カンボジアの古ぼけたスタジアムの無造作に設定されたミックスゾーンに柏木陽介(浦和レッズ)が姿を姿を現した瞬間、近くにいた報道陣が食い入るように詰め寄った。

「プレッシャー、すごいな」

 一瞬、その勢いに面食らった柏木だったが、それもまんざらでもない様子だった。この風景はカンボジア戦勝利の立役者が誰であるかを雄弁に物語っており、柏木本人の表情にも充実感がにじんでいた。

 カンボジア戦は前半と後半で全く別の試合になった。前半はチームとしていくつかチャンスこそ作ったものの、フリーになりやすかったボランチの山口蛍(セレッソ大阪)と遠藤航(湘南ベルマーレ)から局面を動かすようなパスはほとんど出てこなかったことで攻撃が停滞する時間帯が多かった。

 しかし、後半開始時に遠藤に代わって柏木が送り出されると、流れが一変した。開始わずか1分に相手DFの背後に絶妙のフィードを送ると、このパスが最終的にPKを誘った。岡崎慎司(レスター)がPKを失敗したためゴールにはつながらなかったが、彼のワンプレーが前半のよどんだ空気を吹き飛ばした。

「ベンチのみんなでどういうプレーがいいのかを話していて、裏が有効的なんじゃないか、ピッチが悪くて出し入れが難しいから裏を狙ってセカンドボールを拾う形もありなんじゃないかと思っていた。みんなが次を見てからパスを出す感じだったから、そうじゃなくてノールックで相手の逆をつけると。それがうまくハマッたかな」

 中盤から虚を突くタイミングでカンボジア守備陣の背後にボールを送ったかと思えば、時には丁寧にサイドに散らしてサイドアタックを活性化させ、またある時にはバイタルエリアにまで顔を出して攻撃のタクトをふるった。実際、後半に生まれたチャンスの多くに背番号7の左足が絡んでおり、日本代表の攻撃をオーガナイズする圧倒的な存在感を放っていた。

 柏木はカンボジア戦から5日前に行われたシンガポール戦でも中盤で試合を動かしていた。ダブルボランチの一角としてスタメン出場すると、中盤の深いエリアでショートパスをつなぎ、小気味良いテンポでゲームを組み立てるだけでなく、状況に応じて鋭い縦パスを1トップの金崎夢生(鹿島アントラーズ)やトップ下の清武弘嗣(ハノーファー)、そして両ワイドの武藤嘉紀(マインツ)や本田圭佑(ミラン)に通して攻撃をスピードアップさせた。ビルドアップの局面でもチャンスメークの局面でも機能し、コントロールタワーとして中盤に君臨していた。

 年内最後の代表活動となった今回の東南アジア遠征は2連勝という結果を残したことが最も重要なのは言うまでもないが、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が新たな司令塔を発見できたということも今後の戦いに向けた大きな収穫だったと言っていい。

 日本代表では歴代最多出場記録を持つ遠藤保仁(ガンバ大阪)が長らく司令塔として君臨してきたが、その後継者問題も長く続く日本代表の課題となっている。“ポスト遠藤”は岡田ジャパンの頃から指摘されてきた不安要素であり、続くアルベルト・ザッケローニ体制でも、突如として終焉を迎えたハビエル・アギーレ体制でも課題として残り、今もなお解決には至っていない。

 この2試合で異彩を放った柏木も、代表選手としてはようやく再スタートを切ったばかり。数々の修羅場をくぐり抜け、ワールドカップの舞台に立った遠藤の後継者と判断するのは時期尚早だ。ただ、今回の活躍で候補の一人として期待を集めるようになったのは間違いない。柏木も「ヤットさんぽい? イメージ的にはそういうところ意識したい」とその役割を追い求めている。

 もっとも、彼が目指すべき方向性として遠藤を意識しているのは、単にゲームのテンポを変えられる司令塔としての資質が高いという共通点があるからだけではない。そこには自身の能力、特長を冷静に分析し、代表定着という厳しい生存競争を勝ち抜いていくためのしたたかな戦略が背景に潜んでいる。