元『旅行読売』編集長・飯塚玲児さんのメルマガ『『温泉失格』著者がホンネを明かす〜飯塚玲児の“一湯”両断!』。今回は、安い旅館のご飯がおいしくないワケについて。飯塚さんいわく、一概には言い切れないものの、危険性が高いのは「ある程度の規模をもつ、1泊2食1万2000円くらいの温泉旅館またはホテル」とのこと。その理由は一体どこにあるのでしょうか?

安い宿の飯がおいしくないワケ!?

表題の件である。 読者から、だいぶ昔のこのメルマガで「この内容を詳しく書く、とあったのですが、いつ掲載されるのでしょうか?」というお便りをいただいてしまったのである。 いやはや、失礼しました。

毎週行き当たりばったりで書いているので、けっこう失念してしまうのです。

皆さんも、何かお気づきのネタがあったらぜひお知らせください。

こんなことを取り上げて欲しい、というご要望でもけっこうです。

さて、本題。 宿泊料の安い宿の飯はなぜうまくないのか、ということである。

断っておくが、これはすべてがそうだとは限らない。 安くても美味しい宿はたくさんあるし、民宿なんかはそういうところもかなり多い。

むしろ、安い値段でうまいものを求めるのであれば、民宿を探した方がいい。

この理由については、民宿以外の宿を含めて後述したいと思う。

表題の件が当てはまりやすい宿というのは、宿泊料金が1泊2食1万2000円くらいで、それなりの規模がある温泉旅館またはホテル、ということになる。

理由は、簡単に言えば、料理にかけられるお金が絞られるからだ。

昔、由布院温泉の高級宿で板長をやっていた人に話を聞いたことがある。

その方いわく、

「たとえば1泊2食で5万円もする宿があるとするでしょう。 すると、その金額のうち、調理場におりてくるのはせいぜい1万5000円。 ご存じでしょうが材料費にかけられるのはその3割弱、つまり5000円しないということです」

もっとも、材料費5000円であれば、相当いいものを作ることができる。

一方、問題の安い宿に話を移してみたい。 上記の法則を1万2000円の宿に当てはめてみると、調理場に充てる金額は3700円、材料費は1200円くらいということになる。 この材料費で、刺し身の盛り合わせに、茶碗蒸しに、鍋に、焼き物に、煮物に、と考えると、やっぱり無理が生じてくるわけだ。 だって、あれだけの料理の材料費が一人1200円だよ。 どんな素材だ、というくらい。

当然、刺し身なんかは天然ではなく養殖のフィレ(丸の魚でなく、調理済みの冷凍物)が中心になる。 安宿の刺し身がいつもマグロ、ハマチ、イカ、甘えびというラインナップになるのは、冷凍保存が利いて、ロス(使えなくて廃棄してしまうもの)が少なく、コスト管理が楽だからである。

煮魚の類いも当然切り身の冷凍物、肉の焼いたものなどは国産ではなく、海外の牛肉、鍋に入っているのもブラジル鶏などになってくる。

現在は野菜も高いから、宿の調理場の人も大変だろう。

僕は学生時代に飲食店の調理場で5年も働いていて、料理専門誌でも数年間飲食店のメニューを紹介する連載を持っていた。 しかも最近は近所の飲み屋「あいおい」のマスター(なんと、かの『稲取銀水荘』の板場にいた)ともよく話をするので原価計算の常識はよく知っている。 どこの宿もそうだし、飲食店でも、材料費というのはその料理の単価の3割くらいだと思えばいい。

つまり800円のアジフライ定食の材料費は240円くらいである。

アジ2尾、パン粉、揚げ油、キャベツの千切り、ドレッシング、みそ汁の具に味噌そのもの、ご飯、小鉢(これは前日の刺し身のあまりなんかを有効利用するところが多い。 だから居酒屋のお通しはマグロの角煮や魚の南蛮漬が多いわけである)、そして漬物(これが実はかなり足を引っ張る。 高いのだ)。

もちろん、醤油やソース代も考えないといけない。 で、240円。 苦しいぞ。

なんで3割なのか、というと、売値には材料費のほかに板場の水道光熱費や人件費などが乗ってくるからである。 だから、前述したような「それなりの規模がある」宿というのが、もっとも原価率が低くなってしまう。

というのも、それなりの規模がある宿では、板場の人間も数人いないとムリ、仲居さんだって雇う必要がある。 調理場と仲居さんを繋ぐ役割の人(そういう人がいるんですね)も必要だ。 板場の人にはどういう人がどのような序列で存在しているかは、次号で書くことにするが、実は大きな宿はもちろん、中規模程度の宿でも「板長」を雇っていることがほとんどだ。 この板長の給料がすごく高いのである。 ある人に言わせれば「調理師会がガンだ」とか。

