11月12日に行われたシンガポール戦の勝利に、誰よりも安堵したのはヴァイッド・ハリルホジッチ監督だったのではないだろうか。敵地で6月のリベンジを果たすというミッションのそばには、思い切ったチャレンジがあったからである。

 香川真司(ドルトムント)と岡崎慎司(レスター)を、スタメンから外したのだ。

 代わってトップ下に起用された清武弘嗣(ハノーファー)は、背番号10とは異なるリズムで攻撃をオーガナイズし、ゴールシーンにも関わっている。彼自身が決定的なシュートを放つことがなかったのは、今後への課題のひとつ。いずれにしても、2度目のチャンスを与えてもいいプレー内容だった。

 1トップに抜擢された金崎は、鮮明なる解答を示した。0−0で迎えた20分、先制の左足ボレーを突き刺したのだ。6月のホームゲームで好守を連発した相手GKに、すでに2度の決定機を阻止されていたなかでのゴールである。試合の流れに大きな影響を及ぼす一撃だった。

 先制直後にも、長谷部誠(フランクフルト)のクロスからヘディングシュートを放ったが、フリーだっただけに、決めきらなければいけなかった。金崎が決定機を漏れなく得点に結びつければ、彼ひとりでシンガポールを仕留めることができた。そうは言っても、久しぶりの代表で、しかもハリルホジッチ監督のもとでプレーするのは初めて。金崎も、チームメイトも、互いに手探りの状態でピッチに立ちながら、1トップとしての責任を果たしたことには及第点がつく。勝敗が決したあとのダメ押し点でなく、0−0が続く場面でゴールをこじ開けたところに、大きな価値があった。

 指揮官は、ダブルボランチにも変化を加えた。8月の東アジアカップをきっかけに定位置を掴みつつあった山口蛍(セレッソ大阪)を外し、柏木陽介(浦和レッズ)を長谷部のパートナーに指名したのだ。ハリルホジッチ監督は、「ビルドアップのバリエーションを期待した」と話す。シンガポールが例によって守備偏重だったため、ボールに数多く触れるのは当然である。この試合のボランチに問われたのは、オンザボールの局面で何ができるのか。トップ下の清武が前を向いてパスを受けにくいのに対して、ボランチは前を向いて、しかも相手の圧力をほぼ受けずにパスを受けることができる。

 予想通り、柏木は指揮官の期待に応えた。ボランチ同士のパス交換や最終ラインへのバックパスを連発せずに、攻撃に一定の推進力をもたらした。シンガポールからすれば、守備ブロックの外側へ日本のパスを誘導し、バックパスをさせることで最終ラインの位置を整え、バイタルエリアのスペースを閉めたかったはずである。だが、柏木と長谷部がブロックの内側をえぐっていくことで、相手守備陣にストレスを与えることができていた。金崎と同様に久しぶりの先発だったことを考えても、チームに好影響をもたらしたと言っていい。

 ロシア・ワールドカップ アジア2次予選の初戦だった6月のシンガポール戦に比べると、メンバーは大幅に入れ替わっている。前回の対戦にも出場したのは、センターバックの吉田麻也(サウサンプトン)と右サイドバックの酒井宏樹(ハノーファー)、それに長谷部と本田圭佑(ミラン)の4人だけ。柏木と金崎を当時のチームに見つけることはできず、スタメンだった柴崎岳(鹿島)は今回の代表メンバーから漏れている。U−22世代の遠藤航(湘南ベルマーレ)や南野拓実(ザルツブルク)が、ここにきてチームに食い込んできたのも変化のひとつだ。

「代表チームの扉はいつでも開かれている」とか、「ポジションを約束された選手はいない」と言う監督は多い。しかし実際は、試合を重ねるごとに扉は狭くなり、スタメンも、メンバーも固定されていく。W杯予選のような公式戦ともなれば、実績と経験がスタメンを決める重要な要素になる。それが2次予選だったとしても。

 アウェーのシリア戦というハードルをクリアしたことで、2次予選突破が見えてきたところはあるだろう。それでも、香川と岡崎ではなく清武と金崎という選択は、チームに新しい風を吹き込むきっかけになるのではないか。シンガポールを下してグループ首位に立っただけでなく、チームに競争原理が持ち込まれた意味で、11月12日の一戦は価値を持つ。

文=戸塚啓