「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」――ごぞんじ、夏目漱石の人気小説『坊ちゃん』の冒頭だ、運動能力や美貌、体の大きさなどが親から子へと遺伝することには異論は少ないが、性格はどうだろうか。

実は、「正義感」や「道徳心」といった倫理的な性格は遺伝するらしいことをユニークな実験で確かめた研究がある。

「アンパンマン」と「バイキンマン」のどっちが好き?

この研究を2015年8月、米科学アカデミー紀要に発表したのは、米シカゴ大学のジェイソン・カウエル博士とジーン・デサティ博士のチームだ。2人は正義感や道徳心が遺伝するかどうかを調べるため、生後12か月(1歳)から24か月(2歳)までの幼児73人とその両親146人の協力を得た。

人間の様々な性格のうち、どれが遺伝的なものか、環境の影響を受ける後天的なものかを確かめるには、できるだけ幼い段階で行動を分析することが必要だ。しかし、幼児は自分の考えを説明できないため、研究者にとって「ブラックボックス」だった。そこで2人はいいアイデアを思いついた。「EEG」という脳波を測るヘッドセットを幼児の頭に装着し、脳活動を分析して正義感の強さを確かめたのだ。方法は次のとおりだ。

(1)はじめに幼児たちの両親に正義感の強さを調べるテストを行った。様々な不公平な事案の例を示し、それを見た時にどう行動するかを詳細に尋ねた。そして、「正義感の強い人」と「そうでない人」に分類した。

(2)次に幼児に、「献身的で正義感が強いキャラクター」と「他人の邪魔ばかりする意地悪なキャラクター」の2種類の主人公が登場するアニメを見せた。いわば、「アンパンマン」と「バイキンマン」のようなキャラだ。アニメを見ている時の脳波を「EEG」で調べ、どちらの主人公に強く反応するか検査した。また、視線の動きも追跡、それぞれの主人公を見つめる回数と時間を測定した。

(3)アニメは、おもちゃのセットの中で「アンパンマン」型が子どもたちを助けるパターンと、「バイキンマン」型が子どもたちの邪魔をするパターンの2つだ。おもちゃの種類やセットは2つのパターンで異なっていた。

(4)幼児にアニメを見させた後、アニメに登場したおもちゃのセットの部屋に連れて行き、どちらの主人公が遊んだおもちゃに興味を示すか観察した。おもちゃは、手を伸ばせばやっと届く距離に置いた。簡単に手が届くと、すべてのおもちゃに触ろうとするため、アニメの影響を検証することができないからだ。つまり、脳波と視線以外に3番目の確認手段として、おもちゃを選んだわけだ。

「悪役キャラ」が好きな子の親は、やっぱり......

この結果、次のことが明らかになった。

(1)脳波の測定や視線の注目度で、「正義感の強いキャラ」を見ている時の方が強い反応を示した幼児の両親のほとんどが、事前のテストで「正義感が強い人」に分類されていた。同様に、「悪役キャラ」に強い反応を示した幼児の両親のほとんどが「正義感が強くない人」に分類されていた。

これで、遺伝の影響が関連付けられたという。

(2)アニメを見た後のおもちゃの実験では、73人の幼児のうち54人がおもちゃに手を伸ばそうとした。しかし、こちらの方はてんでばらばらに興味を示し、とくに「正義感」との関連は見られなかった。幼児にとって、おもちゃの楽しさに「善悪」は関係ないのだろう。

今回の結果について、カウエル博士はこう語っている。「正義感や道徳心は、学校教育や家庭のしつけなどで教えられるというイメージがありますが、それらの強さは生まれた時から身についている性質である可能性があります。そのことを冷静につかんで幼児と接していく必要があります」