このことも次回触れたい。

話を戻すと、そうした理由からそれなりの規模がある宿で値段が安いと、料理がうまくない、ということになることが多いわけである。

一方、料金が安くても飯がうまい、という宿も存在する。 いい例はやはり民宿だ。 民宿の場合は、料理を家族総出で作っていることが多く、週末だけ料理を客室に運んだり、洗い場を担当したりするパートを雇うことがあってもそのほかはたいてい自家労働力でまかなえる。 家族経営の人件費などは、正直あってないようなところがほとんどで、悲惨な話だが、「おいしかったよ!」とお客さんに喜んでもらえることをよしとして成り立っていることが多い。

さらに、漁師民宿などではご主人が自分で獲ってきたものがメイン材料な訳で市場よりも浜値よりも安いということになる。

もちろん、こうしたこともすべて部屋数が少ないから可能なわけだ。 30室、定員120人では、さすがに家族だけではムリだろうし、逆に料理の出が遅いとかのクレームになってしまう。 120人分の魚を安定的に用意できるのか、それをご主人だけで料理できるのかというのも、はなはだ疑問になってくる。

これは民宿だけに限らない。 部屋数10室以下の小さな旅館となれば、雇う従業員の数も少なくてすむし、板前さんを雇ったとして、その板前さんがきちんとした人であれば、原価率を抑えつつ、金ではなく手間をかけて、おいしい料理を提供したいと考えるはずなのである。

昼休みには山へ出かけて地物の山菜を採ってくる、食卓に飾る野の花を摘んでくる、農家の人と仲良くなっておいしい野菜を探してくる、といった、料理と別の形で体を使ったり頭を使ったりしてくれる板前さんであれば、雇う意味はものすごくある。 すごく手間はかかるが、漬物だって自家製の方が圧倒的にうまいし、塩漬けや一夜漬けくらい僕だって作れる。 民宿以外で、自家製の漬物が最後に出てくる安い中規模宿って、あんまり知らない。

ある程度の数を毎日用意しないといけない中規模以上の宿だと、漬物一つとっても、自分で漬けている時間がないのである。 作れないわけないから、圧倒的に仕事の上での時間がないのである。 100人前の料理を作る準備、つまり仕込みだけですら忙しいから、昼休みに周辺の山に出かける暇なんか全然ないわけである。

よく、刺し身が切って盛りつけられていて、それが乾いていた、ということがクレームになったりするが、たとえば50室200人規模の宿で刺し盛りを出す場合、1人分が6カン(6切れ)として包丁を1200回ひかなければならない。

もっと大規模の宿であればさらにその回数が増える。

当然ながら、刺し身は機械でひくことはないので、物理的な時間がかかる。

宿の夕食はたいていが同じ時間帯に集中するので、あらかじめ刺し身もひいておかないと間に合わない。 天ぷらだってそうだ。 冷めていても仕方がない部分もある。 まあ、今は冷蔵庫ならぬ温蔵庫があるので、茶碗蒸しなどはあらかじめ作ってこれに全部入れておくわけである。

こうやって考えてくると、中規模以上の宿で宿泊料が安い場合、どうしてもおいしい料理にたどり着き辛いということがわかるはずである。

ま、小さな宿でも、民宿でも、全然料理がだめなところもあるので、すべてがそうだとは決めつけられないが、こぢんまりとした宿の方が、おいしい料理にあたりやすい、ということは間違いない。

かの和倉温泉『加賀屋』に2万円で泊まっても、おそらく真髄はわからない。

なにしろ、値段が高いお客さんとは、素材も調理場も別だという話である。

先に名前を挙げた『稲取銀水荘』も、特別室の客には別の特別室用の調理場で調理をして、盛りつける器もレベルが全然違うそうだ。 なんたって「本物の魯山人」に盛って出すと聞いたからねえ。

このあたりは、ずっとそこで働いていた「あいおい」のマスターにもきちんと話を聞いて、次号で詳しく取り上げてみたい。 お楽しみに。

 image by: Andriy Chin / Shutterstock.com

 

『『温泉失格』著者がホンネを明かす〜飯塚玲児の“一湯”両断!』より一部抜粋

著者/飯塚玲児

温泉業界にはびこる「源泉かけ流し偏重主義」に疑問を投げかけた『温泉失格』の著者が、旅業界の裏話や温泉にまつわる問題点、本当に信用していい名湯名宿ガイド、プロならではの旅行術などを大公開!

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出典元:まぐまぐニュース!