もっとも、別に日本の農業に関する「需要」が増えているわけではない。日本の農業のGDP(生産=需要)は、'94年は8兆円だったのが、近年は5兆円程度で横ばいだ。

 この状況で、安倍政権や農林水産省は農業の6次産業化を進めているわけだから、あきれてしまう。6次産業とは、農業生産(1次)、加工(2次)、そして流通・販売(3次)の全てを農家が担い、1+2+3で6になるという、いかにも現場を知らない学者が名付けた机上の空論的な“戦略”である。
 全体の需要が拡大していない状況で、農家や農業が農林水産省にあおられ、2次産業や3次産業に「新規参入」すると何が起きるだろうか。間違いなく、既存の需要(=所得)の奪い合いが発生することになる。すなわち、すでに農産物の加工や流通、販売の産業から所得を得ている別の日本国民から、所得を奪い取る結果になってしまうのだ。

 需要が拡大しておらず、新たな付加価値が提供される余地が乏しい以上、そうならざるを得ない。
 「だからこそ、日本の農家は世界を目指すべきだ」
 などと言われそうだが、ならばアメリカ並みの輸出補助金の制度を整えるべきだ。とはいえ、その手の話は全く聞こえてこない。
 要するに、日本国民は農業や農協の実態を知らないのだ。結果的に、わが国は食糧安全保障を脅かす農協改革を推進している。この現実を、できるだけ多くの国民に知ってほしく、筆者は『亡国の農協改革』を書いたのである。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。