)だって何を見ているのかわかんないよ」という存在ですからね。そんなふたりが恋い焦がれていたんだな…と。

――羽生さんがいるからこそ「もしも村山さんが生きていたら…」と想像をかき立てられます。

村山さんが生きてたら、羽生さんと同じように勝ち続けていたかどうか、それは誰にもわからない。でも“羽生世代”の棋士のみなさんは、いまだに将棋界の第一線で活躍されてるんですよね。

――佐藤康光九段、郷田真隆九段、森内俊之九段、先崎 学九段など、すごい方ばかりですね。

お互いを引っ張り続けてるんですよね。それぞれが持っている“海”で刺激し合ってるんだなと思います。



結婚して、家族ができて…“仕事観”にも大きな変化が



――松山さんの世代も俳優としてめざましい活躍をされている方ばかりです。ご自分の“世代”に対する意識はお持ちですか?

きっと、羽生さんや佐藤さん、郷田さんたちもそうだと思うんですが、あまり(年齢的な)上下とかって関係ないんですよね。結局、同じ世代の俳優だけで映画が撮れるわけではないし。ただ、自分ができる精一杯のことをやって、お互いを刺激し、影響し合うって大事なことだなと思います。だからこそ、まずいろんな作品を見るようにしています。

――同世代の俳優の活躍は気になりますか?

全然気にならないです。

――「気にしないようにしている」とか「結局、無意識にどこかで気にしている」というわけでもなく…?

だって、やはりその人に僕がなれるわけじゃないですから。みんな、すごいって思うし、じゃあ自分ができる「すごい」って何なのか? そう考えたとき、他のみなさんと同じところにはないですからね。自分がすごいと思えること、カッコいいと思える物差しで、ベストを尽くしていくしかないんですよ。




――「気にする」というよりも互いを認め合い、刺激し合っている。

そういう意味では、演技面で言うなら(気にしたり、目標とするのは)チャップリンとかジム・キャリーとかになる。「なんでこんなことできるんだ?」って思いで見てる。昔の日本映画の三船敏郎さんとか勝 新太郎さんとか「なんでこんなに破天荒なんだ!」「なんであんなところまで行けちゃうんだ!」って。

――映画の中の羽生さんとの会話で「なんで僕らは将棋を選んだんでしょうね」という言葉が印象的です。見ている誰もが自分自身について立ち返って考えさせられるセリフだなと。松山さんは俳優の道を選んだのは…。

やはり、今回のような役をやるためにここまでやってきたのかなと思うことはありますね。人生をかけてできる奥深いものですから。まだ、何か結論づけるには若いし、経験値もそんなにあるわけじゃないから簡単には言えませんが、今回、村山 聖を演じられて幸せだし、10年に1本の役だと思ってます。こういう役があるから、やめられないんだなぁ…。

――そういう仕事に対する考え方などは、やはり、若い頃、デビューした当時と比べると変化してますか?

最初は右も左もわかんなかったですからね。1時間のドラマがなんで1時間で撮れないんだ? ってところから始まってますから(笑)。当時は仕事の面白さなんてことじゃなく、とにかくがむしゃらで「自分の居場所はここしかない」って感覚でやってました。



――少しずつ経験を積んでいまは…。

少しは冷静に、仕事を考えられるようになりましたよね。全然違います。

――『デスノート』2部作で大ブレイクを果たして以来、20代を通じてずっと作品に出続け、第一線で活躍されてきましたが、その積み重ねの中で変化が生まれた?

僕にとっては、積み重ねてきたものがある一方で、結婚して、家族ができて、時間の掛け方やパワーバランスが変わってきて見えてきた部分も大きいと思います。仕事だけじゃないんですよね。

――仕事以外での経験が、仕事観や取り組み方にも影響を?

そう思います。「(俳優の仕事が)生活のためだ」なんて、若い頃はまったく思わなかったけど、いまは「この仕事があるから生活ができているんだ」ってよく実感しますね。



【プロフィール】
松山ケンイチ(まつやま・けんいち)/1985年3月5日生まれ。青森県むつ市出身。B型。2001年、ホリプロ男性オーディション「New Style Audition」でグランプリを受賞。2002年のドラマ『ごくせん』(日本テレビ系)でデビュー。『アカルイミライ』で映画初出演。2006年には『デスノート』2部作でL役を鮮烈に演じ大きな話題を呼ぶ。2007年、ドラマ『セクシーボイスアンドロボ』で連続ドラマ初主演。また2012年にはNHK大河ドラマ『平清盛』に主演。舞台出演作に『遠い夏の日のゴッホ』、『蒼の乱』。その他の映画出演作に『ノルウェイの森』、『家路』、『珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-』などがあり2016年は『の・ようなもの のようなもの』『怒り』などが公開。先日公開を迎えた『デスノート Light up the NEW world』では10年ぶりにLに扮している。


■映画『聖の青春』
11月19日(土)全国ロードショー!
http://satoshi-movie.jp/



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■応募方法:ライブドアニュースのTwitterアカウント(@livedoornews)をフォロー&以下のツイートをRT


■受付期間:2016年11月18日(金)12:00〜11月24日(木)12:00

■当選者確定フロー
・当選者発表日/11月25日(金)
・当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、発送先のご連絡 (個人情報の安全な受け渡し)のため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
・当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから11月25日(金)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただきます。11月28日(月)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。

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