漫画家の沖田✕華さんが看護師見習いをした産婦人科医院では、子どもが生まれるたびにハッピーバースデーソングが流れたという。毎日のように感動を生むその場所は、深刻な事情を抱えた人たちを受け入れる場所でもあった。中絶せざるを得なかった女性の苦しみ。義父から性虐待を受けた少女。流産してしまった女性が、次の子どもを身ごもるまで。沖田さんが『透明なゆりかご』(講談社)で描いた産婦人科での真実は、大きな反響を呼んだ。

一方、『ネグレクト――育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館)、『ルポ虐待――大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)で虐待事件を追ってきたルポライターの杉山春さん。丹念な取材から、凄惨な虐待事件はなぜ起きてしまったのか、私たちが見ないですませようとしているものは何なのかを浮かび上がらせる。

対談のテーマとして設定したのは「母性」。当たり前のようにあると信じられている母性とは一体何なのか。「生」と「死」、そして「性」の現場を見つめてきた二人が考える、見えざる問題とは。

-->-->-->-->-->

『透明なゆりかご~産婦人科医院看護師見習い日記~』(1巻/講談社)

-->-->-->-->-->

「家族の底が抜けちゃったような世界」が増えているかも

杉山春さん(以下、杉山):『透明なゆりかご』、夫も息子も夢中になって読んでいました。19歳になる息子は「話題の漫画なんだよ」って教えてくれました。私が一番印象に残ったのは、2巻に出てくる子ども嫌いの看護師さんの話。彼女自身、子どもを自分の所有物みたいに扱うお母さんに育てられていますが、ああやって子どもに命令するようなお母さんや、そのお母さんの元で育ってきた子どもを私も何人か知っています。

沖田✕華さん(以下、沖田):彼女だけではなくて、私の育った町内ではああいう子がごろごろいました。もう30年前ぐらいの話ですけど。

杉山:私がその世界を知ったのは最近です。前からあったけれど、私の視野には入っていなかったのですね。でも、その数は増えているのかもしれない。家族の底が抜けちゃったような世界。一方で、沖田さんは作品の中で希望もちゃんと肯定していらっしゃる。社会や人の中にある希望を。そこが魅力だなと思いました。ご自分の実際の体験を元に描いてらっしゃるんですよね?

沖田:はい。高校生のときに衛生看護学科にいて准看護師になって。まだ免許を取っていない状態だったのですが、母の知り合いの方が産婦人科にいてパート募集をしていたので、時給も何も聞かないまま雇ってもらいました。働いてみたら時給もめちゃくちゃ安くて(笑)。

一人で中絶し「飴を2つ食べたら帰ってください」

杉山春さん

杉山:安かったんですか? こんなハードな仕事なのに。

沖田:はい。産婦人科っていっても何をするのかわかっていなくて「掃除とかかな?」って思っていたら、初日から中絶の後処理。漫画で描いた通りです。そのときに死因の本当の一位は中絶(当時/1994年頃)って院長から聞いて、すごく驚きました。毎日のように子どもが生まれてそのたびにハッピーバースデーソングがかかるんですが、別の処置室では毎日のように中絶。中絶するのは10代や未婚の人が多いのかと思っていたら、主婦の方も多いのも驚きました。

杉山:私も以前、中絶手術を受ける女性のうち30代の割合は少なくないと聞きました(※)。主婦たちが夫から避妊のないセックスをされて、結果的に中絶するという。

(※)1990年代初め頃まで、年齢別の中絶手術は30代が最も多かった。現代でも、30代の中絶は少なくない。参考:年齢階級別人工妊娠中絶の推移

沖田:私は、最初は女が悪いと思っていました。なんでこんなにって。断ることもできるのに、なんで男に流されるままセックスして子どもができちゃうのかなって否定的だった。私だったらこういうことはしないって。でも働くうちにその背景が見えてくるようになって、これは女だけの問題ではないんだと思いました。相手の男性に逃げられたり、だまされたり、旦那さんが「いらない」って言ったり。自ら進んで病院に来ているという場合ばかりでもない。そういうのがバイトを通してわかったので、漫画にするときに女性が一方的に悪いと描かないように気を付けました。

中絶をする人は大体1人で来て、手術を受けて、術後は血糖を上げるためにあめちゃんを2個渡されるんですね。「舐め終わったら帰ってください」って。それで1人で帰っていく。

中絶した子どもに、歌を歌ってあげる理由

杉山:あめちゃん2個っていうのがリアルですね。沖田さんの作品に描かれていることは、衝撃的だけどその気持ちは「わかる」と思える部分がありますね。あと、中絶した子どもに向かって沖田さんがいつも歌を歌ってあげる描写がありますよね。

沖田:よく話しかけたりしていました。

杉山:それは沖田さん独特ではないですか。他の看護師さんがみんなしているとは思えないのですが。

沖田:ついさっきまで生きていたものだったのにという気持ちがあって。漫画ではグロい表現をしていませんが、もう本当にバラバラなんですよね。今度生まれることがあったらって。

杉山:そのまま逝ってしまうとかわいそうだから?

沖田:お母さんの声も聴けないまま終わってしまったって思うんですよ。私は他人なんですけど、シーンとしてやるよりは話しかけた方がいいのかなって。それはただ作業なんですけれど、次は生まれてきますようにという願いも込めて。

沖田✕華さん

「お仕置き」に見せかけた性虐待

-->-->-->-->-->

『ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件』(筑摩書房)

-->-->-->-->-->

杉山:児童虐待についてですが、義理のお父さんから性虐待を受ける女の子、かなちゃんの話がありますね。作品の中では事件化しないで終わっているけれど、本当は表面化してほしかったです。表面化されていない性虐待も、これからは表面化していいかなければと思っています。そうしないと子どもが繰り返し被害を受けてしまうので。

沖田:大人はとにかく、隠蔽、隠蔽ですね。大人からそういうことをされたら、子どもからしたら「私が悪かった」で終わっちゃう。誰にも言えない、一生消えない、一生くすぶっている。かなちゃんも、誰かに言うという発想がなかったんでしょうね。

杉山:当事者は、自分が被害者だというのすら知らないのではないでしょうか。「あなたが悪いのではない。あなたが被害者なのだ」と、そばにいる誰かに言ってもらわないとわからないのでは。なのに誰も言わない。

沖田:性虐待をする大人って、「勉強をできなかった罰」とか「宿題しなかった罰」って言ってやることも多い。最初は叩かれているだけだったのに、どんどん触ってくるようになったとかね。だから子どもはお仕置きの一つだと思ってしまうんですよね。それでお母さんに言っても、どんな反応をするか怖いからなかなか言えない。顔見知りって触ってきますよね。

>>中編に続く

(小川たまか/プレスラボ)