真っ直ぐにこちらの目を見据え、前向きな話を、淀みなく、たたみかけてくる──。そんな都合のいい売り込みには要注意だ。ポイントは、メリットとリスクを「両面提示」しているか。社会心理学者に「騙し」のテクニックを聞いた。

■歯ブラシのCMで「白衣」を着ている理由

人は誰でも簡単に騙されてしまいます。私は社会心理学者として様々な「騙し」の手口を研究してきましたが、そんな私も、ときには騙されます。重要なのは「騙されるかもしれない」というリスクを知ることです。

今回はビジネスの現場で行われるプレゼンテーションをテーマにしながら、「騙しの手口」について解説していきます。すべてのウソを見破れるとは限りませんが、騙されるリスクを減らすことにはなるはずです。

相手に何かを要請する人と人のやりとり、いわゆる説得的コミュニケーションについて、社会心理学では「SMCR」というモデルを使います(図1)。これは「送り手(Sender)」「内容(Message)」「手段(Channel)」「受け手(Receiver)」という4要素の頭文字です。

言い換えれば「どんな人が」「何を」「どうやって」「どんな人に」伝えるかによって、伝わり方が変わるということです。たとえば「身なりのいい営業マンが」「おいしい儲け話を」「別の商談の最後に」「金融知識のない人」へ伝えれば、簡単に相手を騙すことができます。

ここで重要な要素となるのが「送り手」です。営業の現場では「高価なスーツを着ろ」などと言われることがあるそうですが、これは受け手の印象を操作するのに効果的です。服装だけでなく、大学教授や医師、弁護士などの肩書も有効でしょう。

これらは「ハロー効果(Halo Effect)」と呼ばれ、広告の世界では古典的な手法です。なおハロー(Halo)とは聖像の光輪や後光を意味します。

たとえばテレビCMでは、よく白衣を着た人が歯ブラシや洗剤などの商品を勧めています。白衣を着ているからといって、医師や科学者であるとは限りません。でも印象は変わります。

内容や手段の伝え方としては、「ローボール技法」というテクニックがあります。

キャッチボールでも、いきなり強いボールを投げつけられると受け止めるのは難しいですが、弱い低めのボールから徐々に強めていくとキャッチしやすくなります。それと同じ原理を心理的に用いて、最初は都合のいい話や受け止めやすい問いで受け手の「YES」を引き出し、契約の最終段階になって都合の悪い話をぶつけてくるのです。

図2では携帯電話の勧誘を例に説明しています。同じようにビジネスの商談でも、小さな納得を積み重ねて受け手の判断力を弱らせていき、最終的に大きな成果を騙しとる。そんなやり口を誇る人もいるでしょう。それはウソではなくても、「騙し」といえるのではないでしょうか。

■振り込め詐欺が使う「生々しさ」の手口

受け手の錯覚を誘う手口としては、「リアリティ感覚」に訴えるというテクニックもあります。一例として、これからAさんについて紹介します。どんな人か想像してみてください。

Aさんは、35歳の独身で、非常に頭がよく、はっきりとものが言える女性です。彼女は大学時代、社会学を専攻していました。当時、彼女は差別問題に関心を持ち、反核デモにも参加していました。そこで、質問です。現在のAさんは、何をしていると思いますか。次のいずれかから選んでください。

(イ)ある銀行の窓口係をしている。
(ロ)ある銀行の窓口係をしながら女性差別撤廃の運動にも参加している。

もしかして、あなたは(ロ)を選びませんでしたか。これは確率からすると、おかしいのです。窓口係だけであることより、運動家でもあることの確率は当然小さいはずです。しかし、心理学実験の結果でも、多くの人は(ロ)を選ぶことがわかっています。つまり、リアリティ感覚にとらわれることで、誤った判断をしてしまうのです。

こうした生々しさは、振り込め詐欺やマインド・コントロールといった犯罪でよく使われています。被害者は、相手のトークにリアリティを感じて騙されてしまう。だから騙す側は、いかにリアリティを演出できるかという点に腐心します。

プレゼンでも、固有名詞や数字、確率を盛り込むことで、リアリティを演出することができます。それはやろうと思えば、ウソをつかずに受け手を錯覚させることもできるでしょう。プレゼンの受け手としては無駄な情報にとらわれず、フラットな判断を心がけたいところです。

相手を簡単に騙せるのであれば、自分も「騙しの手口」を使いたい――。そう考える人もいるかもしれません。しかしビジネスで相手を騙すことには、大きなリスクがあります。信頼の構築には長い時間がかかりますが、信頼を失うのは一瞬です。

相手を説得する方法には、一面提示と両面提示という2つの方法があります。一面提示とはメリットになる情報だけを相手に教える方法。両面提示とはメリットだけでなく、リスクも教えたうえで説得する方法です。

相手を騙すということは、リスクを正しく伝えないわけですから、一面提示での説得です。相手の商品知識が浅い場合には、これは売りやすい方法ですが、もし商品に欠陥があるなどトラブルが起きたときには、一気に信頼を失います。

2011年の福島第一原発での事故がまさにそうでした。震災前まで、国や電力会社は「安全神話」を喧伝していました。ところが事故が起きた。こうなれば「もう原発事故は起きません」と言っても信頼されません。事故のリスクについて、両面提示で説明するべきだったのです。

プレゼンが大げさになることもあるでしょう。そのときは、あくまでも自分で責任の取れる範囲にとどめるべきです。

----------

立正大学 心理学部 教授 西田公昭(にしだ・きみあき)
1960年生まれ。社会心理学者。博士(社会学)。静岡県立大学准教授などを経て現職。『だましの手口』(PHP新書)など著書多数。悪徳商法や破壊的カルトのマインド・コントロール研究の第一人者。

----------

(立正大学 心理学部 教授 西田公昭 構成=伊藤達也)